本作って部活を追うか恋を追うか両取りするか、なんてのをテーマ性に掲げている気がするんだけど、主要人物が部活人なものだから恋を望んだとしても部活を捨てるなんて選択肢を採る者は居ないんだよね
それだけに何らかの理由により部活を辞めた夢佳なる人物は本作において異質、部活人である大喜には理解し難い人物と言えるから彼女への印象も悪くなる
それだけに、現状では恋や他の諸々より部活への比重が強そうな千夏が夢佳への憧れを変わらず抱いているのは興味深い
どう見ても夢佳は変わってしまったのに、千夏は夢佳の何を変わらずに見詰めているのだろうか?
大喜達は恋心に揺れる事はあれど、現状は部活最優先。だからクリスマスも練習漬け。才能という言葉は使用されても基本的に練習こそが身を助くという考え方が通底している
これは夢佳と千夏の過去も同様だね。小学生時代から夢佳は才能ある少女と紹介されるが、千夏は彼女に練習時間の多さを見た。また夢佳も千夏が認められた理由に練習量を見た
互いに練習の大切さ、時間を懸ける必要性を共有する千夏と夢佳は同じ時間を過ごしていたと言える
夢佳に憧れた千夏は練習重視の日々を送っているけど、全ての時間を練習に費やしているわけじゃない。前回からのデート時間がそうだし、夜中の散歩時間も同じ。彼女は部活に青春を懸けつつ息抜きの時間も設けてる
なら、部活を辞めた夢佳が息抜き時間にバスケをしていたのはどういう理由だろうね?そこで彼女が語るのは部活に青春を懸けた事で失われる時間だけれど、そんな事は部活人なら誰でも判った上で遣っているわけで
”客観的”な”正論”を拒絶した彼女は部活に費やす時間の何に絶望して、代わりに何を得ようとしたのだろうね?
活動そのものは一般的な生徒会活動っぽいのに、隙あらばお色気ネタをぶち込んでくるたんって凄いな…
そんな彼が嫌われポジションとならないのは、そうした悪戯をしたら間を置かず有栖による制裁が起きるからか。逆に言えば、あれだけの折檻を受けながら悪戯を続ける彼のメンタルは強いなと思わせられるが
他方でめっちゃ怖い先輩というポジションを獲得しながら、時折自分も可愛いと思って欲しいと些細なアピールする有栖はそれはそれで可愛いのだけどやはり怖さが勝ってしまうね…(笑)
衝撃的事故シーンが挨拶代わりだったこまろは既に生徒会役員だったのか。てか水之江のクラスメイトだったのも衝撃的だが
彼女も生徒会活動には熱心なようで。しかし、インパクトが有り過ぎる体型や流血が熱心な印象を打ち消し、仕舞いには他者への無警戒感が役員というより、マスコット的なポジションだと認識させる
その為、同学年だから水之江とこまろが仲良くなるのではなく、こまろがマスコットだから仲良くなる不思議な関係が構築され、マスコットに成れない寿子の感情を揺さぶるというのはそれぞれの関係性が面白く構築されているように思えますよ
こうした展開は1クール目の構成を思い起こさせるね。一つ一つは小さな謎解きで1話完結だけれど、その裏では大きな陰謀や問題が芽吹き始めている
天女の話、表面上は御伽噺めいていて舞台も古着屋である為に胡散臭い。そんなもの全て嘘だと跳ね除けてしまいそう。でも、猫猫はそこに謎解きを、本当を見出すわけだ。彼女の推理と手際は鮮やかだね
他方で表面の謎が解けるからこそ、奥底の解けない謎に気付いてしまう。それが作品に深みを生み出しているわけだ
天女は解けない謎だが、解く気が無い謎は壬氏の気持ちか…
宮廷で蝗害に悩まされているだろう壬氏の援けとすべく図説を届ける推理力はあるし、彼の表情から眠りを無理にでも取らせる必要性も判る。けど、彼が独り寝を嫌がる気持ちも、眠りに何を欲しているかも推理を働かせない。または働かせた上で見当違いを意図的にしている
かといって完全に拒絶するでもなく、結局は彼の求めにある程度応じてしまうのは猫猫の人の好さ、若しくは壬氏への感情をちらつかせているかのようでしたよ…
なんか高い技術でしょーもない事してる!すっごい軽い理由で追放されてる!あと、タイトルとサブタイトルが有り得ないくらい長い!!
