しずくの内面描写に思えていた自己との対話が舞台での一幕であるかのように演出される展開
それは本物と演技の境界が限りなく薄くなる今回の内容を示しているかのようだったね
相手に受け入れて貰えるようにと自己を否定する為に演技を始めたしずくにとって演技をしない自分を曝け出すのは非常に難しく恐ろしいこと
ここで印象的なのはしずくが演技をしていない自分を本物、演技をしている自分をしずくではないと二極的に捉えていること
だから演技の中で自分を曝け出せない
でも、演技をしていたら本物じゃないとか本当の自分とか実はとても曖昧な概念なんだよね
可愛いを追求するかすみはそのキャラ性故に否定的に捉えられることだって有るだろうし、璃奈なんて顔を隠してステージに上っている
そんな二人だからしずくの問題と彼女に必要な言葉が見えてくるのだろうね
教室の場面、面白いのはしずくを照らす日光がまるで舞台上の照明に思える点。また、しずくが自身の内面を明かす言葉もまるで舞台上の台詞かのよう
つまり、あの場面でしずくは無意識にかは不明だけれど「本物を曝け出す演技」を既にしている
それがかすみの「私可愛い!?」に引き込まれて舞台らしさが消えてしまう。何故ならかすみはしずくを頑固キャラだと捉えているから
しずくとしては自分が主役の場面なんだから自分の内面について触れてほしい。なのにかすみはその舞台を無視して自分の話をした。その上でしずくを大好きだと言ってみせた
もはや本物も舞台も滅茶苦茶
だからしずくは舞台上で本物と演技が混ざりあった姿を見せられる。それこそが本物の『桜坂しずく』となるのだろうね