多分話は原作とかちゃんと読んだ方が良い作りなのだろうが私のような雰囲気で観る気満々の奴には逆に良かった
祈り、が曖昧な罪悪感消化に終止してたらかなり嫌だなと思っていたがそうでもなく、実存に憧れ、理由ある者を理由なく殺す邪悪さを踏まえたある種の彷徨い啓示を乞うような行為と示唆されていて悪くない着地と言える
デスゲームとは当然新自由主義的な競争環境が我々の理解のベースな訳で、それは「いかれた」と言われつつまた極めて非人称的にも描かれる。それはどうこうするものではなくユウキ達(そして我々)への所与の環境なのだ。そこに内か外かの区別はあまり意味が無い。(一見)自らの選択で身を投じ続ける。それは我々で言えばただ、社会参加を本気でやるかどうかに過ぎない。エージェントは1on1を行うマネージャーの如し。我々は(死ぬ気で社会に立ち向かっていない限り!)デスゲーム消費者というよりもこのエージェントの立場に近いと言える。
メリトクラシーの勝者が即ち自己実現を成し遂げた者ではない。そんな自己啓発みたいなことをデスゲームで美しく謳い上げたと思うとなかなか面白い作品。