…と驚かされる要素ばかりの序盤だったが、きちんと見れば絵の動かし方が素晴らしいし、キャラは気の抜けた感じがありつつも魅力的というよく判らんバランスの上に成り立っている印象
導入部の要素を摘まんで表現してしまえば雑な追放からの俺TUEEEながら、レインには”強い”より”怖い”を感じてしまうのは面白いところ。無論、強さが怖いとの意味ではなく、人間性がぶっ壊れてて怖いという意味なのだけど
面白いか?と聞かれたら「よく判らない」と答えたくなるが、一方でなんか最後まで夢中になって見続けたくなる中毒的な面白さを感じられる初回でしたよ
てっきり、好きな人が惚れ薬を渡したい相手は自分でした!…みたいな勘違いラブコメかとタイトル時点で予想していたけど、普通に別人宛てなのか。それどころか現状のロゼはハリージュから惚れ薬作ってくれる魔女と認識されていると
これは恋のハードルが高すぎる。というより届く余地が無い。でも、少しでもハリージュが別人に向ける恋心に抗いたいから、足掻くように彼と出会う機会を増やしていると
自分の想いに正直なロゼと誠実に人と向き合うハリージュの物語に早くも心掴まれる1話でしたよ
湖の家で秘薬を作るロゼは外界から閉じ籠った存在。それは性格的な部分もあれば、そもそも外界が魔女を拒絶している面もある。その意味でも彼女は別の生き物
けど、ハリージュは「魔女も人」と定義するね。彼にとってロゼは同じ生き物。だからロゼが彼に恋する余地が生まれる
なのにハリージュは全く別の人向けに惚れ薬を欲していると。ハリージュがロゼを人扱いしてくれても、人なんて湖の外に大勢いるのだからハリージュがロゼに恋する余地は少ない
現状は湖でハリージュの訪れを待つしかできないロゼ。鐘の音に胸高ぶらせ、つい身嗜みを整えて。いじらしい彼女の姿に恋が叶う未来を願ってしまうのでした
大喜と千夏、二人のデート模様は瑞々しいね
言う程にはちゃんとしたデートではないし、名目は部活用品の買い物。それでも大喜にとっては貴重な時間。でも、世の時間は大喜と千夏の二人だけで流れているわけじゃない。余計なちょっかいが入りもするし、他の女子の香りが漂ったりもする
だからか、折角訪れたカフェでもデート時間を邪魔する存在が現れる。大喜の幸せ時間は簡単には訪れない。手にする為には時間と労力を掛ける事が必要
ただ、そうして恋愛にかまけているのは正しいのかと問い掛けてくるのは本作ならではの展開
大喜のデート時間を奪う松岡はまさに天敵。言葉を軽妙に繰り出す彼に大喜は言葉を差し込めない
なのにアップルパイが来ると夢中になって食べてしまうのは可愛いね。でも、大喜にパイを食べて欲しいと考えていた千夏にとっては嬉しい光景、報われる時間
だとしても松岡の指摘は鋭いもの。部活も恋愛も軽妙にこなせない大喜は時間をどう使うかは重大な問題。突かれてしまえば、千夏の部活時間を自分の恋愛時間で邪魔する判断なんて出来ない。送り出すしか無い
それでも大喜がスムーズに過ごせなかった僅かな時間が千夏が追いつく猶予となるなんてね。あれはぶわっと喜びが湧き出すような瞬間でしたよ
本来のデートは出来なかった。でも、そうして時間を別に使ったからこそ、別のデート時間も生まれ出て
また、こうした回り道のような時間の使い方が千夏に大喜を認識させるものとなっていたのも事実で。朝練以外では話せず時間を無為に過ごしていたかに思われた初期の大喜だけど、そうした真面目な時間が有ったから千夏は大喜を真っ直ぐな人と感じられた、好印象に繋がった
時間の使い方は様々にあり、予想もつかない未来に繋がる事もある
だとしたら、バスケをしていたのにあっさり辞めてしまい、急に現れて千夏を煽る夢佳とは部活動に向ける時間を諦めた人間だったり…するのだろうか?
