皆バラバラのことをしているのに、スマホを介して『楽しい!』や『凄い!』を共有できる間柄というのは本当に素晴らしい
大晦日に元旦、ソロキャンをしたりバイトをしたり。一緒には居ないのに一緒に居るかのように見た物を共有できる。非常に現代的な楽しみ方だね
ソロキャン満喫中のリン。噛みしめるように風景や食事を楽しむリンの様子は物静かだけれど、それだけに一つ一つを深く味わっているのだろうなと思える
悉平太郎に会えなかったのは残念だけど、一方で過ぎゆく一瞬の命の尊さを感じられたようで
だからきっとカレーが待っていたとしてもピザに釣られてしまうのは間違いではないのだろうね(笑)
トウカイテイオーの故障から始まるリハビリの物語
絶対に諦めないとリハビリを続けるテイオーの姿、テイオーを支えようとするチームスピカの面々やトレーナーの様子に心打たれ感動してしまう
また、それだけに終わらずにテイオーが諦めない姿勢を貫くことでライバル達に様々な影響が生じていく物語が本当に素晴らしい!
リハビリにおいて大事なのは無理し過ぎない事とスズカは言った。チームスピカはその言葉を守るかのようにテイオーを支えている
なのにトレーナーだけはめっちゃ無理してるじゃないですか…。思わずその姿に涙が溢れそうになる…
トレーナーの姿、走った感覚、そして医者の言葉がもうレースに出るのは無理なのだと理解させられる構図は悲しい……
テイオーはイメトレの成果で菊花賞を見ていても「もし自分が出走できていれば…」と考えてしまう。それは勝ちのイメージ
でも、実際に出走したウマ娘達が猛烈な走りを見せた事でそのイメージが揺らぎ消えてしまうのが良いね
テイオーが自分の走りをイメージしていたようにライバル達もテイオーの走りをイメージして全力疾走していたわけだ
あれを見せられれば走っていれば必ず勝てていた、なんて言えなくなる。それがテイオーに新たな目標を定めさせる
走っていても菊花賞は勝てなかったかもしれないが、まだ自分は諦めていないし負けてもいない。
もしかしたら『三冠』よりも難しいかも知れない『無敗』。テイオーの復帰へ向けた物語を期待させるには充分過ぎる内容でしたよ
以前から本プロジェクトは追っていたけど、物語部分は初見。だからこそ、物語の中心人物と思われた長瀬麻奈があのような状態に陥ってしまう展開には度肝を抜かれた!
VENUSプログラムの頂点に限りなく近づきながらステージを見せる事無く消えた麻奈の姿はある意味伝説的
牧野は麻奈と自分の在り方を「青春の光と影」と捉えた。二人はその言葉を体現するかのようにアイドル街道を駆け上がっていくわけだね。
けれど、光は去って影は残った。なら、新しくやって来るアイドル志望の少女達は新たな光と成れるのか?そして幽霊として影に加わった麻奈に与えられた役割とは?
早くもこれからの物語が気になってしまう第一話だったね
タイトルは「宣戦布告」。これはタイバーの演説ではなくその裏側で行われるエレンとライナーの会話を差しているね
エレンの言葉は戦争を仕掛ける理由となるが、その言葉に正義は見出だせず、まるでエレンがあの日壁を壊した巨人になったかのように見える構図が恐ろしい
マーレに戻ってきて以来、自責の念で追い詰められていたライナーにとってエレンとの再会は「有り得ない」けど、同時に渡りに船な一面もあったのだろうなぁ……
マーレでライナーは英雄だから彼を裁くことは難しい。でもライナーの被害者であれば彼を裁く権利がある
ライナーがエレンを前にして堰を切ったように己の罪をぶち撒けたのはそういった想いがあったのだろうな
でも、そんなライナーを前にしてエレンの様子はいつかの日々と全く異なるもの
