ザムドという存在になった主人公アキユキが、元居た尖端島に帰還することから始まる物語
作風がジブリ(ナウシカやラピュタ)×00年代のボンズのブレンドになっていて、平成感を強く感じながらも高貴な雰囲気の中描かれていた。
この作品のキャッチフレーズとして「考えないと石になる」「それでも人は己に言い続けなければならない考えろと」という『思考』というテーマが掲げられていて、今作における思考が『在り方・役割』→『選択』として描かれていて、そんなときでも自身のやるべきことと使命を心に留め行動している。この一連の流れが物語の中ですべてのキャラにおいて一貫されており、またそんな考え方で行動するキャラ達の最終的に行きつく果てが「生きること」につながるこの構図がとてもお見事であり、その描き方がキャラの粋な脚本と相まってグラデーションされていて見ていて全く飽きなかった。
またキャラクターの使い方に関して、主人公のアキユキ、ヒロインのハル、その幼馴染のユキタカの3人が主にいるのだが、才能を手にしそこから自らの選択で生きてきたアキユキ、才能がない代わりに努力で実力をつけてきたハル、努力を才能につぶされてしまったユキタカの3人。
ザンバニ号と極東自治区。
ナキアミとアキユキのこの3つの対比が特に前半は良く利いていてだからこそ才能の開花により努力をつぶされてしまったユキタカが迷いの末選択した「自害」という行為も流れるままであったが衝撃はとても大きかったし先ほど書いた『役割と選択・生き方』に上手く直結して落とし込めていた。
それ以外でもザンバ二号の船員や途中から出てくるルイコン教やヤンゴの出番なども最後まで欠かさずに出してくれてここまでたくさん出したキャラを最後までスポットを当ててくれるのは個人的にとても好きなので高評価。
またそんなメッセージ性だけでなく、ストーリーのなかで描かれる友情や兄弟愛、家族愛なんかもとてもよく表現出来ていて、迷いながらも最後は昔の平穏を望み自害したユキタカの話や母への罪悪感から自ら実験体となったミドリ、それを見て再び生きる目的や役割を選択するくだり。
13話や22話で出てきたアキユキのや西村の両親、いつまでも息子を信じ続ける親心にはとても感動した。
特に20話辺りを皮切りに今まで出てきたキャラや要素、伏線などがそれぞれの役割を担い最終局面へと突入し集合していくワクワク感と言ったらこれ以上ないものだった。
またこの作品の裏テーマとしてずっと描かれていた『縋るもの』ついてだが、
訳も分からずザムドへとなってしまったアキユキやその両親、里を離れザンバ二号に乗ったナキアミ、大切な人を失った船長いふねとその船員、また自らを悪だと提唱した極東自治区中佐凍二郎など。
凍二郎やザムドたちの心の声から聞こえた母親を呼ぶ声縋るものがなくただ孤独に歩むしかないもの達の居場所を示す親子の愛情、互いが互いに寄り合う共依存的な関係の行きつく先がこの作品1番のタブーである「思考放棄」へと繋がる皮肉とそれが身を焦がす結果へと繋がることをアキユキが石になることで表現したり、そんな共依存を断ち切り己自身で成長させるためにそれぞれ別々の役割を担わせストーリーを展開することでキャラ同士を分断するシナリオを自然と組み込んだり、そこで新たにキャラの深堀や内心に迫るシーンなどを差し込んだりと美学とストーリーの兼ね合いとその進行の仕方がとてもうまく、画面にのめりこんでみていた。
自身の成長と『考える』ことの大切さ、仲間や兄弟や家族の『愛』に溢れた本当に素晴らしい名作だった。