アニメ・マンガの世界において学校の生徒会は妙に権力を持っていたり、権勢を振りかざしたりするもの。本作の生徒会はそのような傾向は現状見られず、真っ当な生徒会活動をしているようだけど、その分だけ役員達の真っ当でない面がクローズアップされるギャップ構造となっているね
特にこうしたお色気コメディ色の強い作品なら、集団に加入する主人公を真っ当なタイプとしそうなものなのに、水之江とてあんまり真っ当でないというのは面白い
それでいてほかの役員は彼を圧倒する程の変人なのだから、結局は役員達の作り出すお色気コメディ空間に巻き込まれていくと
いや、よくよく見ると色気について自覚的なのは尾鳥だけで、他はその人なりに普通にしているだけなのだけど。てか尾鳥だって♂だし。何であれで♂なんだ
その意味では古都吹なんてとてもニュートラルなのだけど、根がムッツリさんだから結局彼女もお色気空間を作り出す側に回るというね
そうなってくると、最早古都吹が最もお色気空間の権化であると判ってくる。集会でビデオを誤って流すとかもうそういうプレイなんよ…
あと、気になるのは冒頭で事故に遭ってた娘も役員なのかな?割とガチな事故に遭ってたけど、あれ遅刻どころじゃ済まなくない?
子の一族は滅び、楼蘭は遠くへ去った。騒動の種は取り除かれたと思えた矢先に降り掛かる新たな乱れは蝗害ですか。しかも、これが子の一族との関わりがあるかのような形で起きつつあるのが不気味
蝗害なんて本来は天災に過ぎない。しかし、タイミングに拠っては失政への天罰だなんて囃し立てられてしまう。東宮が生まれ勢力が固定化されそうな状況だと悪足掻きをする者も生じそう
人間にはどうしようもない害が後宮内の権力争いへと繋がり、それが猫猫が再び後宮と関わる契機となりそうでワクワクさせられますよ!
後宮から離れ花街に戻った猫猫にとって蝗害が起こりそうな農村も権力争い激しい宮廷も遠い場所の話、積極的に関わりたいと思わない
しかし、手の届く範囲に謎がやって来てしまえば彼女は考えずに居られない。そして答えを誰も察していないなら独り言を届けずにも居られない
というより、猫猫が途中まで魅せられ関わった不老不死の手掛かりとなりそうなら余計に関わらずに居られないのだろうね
人に対して距離を取りつつも、自らの関心事や他人への面倒見の良さが発露されて騒動へ自ら突っ込んでいくのは彼女らしい物語の始まりに思えましたよ
遂に時行達が立ち上がる!…のだけど最終回。つまり先の話はまだ描かれないわけで
それでも尻切れトンボと思えないのは今話が時行達が鎌倉を取り戻したい理由の総括を同時に行っているからかな
頼継や市川が疑問に思うように、戦をしてまで滅んだ北条に忠節を果たすべく鎌倉を取り戻す価値なんて薄く思える。しかし、北条政権だからこそ繁栄できた者もいれば、足利や後醍醐に恨み持つ者もいる。また北条家に仕えるしかない者も
”鎌倉”とは単に場所を示す言葉ではなく、時代の象徴であり概念だと伝わってくる。だからこそ、貞宗が理解を示す「いざ鎌倉へ」という言葉の重みも伝わってくるわけだ
但し、重いからこそ軽く扱えないわけで
鎌倉党の者達にとって鎌倉奪還は悲願。大将が鎧も着れない子供ではやる気は下がってしまう。ここで逃げを信条とする時行自身のやる気も下がるのは面白い(笑)
軽々しく扱えない重さなら一人じゃなく皆で支えれば良い。鎧を着れない時行のフォローをする亜也子と狐次郎、鎧軽量化を図った雫などなど
一人が背負う重さが減れば軽やかになる、時行も万全の逃げ上手を発揮できる
そして、覇気溢れる時行の姿に頼重達も奮起させられるというのは良いね。益々時行に鎌倉奪還を可能とする将の器を見てしまうよ
他方で将ではない時行を支えようとするのが頼重か
鎌倉を逃れて以来、安住の空間と時間を大幅に減らした時行は同年代より平穏から程遠い。かといって戦から離れさす訳にもいかず…。戦に送り出しつつ父代わりの如く時行の未来を保証する頼重の姿には、時行が失いこれからも手に入らないだろう繋がりが見えた気がしたよ
そうしてド派手に始まった鎌倉奪還の大戦!御柱を火牛代わりに用いるとは予想外。しかし、そこには鎌倉を取り戻す意気を代弁するような火力がある
楽しかった隠遁の日々は終わり、逃げ戦う別の楽しさへ。時行率いる逃若党は果たして鎌倉を取り戻せるのか、それこそ楽しみですよ!