ライナーの行動を仕方なかったと言い、更には気持ちが判るとまで言ってみせた。今のエレンは復讐者として現れたのではなく、ライナーに共感する者として現れた
だからエレンの行動もライナーへの裁きではなく……
復讐者ではないエレンがヴィリー・タイバーを殺せば止まるなんて事は有り得えない
まるで壁が壊されたあの日の再現であるかのような進撃の巨人の出現。理不尽に命を奪われる事に憤っていた筈のエレンが命を奪う側に回ってしまうという超展開
本作の方向性が明確に変わった瞬間だね
原作既読
誰にでも自分の全ての面を見せる訳では無い。そんな現代でひょんな事から学校の教室では見せられない面や時間を共有する事になった堀と宮村の日々は第一話から早くも居心地良いものになっているね
学生は教室や学校で得られた情報で相手がどのような人物であるか判断してしまう事が多いように思う。イケてる女子であるとか根暗な男子であるとか
でもそういう人達だって学校以外では別の面を見せたりする。堀は家事働き、宮村はピアスにタトゥー
本来は人に明かされない筈の面、秘密を明かし合うように共有していく構図は好き
堀も宮村も学校以外で見せる面を事更に知られたいわけではない。だから相手の意外な一面を知っても、それで偏見を持つようなことをせずに受け入れられる
それが互いに安心できる居場所となっていく流れは良いね
石川も宮村の異なる一面を見た際、気味悪がるような事をせず宮村の個性を尊重する姿勢を見せたのは堀と同じ
でも、石川が堀と同じように宮村と他人に見せない時間を共有する者になったかといえば、そうではないのだろうな
石川は宮村のような顔が堀は好きなのかと見た目で考える。まだこの時点では宮村の別の面までは見通せていない
それが変わったのがラストシーンかな。振られた自分を本気で心配する宮村を見てようやく「お前良い奴だな」と理解する
変な始まり方をした石川と宮村の絆はこうして始まったのだなとよく判るね
一方で宮村が気にしてしまったのは堀の株。株とは教室での堀の面を差している
でも、既に堀と宮村は教室以外での面を共有する仲なのだから、本当に宮村が堀の株を気にする必要なんて無い
教室での立ち位置よりも他人に見せない時間を自分達だけのものにしたいと思い始めた二人の触れ合いについ目が吸い寄せられてしまうね
りんくが麗の歌声を拾い上げた事でハピアラは今以上のユニットに進化する鍵を手に入れたようだね
最初は恥ずかしいと歌うのを渋っていたのに、自分が歌ってもハピアラっぽさは変わらないと言われて決心した麗は一つの成長を見せたね。また、この曲を歌いたいと望みを口にしたのも好印象
エスカレーターの最後をジャンプした麗の姿は眩しいね
フォトンメイデンが話に絡むようになってきたことでハピアラとフォトンの違いがより際立って見えたように思う
四人が作る楽曲だから麗が歌ってもハピアラの曲になるハピアラ
対してフォトンはユニットイメージを意識している為にどこか「この曲を歌っていて楽しい!」みたいな空気感がイマイチ感じられない
というか、プロ意識が高そうな集団であるフォトンが自分たちの楽曲、コンセプトに納得しきっていない部分が見受けられたのは意外だったかも
ハピアラみたいのを歌いたいという乙和、曲がフォトンのイメージにぴったりと言われて表情を曇らせる咲姫
自分達の枠をチャレンジして広げたハピアラ、自分達の枠に縛られてしまったフォトン。こういった違いがフォトンが負ける原因となったのだろうか?なら、次回はその部分を深堀りする感じになるのかな?
久し振りの第二期なんだけど、良い意味で変わってないというか、むしろ良い方に変わったんじゃないかと思える内容だったり
五つ子を見た目では判別できないのに、テストを通してなら判別できる。それは見た目よりも内実を優先していると言えるのかな?
