まぁまぁまぁまぁ、まぁまぁまぁまぁ....
まあ次のシン・魔法少女まどか☆マギカが必ずあるので、それを待てば良いか。次作が公開されるのなら記憶を失ったほらむちゃんが宇部新川駅で田植えをしてくれていても一向にかまいせん。
・ストーリー
名塚底根組(パンフによれば魔女っ子)たちの役割がよくわからなかった。特に紫丁香。セルマは「誰かの役に立ちたい」、ワスもといワルプルギスは「私たちを救ってほしい(救いたい)」というどちらもまどかの初期と後期の願いの失敗した先として、それらが超克されるために出てきているのかなと思ったが、それも違う気もする。正直彼らが乗り越えられるまでが短すぎて何が起こったかよくわかっていない。また、それ以外にもセルマは渚、紫丁香は杏子、ワスはほむらの鏡?(なんて言えばいいかわからないが、阿良々木暦に対する忍野扇みたいな存在)として時に対話し時に対立しながらその本質を浮かび上がらせる役割があるのかとも思うが、やっぱりそれもシーンが足りなくて完全には成立していないような気がする(あるいは単純に僕のアニメ力が足りてないせいか)。ワルプルギスの正体が分かるところは外伝的な感じで面白かったが、それがストーリーの中で(まどかの失敗したバージョンとして以外)意味がなかったような気がして蛇足感が拭えない(まどかはなぜ全ての魔法少女を救えて、マルグリートはそうではなかったのかとか。外面的には因果の量ではあるけど...)。もっと最初の5人のお話、というかほむらとまどかの話をして欲しかった。
たった一人の最高の友達のために世界を壊し悪魔に身をやつしたほむらが、まどかや円環の理から帰ってきたさやか(美樹さやかが帰宅したのは面白かった)との対話の先に悔い改め世界に復帰する、あるいは満足して全くそこから外れた存在になる、という形で描いて欲しかったが、そもそもまどかの有り様が”神”すぎて対話はもう不可能な感じになってしまっていたな。まどかの元にある全ての魔法少女はもう何も憎まなくていいし呪わなくていい、まどかは全てを抱きしめ許す。さすが神。だがそれ故に、もうほむらのそばにいてその苦しみを分かち合ったり一緒に苦しんだりはしてくれなくて、世界の理を破壊するほどのにまどかを愛しまどかに執着し、人としてのまどかを思いやり彼女と交わした約束のために今なお囚われ続けるほむらの横にはもう立ってくれないんだよな。だからその役割はさやかしか担えないんだけども、その話ってちゃんとしてたっけな?確かに悪魔としてのほむらの最初に許したのは美樹さやかだった(そして他の者たちもすぐに賛同した。なぜならもう美樹さやか以外にほむらを人間的に許す資格を持った存在がいないから)けど、戦ってる中でヌルッと許されちまったような気がして残念だった(これも僕のアニメ力が低いせいかも。もう一回見直してから感想を改めたい)。そうして魔女っ子と魔法少女、あるいは世界の全てに許されてほむらは神に挑戦するわけだが、まあ神には勝てないよな。まどかも謝ってたし(多分)。でもほむらは満足そうだった。この辺はちゃんと次作でやるんだろうと踏んでるからまだ云々しないでおく。次は10年以内に公開するようにしていただきたい。
本作を見るにあたって始まり/永遠の物語を見返した際、やっとまどマギをフラットな目で見れたことで、まどかが思い悩み立ち止まり苦しみつつも前に進む決意と力を持った素晴らしい人間だということを素直に理解できたのだが、彼女は祈りを実現して以降は完全に神の座に固定され人間を失ってしまっているよな。本質的に苦しんだりしてくれないし。彼女の問題を取り除くはいつもお付きのものたちだし。まあ神様だしね。