前回までシーナとミミの話をメインにしていたものだから、最終回をアリの話にするとは思わなかった…
ただ、セイランの死を描いたなら、彼女と懇意にしていたアリの悲しみをきちんと描くのは当然の責務かもしれず
アリは遺品が帰って来た時こそ、きちんと悲しみを表出できた。でも、前回のミミとの会話ではセイランの喪失をとても物分かりよく受け止めているように見えた。でも、それは見えているだけだったと、悲しみを消化しきれているわけではないと描かれたのが今回で
アリの対話相手にエスタが選ばれたのはシーナ達が知らない感情を知るからか
アリは既にセイランの死を受け止めているし、正しく彼女の死を認識もしている
そんなアリが慣れないのはセイランの不在か。何を見ても、何をしてもセイランが浮かぶ。でも実際には居ない。実在を求めて不在に嘆く
エスタは飄々とした間の抜けた言動でアリに失言を放ってしまう。忘れてしまいそうになるけど、彼女もパートナーを戦争で失った少女。アリに「わかるよ」と何気ない風に言える彼女はパートナーの不在を受け止められていると判る
なら、エスタとの対話は実在と不在の乖離を埋めるヒントを得られるものとなるわけか
かといって、エスタは単純に不在の乗り越え方を教えてくれるわけではないね。彼女とて不在の受け止めが難しかったと察せられる
エスタに出来るのアリの話を聞き、自分の体験を話す事。そして戦争を知る者として戦場への道を示す事
セイランを見送るしかできなかったアリは、セイラン程には他人を思い遣れていないアリは
今の自分はセイランと同じ場所にいないと実感し、そして格好良い姿を見せたいとセイランの実在に誓い…
セイランが居た頃には好きだった雨の匂いを嫌いと言えたアリ、少しだけセイランの居ない日々での自分を見つけられたのかな…
ルディが想定以上にメンタルダメージを喰らっていた印象。老ルディの経緯は現ルディが辿った人生ではない。しかしルディが一歩でも踏み外すだけで辿った人生ではある
この怯えは共有が難しいもの。ヒトガミや老ルディの存在を知らなければ、ルディが何に怯えているかは知れない。他方でルディと家庭を共にする彼女らは、ルディには精神的に弱い部分があり、それでも家族を大切にしようとしている事は知っている
だから彼が最も守りたいだろう自分達を頼ってくれる瞬間を待っているのだとも感じられたな
驚きの成長と思えたのはルディが未来への懸念を少し誤魔化した上で正直にシルフィとロキシーに話した点か
ルディには話せない過去が多いからこそ、近しい者相手でも秘密主義的になってしまう面がある。それだけにルディが明かせる部分だけでも話し、そしてシルフィ達は明かされた部分だけを受け容れて相談に乗ってくれたのは良かったな
ルディの判断を尊重しているから、エリスという新たな妻が増える可能性も自分の感情で拒絶しない。むしろルディの為にシルフィは反対するし、ロキシーはルディを大切にしたいシルフィが折り合える判断をする。3人がとても良い関係を築けているように思えたよ
卑近の関係を安定化させてもヒトガミという存在は超越的で
ルディとヒトガミの間で信頼関係は崩れた。それでも従前通り協調関係にあるかのよう互いに偽装する。こちらの関係は気味悪さがあるね。だから提示される信頼条件もおぞましいものになる
他方でこれが途切れていた関係を繋ぎ戻すものとなるのは面白い
エリスはニナ達に突っ込まれる程にルディとの関係は希薄ですれ違いも発生していた。おまけにルディは妻も娶っていた。エリスにしたら大誤算。でも、オルステッドを倒すというエリスが掲げていた目標は共通する。彼女の修行は正しかったと判る
エリスとの再会、オルステッドとの恨みなき戦いはルディに何を齎すのだろうね?第2クールが待ち遠しいものですよ
時行の京での経験が早くも形を結び始める様子が描かれたね
京へ送った頼重をしても想定以上な時行の経験はそのまま時行の成長度合いを示すものに
鎌倉の攻め方、通常なら成功率の高そうな道を選ぶもの。けど、ここで時行は鎌倉を滅ぼした敵方の逸話を参考とするね。敵がそのような手法で勝ったなら己とて。また鎌倉攻略を一時の戦いとせず、天下へ号する一歩目と考えている様子も伺える