それはともかく、五月からは自分達が変わる為に風太郎が必要だと言われた。そして風太郎もまだ五つ子を教える気でいる
五年前のあの子との関連は不明瞭なままだけど、進展し続ける五つ子と風太郎の関係性。それがこの第二期でどう描かれるのかと期待させるには問題のない第一話だったよな
次週からはいきなり『七つのさよなら』編ですか
あの話は五等分の花嫁を見る目が変わった印象深いエピソードだったりするので、それをどうアニメで描いてくれるのか地味に楽しみだったり
原作既読
二人のゲーマーがアタファミを通じて出会い直したことから始まる物語
片や人生弱キャラの友崎、片やパーフェクトヒロインの日南
相容れない筈の二人がアタファミというゲームへの熱意を通じて通じ合う点を見出していく流れは本当に好き
友崎はアタファミの世界では1位の実力を持つが、反面人生においては負け組
対して日南はパーフェクトヒロインの名に相応しい少女。リア充として学校生活を謳歌している
人生というゲームにおいて友崎は弱キャラ、日南は強キャラであるように見える。そして友崎に言わせれば人生はキャラ変更が出来ないからクソゲーだとなる
けれど、日南は生まれ持った素質だけでなく人から好印象を持たれる理論を実践してリア充になっている。ある意味それはゲームの攻略法
また、二人はゲーマーとしてアタファミに対して類稀なる熱意を持ってプレイしているから互いの努力が判る。
だから友崎はアタファミにて努力と結果を出している日南が人生においても努力しているのだと判る
そんな日南が人生をアタファミと1位タイのゲームだと言った。そして人生にはシンプルなルールが有り、努力でどうとでも成ると訴えた
こうなると努力もせずアタファミで負けたのはキャラのせいだと言った中村への文句がそのまま友崎自身に返って来てしまう
人生が本当に神ゲーであるなら努力もせずにクソゲーだと断じてしまうのは間違いだとなってしまう
日南は人生というゲームをアタファミと同じくらい好きだから理解せずに貶す友崎に人生という神ゲーを教えたい
友崎はアタファミにおいて自分に次ぐ努力をしている日南が神ゲーと呼ぶ人生の攻略をしてみたい
二人のゲーマーの意気投合から始まる人生攻略がどのような道を辿るのか。原作を好む一人としては非常に満足できる第一話でしたよ
『ゆるキャン△』ってゆる~い雰囲気の中でキャンプを満喫する様子を見るという点だけでも充分楽しめるのだけど、作品全体に一貫して存在している「相手の価値観を尊重した上で分かち合う」という空気感が非常に好みだったりする
Aパートではソロキャン初心者な頃のリンが描かれているね
道具はあっても使い方や知識がなければソロキャンは大変なのだと改めて伝わってくるね
また、一番難しいのは助けを求めること。火熾しの為に管理人さんに聞く事は出来ても素直に家族に助けを求めるのは難しい場合も有る。リンの母はそれを理解して、リンの邪魔にならない程度の補助を行っていたのは好印象
Bパートでは年末年始の予定を話し合う野クル+αの面々。クリスマスキャンプにて彼女らの繋がりがより深まったのだと察せられるね
お互いに休みなしと思っていた千明に対して、お正月を全力で満喫しそうな面々とのギャップ……と、一旦千明を落としてからお土産の形で千明のテンションを上げる流れは良いね
伊豆ソロキャンへ向けて旅立つリン。それを温かく見送るなでしこの笑顔にこちらまで心温かくなってしまったよ
久々に『ゆるキャン△』の空気感を楽しみたいというこちらの想いを裏切らないどころか、今後の内容に充分期待が持てる第一話だったね
この作品は競走馬に対する愛に溢れている為か当時の逸話を語る人が多く、そういった方々のコメントを見ながら楽しめるという稀有な傾向を持つ作品だと感じていたりする
だから競馬に関する知識は全く無いのだけど、この第二期は待ち望んでいたし、その期待を裏切らない内容だったかな
シンボリルドルフに憧れていたトウカイテイオーが育ち、シンボリルドルフのような強さを手に入し同じ目標を掲げるという構図は良いね
また、シンボリルドルフにマルゼンスキーという競争相手が居たようにトウカイテイオーにはメジロマックイーンがライバルポジションとなるわけですか
皇帝に憧れていた少女がいつの間にか子供に憧れられるような立場になったという成長を感じさせるのも良いね
日本ダービーに勝利し華々しいウィニングライブを行ったトウカイテイオー
才能と努力はこうして示したが運は……
運を手にするとは運命の女神を味方にし続けるという意味であるなら、華々しい舞台で不調の面影を感じさせたテイオーはウマ娘として走り続ける運命を保てるのだろうか?
校内ランキングが上がった事で今までのようにただ上を見ているだけでは行かなくなってしまったハピアラ
その時に見る事になったのがすぐ下まで迫っていたフォトンメイデン。今回の課題はハピアラに自分達の型を見つめ直す機会になったようだね
フォトンメイデンは明確なコンセプトを持つユニット
それは見た目だけで無く音楽性についても行き渡っている事がライブを見ただけでも充分に伝わってくる
そんな彼女らを見た後だからハピアラは自分達のコンセプトに迷いを抱いてしまうのだろうね
それは真秀の指示に現れている
むにと麗には抽象的ながらもレベルアップを求めるのにりんくには「兎に角頑張って」と曖昧
ハピアラはりんくの巻き込む力によって成立したユニットだからりんくに変化を求める事は出来ない
だから麗の作った強い曲に対してもりんくのイメージと違う、歌い方を変えてもハピアラっぽく無いとなってしまう
更に強いハピアラになる為にはりんくが別の何かを巻き込まなくてはならない。だとすればりんくが変化の鍵を持つ麗の姿を覗き見た事は今のハピアラから脱却する分岐点となりそうだけど……