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良い

大赦の神官たちの「如何ようになろうとも、無力な人間の運命として受け入れる」という諦観的な言葉は、勇者たちの「人間として生きる…!」という決意と全くの対として印象的だった。

そして、友だちのためだからこそと運命を受け入れる友奈だったけれど、東郷さんの「友だちって言うなら、生きたいって言ってよ友奈!」という言葉が、「お役目だから…」と頑なな友奈の心を解いた。そうして、友奈は「みんなと別れるのは嫌だよ…!!」とようやく言うことができた。

それはまさに、人の力とは友情のような「人と繋がる力」なんだと納得がいくようだった。東郷三森の友情に訴えかけた想いが、「世界を救わなきゃ」という思いさえ振り切ってまでも友奈に「私も一緒にいたい!」と言わせた。仲間よりも世界を取ることも難しいことだけど、でもそれと同じくらい世界よりも仲間を取るという決断も難しいと思うし、きっとそれは「人と繋がる力」がなければできないことのように思う。

そして、世界よりも友だちを取った勇者たちであったが、それでもいつも通りのした変わらない世界は戻ってきた。それは別にご都合主義とかそういう理由ではないように思う。いつもの世界というのも、結局はそこにいるみんながいて成り立つもの。

だから、人が人として生きるという選択をして、人類が人の力すなわち「人と繋がる力」を信じることにしたからこそ、この世界も元通りに帰ってきたのだと思う。神様の力よりも友情の力と言うとにわかに信じがたいけれど、信じるなら神様よりも友だちと言えば、なんだかそんな気もしてくる。

そんなたかが友情、されど偉大な友情だと勇者に教えてもらったような結末には、ふと自分の日常を振り返ってみると確かにそうかもしれないと頷けるものであった。



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