ならばこそ、託す頼重も簡単な道だけを時行に任せず、簡単には行かないが長期的な成功を目指す上で求められる功績を得られる瘴奸の討伐を任せる事にしたのか
ただ、この方針って言ってみれば、リスクを増やしてハイリターンを望むようなもので
正体を明かせば大きな忠心を得られそうな鎌倉党に対して、安易な正体明かしはご法度となり、瘴奸討伐後という現時点では成功するか判らない功績後に託す事になる
兵力不足という戦を起こす上では軽視できない要素が目の前に在っても、戦闘回避は選べず、策により兵力を補う方針が採られる
但し、繰り返しになるが、このハイリスクを乗り越えられれば時行は大きな力を得られるわけだ。そしてリスクを越えるには京で得た経験、遡って自らの人生経験が役に立つと。……その思い出が変態ばっかりなのは可哀想だけど(笑)
再登場した最悪な敵・瘴奸、どうにも極悪人のイメージが強かったけど、貞宗に召し抱えられる前後で心構えが変わったんだっけ。上司に与えられる褒美に多くを望まず、幼女と和やかに話す様子は過去の彼と繋がらぬもの
だからといって彼の経験が無かった事にはならず…。地獄に在る仏・時行に救いを見て、貞宗によって生き方を変えたから、彼は過去の行いに吐き気を覚えずにいられないのか……。あのシーンはマジでビビったよ……
地獄から救済されたのに過去の経験は消されず。仏に救われたから、救った仏を殺さねばならぬ。そうしなければ過去からの脱却は望めない
時行と瘴奸の激突は2度目の対決という意味に留まらぬ、過去を超越する者となりそうな予感がするよ…
ミミは戦場で必要とされなぜ早くから本気を出さないのかという不満が出る程の強者、シーナは必要とされる力を持たず誰にも望まれない程の弱者。居る場所が全く異なる二人が互いを必要とするようになったのは近付いたから。シーナは包容力によって、ミミは無邪気さによって
より近付く為に、シーナが戦争に携われる自分に成ろうとしたり、ミミが戦場での傷を隠す知恵を発揮すれば、諍いや衝突が生じてしまうのは当然で
そこでかつて様々な衝突をしたアリとセイランの逸話がミミに授けられたのは印象的だったかも
ルームメイトのいない部屋に佇むアリの姿は独りに見える、セイランの物も片付けようとする。けど、アリは過ごした思い出をこそセイランの実在の証拠、今もセイランを大切にする根拠としているね
ミミの立場はアリと異なるが、今を生きているシーナを大切にする事はできる
同様にシーナもミミを大切に出来る筈。自分を大事にしないやり方で戦場を駆けるミミをシーナは許容できない。けど、他の教師や先生は戦場でそうしたミミをこそ必要とする。不死身であっても怪我をするし血も流すと知るシーナだから最もミミを大切に出来る
……だとしても戦場へ立ち入ってしまうなんて想像もしなかったけど
限定的とはいえ、戦場へ立ち入ったシーナはミミの世界を垣間見た形
一旦は同じ景色を見た二人は落ち着いて話が出来る。但し、シーナが目指したいのはミミのように戦う事でも、ミミが目指したいのは孤独になりたいわけでもない
近付きすぎた二人は対話を行い、互いに何を相手にしてあげたいか、何をして貰いたいかを話し合う事によって、ようやく喧嘩は終わったようで
その後の何もしない筈がイチゴジャム作りに精を出しちゃった穏やかな様子は微笑ましいね。叶うならそうした穏やかさがいつまでも続いて欲しいものだけど、それが出来ない点こそが二人の関係に纏わりつく問題なんだよね…
こう終わるのか…と驚きつつ、同時にこの作品の感想を全て言語化するなんて無理だなと実感させられる
ララは一族を助ける使命として”本当の愛”の先にある光を求めた。しかし、途中から光を取り戻すには憎しみの相手を殺す必要が生じた。愛であろうと憎しみであろうと一人に向けるもの。一人と多数をララは天秤に置く事になったが、茉里を好ましいと感じていたララは彼女と一族を引き換えになんて出来ない。また、この運命はララの命も懸かっている
”本当の愛”とやらは一族の命や愛する者の命、そして自分の命と釣り合いの取れる重さなのかという点がララに問われたのかな…