「私たち魔法少女は円環の理というシステムではなくまどかという一人の少女に救われたのだ」という理屈を言い出したのは紫丁香が最初だったと思うが、それを真正面から主張できる存在が初期メンバーにいなくてかなり空転しているように聞こえた。初期メンバーのうち魔女になった美樹さやかは円環の理には救われてないし(ダウト。けど事後的に円環の理に回収されているから、どっちかというとシステムに救われてる感があるんだよな)、それ以外の人たちは別にまどかに救われてないし。物語に出てきていない魔法少女たち、あるいは魔女っ子たちが救われたのは確かに円環の理というシステムの根底に、まどかという一人のか弱くも優しい少女の偉大な願いと祈り(=全ての魔法少女たちを呪いで終わらなせない)があったためだが、それを実感できた人が外からいきなり出てきてそんなこと言われても、そしてそれを根拠としてほむらの行動を肯定されても僕としては困ってしまう。今までまどか・ほむら・マミ・さやか・杏子の物語を見てきたつもりだったのに、外部から与えられた理由でほむらを許していいのか?やっぱりほむらはまどかと本質的に対立しなければ収まらないはずだ。そうだろ?助けてくれ〜
あと帰宅した美樹さやかはどうして立ち直れたの?なぎさに本当に守りたいものはなんだったか思い出せとか説教されてたけど、それってまどかのことなのか?けどそうするとまどかの最高の友達枠が二人になってなんかややこしい感じにならないか?そもそもそんな話今までしてたか?まあ最高の友達って何人いてもいいか。うーーーん。
とりあえず一回見た感想だけど、考えれば考えるほど苦しいです。全然面白くない、というわけではないけど、このお話をする必要性が見えなかったのが不満。シン・まどマギに期待します。
・映像
映像”は”良かったという話を割と見たけたけど、僕はあまりそうは思えなかった。もちろんすごい豪華な画面だったけど、お話に気を取られすぎてちゃんと見れてないと思う。強いて言えば一番最初の騙されて戦わされる虐められてた少女A(C.V. 青山吉能!!!)のバトルシーンは結構好きだった。頭の後ろで弓を引くやつとか。あと久々にアニメって大嘘の映像を流していいんだ、という実感を与えてくれたのは嬉しかった。わざわざなんでも写実的にする必要はなくて、面白かったり意味があるならいくらでも変な画面にしていいよな。サンキューシャフト。
紫丁香戦とかセルマ戦とかがごちゃごちゃしててあんまり気持ちよく見れなかった。叛逆のホムリリィ戦のMisteriosoが流れながら魔女もその手下も魔法少女も入り乱れての大決戦、という方が僕には気持ちよくみられた。でもこれも展開がわかりやすかったからなのか?冷静に評価できていない可能性が大いにある。
・演出
特に前半とかがだいぶ踊ってたというか、バレーっぽかったのは古川さんの影響なんですかね?あんまり幾原ー古川ラインをちゃんと通ってないのでかなり適当なことを言っているかもしれないが。あとバラとかクマとか大量の室外機とかもそうなんじゃないかと勝手に思ってる。勉強不足だ...
トマトって叛逆では半人前・裏切り者のほむら(ホムリリィ)を罵倒するアイテムだったと思うのですが、その意味が今回は薄れているのが気になった。なんか便利に非難のニュアンスで使われてませんか?悪魔の身=トマトはほむらを馬鹿にする時の専売特許のはずだったと思うのですが、これも古川さんの影響なんですかね?別に咎めたいわけではないですが。
実写とか体の演出の多用には拒否反応を起こしているオタクがかなり見受けられたが、自分には古いシャフト(特に化物語)っぽさを感じた。まどマギらしいか、と言われると少し外れるのかもしれないが、全然楽しいので僕としてはOKだった。
・声優
流石に10年以上も経つとみんなちょっとずつ声がわかってきますね。特に悠木碧ってあの頃から上手くなってるんだなとか、もっと言えばまどマギの頃の演技って少し固かったんだたと予習の成果もあって感じられた。あと志築仁美役の新谷良子さんの声がすごい変わってて最初別の人かと思ってしまった。
ワス役の坂本真綾さん、シャフトやねという感覚と共に、流石に上手いなというかワルプルギスという存在の背負っている重みと不透明感をよく表現されててすごいなと思いました。流石にうまい
・まとめ
次作を待つ。頑張れシャフト!