Annictサポーターになると広告を非表示にできます。
全体
普通
映像
良い
キャラクター
普通
ストーリー
普通
音楽
普通

結局、本当の愛とはなんだろうか?
ラスト数話で力尽きて泡と散りそうで、咀嚼しきれなかった

おとぎ話を現代の、そして具体的な滋賀という土地に落とし込むことで、どのように社会と接続させるかということに期待したのだが、特に中盤以降はかなり寓話的な進行で、おとぎ話の再解釈としての意義を掴み切ることができなかった

茉里に収束すること自体には異論はない
だが、博愛的なスパダリとして描かれ続けた茉里と最後に相対した意味を解釈するのが難しい
茉里の母親との話、あるいは、そのような茉里の個人的な話が描かれれば、話としては簡単になるのだが

一方で、実在の街を舞台として、例えば学校のような一組織、小さなコミュニティではなく、街に息づく社会を描き出そうとしたことには好感が持てる
学校やバイト先もそうだが、特に、2話で走り回った街の描写が非常に美しかった

映像としては、個人的好みだが茉里のボクシングシーンをもう少し見たかった

さて、本当の愛とはなんだったんだろうか?
人間はララの問いからそれぞれの愛の認識を語るが、人魚によれば、それは人間が陸に上がる過程で失ってしまったものだという
では、ララが否定したものはなんだったのか?
人魚の言葉を信じれば、作中の人間にその答えを求めることはできない
しかし、そうすると、物語の前半で丁寧に描かれてきた人間のさまざまな在り様と、ここまで物語を駆動してきた本当の愛というテーマとの結合が疎になってしまうように思う
さらに、それは人間たる我々視聴者にも感知し得ぬために、視聴者は真にテーマを理解することができない構造的問題を生みうる
逆に人魚を信じなければ、本当の愛というテーマは、はなから捨て去るだけの価値を失ってしまう
本当の愛という大テーマが単に狭い社会の空洞の呪縛であったなら
だとすれば、結末としてあまりにあっけない



Loading...