どう進展するにせよ、ララと茉里の関係が鍵になる。リサが茉里を向かわせるのは正しい。けど、彼女はそこで忠告に似た何かをしてしまうね
リサにとって茉里は憎むべき人間の一人なのに彼女の不足を教えてしまう。そこには人間社会で悲惨な目に遭った彼女ですら人間に憎しみ一色だけを向けられない何かが見える
なら、同様にララが光を手にする上で求める感情も一色とはなり得ないわけで
茉里との会話は象徴的でありながら対立的。自分達は異なるから憎しみ合うしかないと言うララに対し、茉里は違うから独りじゃないと訴える、愛せると説く
何が憎しみの刃となったかは判然としない。ただ、「愛する為に生まれて来た」は1話のグレイスの言葉を彷彿とさせるね。あの時もララは自身を大馬鹿者と称していたが、その理由は父の言い付けに背いたからだった
父の言い付けに従い茉里を害した今、目の前には望んだ光がある。けど、ララは自分を定義する諸々を否定する、地上に来た運命の否定すら否定する
そうして彼女が見出したのは馬鹿な自分の肯定と否定、愛する者が存在する肯定、そしてまさかの”本当の愛”の否定か……
ララが手にした光はプリンセスの光とは異なるもの。しかし、一族を癒す事はできる
愛一つで急激に全てを救うのではなく、少しずつ時間を掛けての和解。それは相互理解であり相互肯定か
ルカが描いたララの絵に尾鰭はなく、変わりに人の脚。ルカにとって最も美しいララの姿は人間の姿に行き着いたという事だろうか?それは同時にララが人魚で無くなった点を明確にする。ルカとの別れは人魚との別れであり、”本当の愛”を求めて彼を求める必要もなくなった事の象徴か
ララはまさかの滋賀や茉里の家を出ていくようで。”新しい光”とは地上の世界でまだ見ぬ場所だろうか?
茉里が居る世界であっても、茉里の近くではない。それは茉里に寂しさを覚えさせるけど、きっと彼女もララとの出会いを通して愛を得た、別れを寂しいだけで終わらせない何かを知った
ララの脚は人間というには傷だらけ。しかし、それがララであり、同時にララが愛した全てを象徴している。”本当の愛”を拒んだ彼女は誰か一人ではなく全てを愛するように世界へと旅立った
ラストの暗転、タイトルになっている言葉が聞こえてくるようでしたよ…
いや、本当に全てを言葉で解釈できたとは思えないけど、何か凄い作品を見てしまったという感覚がありますよ…
いわばルディのバッドルートが容赦なく描かれた回。サブタイトルは『日記』だけれど、モノローグや現在のルディによるコメントが差し込まれない為に、老ルディの記憶というより、ルディが何かを踏み外せば辿ってしまう物語を見せられている気になってしまう
彼の体験にはどうにも出来なかったもの、少し気を遣えれば回避できたものが乱雑に含まれる。しかし、そうした後悔なんて後になってから気付くもの。その意味では人生にやり直しも取返しが付くものもなく、過ぎ去る選択の日々を阿呆面で見過ごすのみ、という感覚を抱いてしまうね……
人生が崩れ出す一歩目であるロキシーの死はほぼ回避不能、救済方法入手の中でクリフが犠牲となるのも難しい。研究の行き詰まりにより死を選ぶナナホシも同様
けれど、シルフィやリーリャ含む家族、そしてエリスについては彼の弱さが招いた事象とも取れる
今話はバッドルートであるけれど、現在のルディが老ルディの日記を読み観測している物語でもある。ロキシーの悲劇を回避できた以上、彼と同じ人生はほぼ生じないため、参考になる部分は多くない
しかし、取り返しが付かない人生を「もっとちゃんと出来なかったか?」と悔いる気持ちは我が物と出来る
老ルディはルディであってルディではない、これから向き合わなければならない人生はそのようにしなければならないと、そう覚悟を持たされる話に思えたよ
一連の騒動はアキオの逃亡という形で一応の蹴りは付いた。けれど、全てが納得行く形ではないから後悔も謝罪もあるし、悶着も生じると
ヒカルの抗議はもしかしたら正論かも知れないけれど、事態に何の関与もしなかった彼に「こうしていれば」なんて正論を述べる資格なんて本当は無いよなぁ
だからガブは許す許さないの基準を語れる。逆に、否応なしに事態に関わらざるを得ないアサは皆を巻き込んでしまう罪に苛まれる。けど、そこにこそ癒しの正論を述べてくれるガブの存在は有難いね
誰も彼も嫌な現実で嫌な想いをする。だからこそ、護りたい者を護る為に抗うしか無いわけだ
ユルもアサも幼い頃から嫌な現実に嫌な想いをこれでもかとされてきた。でも、今はそうした経験を”嫌な夢”と形容できるくらいの経験も積んだし、周囲の人達に支えられても居る
嫌な現実はそうして乗り越えられるかもしれない
他にも方法はあるね。現実は否応なく際限無く訪れてこちらを当惑させる。その度に心乱していたら想いは潰れてしまう。「慣れた」というアザミの言は擦り切れてる感が無くはないが、喪失に泣き腫らしていた表情が明るくなる原動力となったなら良かったのかな
…デラは直ぐ様に競馬で養育費を稼ぐのは非現実的だと悟って下さい(笑)
嫌な現実全てから逃れられれば楽だろうけど、結局嫌な現実は向こうからやって来る。どう対処するか迫られる。デラは欠席、ハナは風見鶏的スタンスを選んだのは年の功を感じさせる
しかし、山賊連中ですら自覚していなかったのは自分達とて嫌な現実に迫られている側だった点か。また、ゴンゾウも迫りくる嫌な現実の正体を察しつつ確信は得られずに居る。それは現実のものとなるなんて想像もしたくないからか?
さておき、「ここで終わるの!?」と吃驚させられる終わり方だったけど、どうやら無事に第二期制作が発表されたようで。謎が謎を呼ぶ展開の答え合わせをさせて貰いたいものですよ
時行達が京へ来た目的は一時的な避難であり京の学びであり。尊氏暗殺絶好の機会とはいえ、予定に無かった行いをしようと思えば、まずその判断が正しいかと詰め直す必要がある。二通りの意見が出てくるなんて良い郎党達ですよ
ただ、時行としては絶対に殺したいというより、聞きたい事があるとの理由で暗殺決行か。時行にとってはいつの間にか対尊氏の行動も学びの一貫となったようで
なら、公宗が暗殺失敗を悟られながら、逃げもせず責任を全うする姿を目撃できたのも一つの学びと言えるのかな
鎌倉以来の尊氏との対面はあまりに意外過ぎる展開に…
これまでも尊氏の尋常ならざる面が強調されてきたけど、今回のは鳥肌レベルだったな…。時行にとっては鎌倉や一族を滅ぼした不俱戴天の仇、なのに尊氏は時行の顔を覚えていないどころか鎌倉滅亡すら何となくやったかのような口振り…。幼い頃の時行は自分を見つけてくれる尊氏を平素から信頼していた。だから裏切られた時のショックが大きかった。時行の人生は狂ってしまった
なのに尊氏はまるでそこには何の価値も無いかのように……。その上で自分を殺そうとするなら殺さねばという確固たる信念だけは有している。歪んでいる
後に狐次郎は「俺達の年じゃ負けて当然」と皆を励ます。確かにその通り。今回の暗殺だって偶然知った情報が基だし、正成の助けが無ければ皆生きて帰れたかは怪しい。その助けだって一度きりの情けによるもの
時行は倒すべき相手達と同じ土俵にすら立てていなかった小さな子供
けど、子供だからこそ彼らは学ぶ機会も必要もあると。今回の京見学は時行達に信濃に居たままでは知りようもない様々を見せてくれた、尊氏の恐ろしさに直面出来た
尊氏を倒せる確信が得られたわけではない。それでも何も知らなかった時よりは勝率が上がったのではないか、そう思える悔しさを含んだ内容でしたよ
前編で随分豪快にエピソードを消化したな、なんて思ってしまったものだけど、こうして後編を鑑賞すると、前編と後編で役割を分担していたのだなと思える
前編はいわば部の経営、新人部長・久美子が先輩達の遣り方を始めは踏襲しつつ、立ち行かなくなった時に自分なりの遣り方を模索して、更に全国金賞を採る為に強豪の遣り方を導入して波乱が起き…
全国行きが決まった後の後編は様々な自我が入り混じる話となったような
全国出場という輝かしい成績を掴んだ久美子が部活動とは別枠で直面するのは己の進路。部活で忙しいからと後回しにできても、部活に関わりなく訪れる締め切りに彼女は辟易するしかない
但し、親友の麗奈は部活動の先にあるものとして音大を目指しているし、久美子にも目指して欲しいと考える。何故なら麗奈の自我にとって久美子は分かち難い存在だから
その点は久美子も同じ筈なのに音大がしっくり来ないのは彼女の自我が麗奈だけで構築されている訳ではない点を示唆しているね
こうした傾向は真由との対話においても垣間見られるかな
真由は全国大会を前にしても重ねて久美子に「自分がソロを吹いてもいいのか、辞退しようか?」と投げ掛ける。この問いに対して、実は久美子は正しく向き合えていなかった点が見えてくる構成は秀逸
部長としての久美子は真由に実力主義を求め、辞退する必要なんて無いと断り続ける。でも真由が見ている久美子の本心(自我)は別に在る。仲の良い麗奈と共にソロを吹くと決意を持ち話す様子を見て、久美子はどうしてもソロを吹きたいのだと捉えている。部長である久美子を押し退ければ部にとって宜しくないと考えるから真由は久美子に促し続ける。でも、久美子は己の恐怖心に気付かぬままでいたいから真由の前でそうした自我は出さない。部長としての自我で応対し続ける
そうした擦れ違いが余計に二人を拗らせる
擦れ違いが解消へと向かうのは久美子が真由の中に自身に繋がる自我を見出した為か
自分がかつてオーディションで選ばれた事で人間関係にショックが起きたように、真由もそうしたショッキングな経験から避けようとしているのだと察した。同時に彼女は全国大会金賞に向けて手を抜けない人物とも判る。その2点は久美子と共通する自我、真由は異星からやって来た宇宙人などではなく等身大のユーフォニアム奏者なのだと久美子は己の自我を通して理解したわけだ
久美子の自我の成長は真由との関係以外にも見て取れるね
進路に悩んでいた彼女は自分が進むべき正しい道が見えていなかった。だから友達が進路を定められても何も決められない。けど、久美子の定める遣り方は角張った遣り方などではなく。みぞれの言葉は久美子の自我を確固たるものにするね。考えて得た道を己とするのではなく感じ得た道を己とする
だからか、周囲の者達は「そうなると思った」なんて、久美子の選択をイメージした通りと納得するのだろうし
そして久美子の自我の成長が最も見られたのがあの再オーディションか。テレビ放送時はあまりに衝撃的な事態を受け止めるだけで一杯一杯になったあのシーン。結果が判った上で改めて鑑賞するとあのシーンには様々な視点があったのだと思えたよ
一時は部長の在り方で少しギクシャクした麗奈と久美子だけど、1年次から2人は分かち難い間柄として互いを欲している。だから麗奈は進路が分かれる事に過剰反応するし、久美子は進路が分かれても変わらないと確信している。二人は意思を同じくしたまま道を共に歩んでいけると判る。二人の自我は通じ合っている
だからあのオーディションシーンもそういう事なのだろうな。テレビ放送時は麗奈が真由のユーフォを選んだと軽く考えていたのだけど、大吉山での大泣きに現れているようにあの決断は久美子も参画した、同じ判断だったのだと伝わって来たよ。麗奈が久美子を裏切り真由をソリストに選んだのではなく、あの場に居た久美子も真由こそソリストに相応しいと感じたから、通じ合った自我によりソリスト選びに挑んだ二人は真由を選出するわけだ
真由の選出に久美子も参加していたと思えば、直後のシーンについても新たな解釈が出来るような
3年時の久美子は部長として幾つもの難題に立ち向かってきた。その中で失敗もあったし、何とかやれたという成功もあった。そうした果てにあった再オーディションは彼女の集大成、部員に比較させる遣り方に抜かりが無いよう調整するし、決定後にざわつく部員達に向かって“正しさ”も説く。あの瞬間、久美子の自我は北宇治吹奏楽部に溶け込み、そして北宇治吹奏楽部の自我は一体化したのだと感じられたな。久美子の演説があの場面において何よりも必要であり、何よりも正しく、そして何よりも真由を北宇治吹奏楽部の自我に迎え入れてくれるもの
あの瞬間に全国大会金賞へ向けての意思統一が本当の意味で計られたのだと感じられたな
だから、以降のシーンって余韻みたいなものかもしれず
『響け!ユーフォニアム』シリーズ劇場作における決めの演奏シーンって演奏者の手元や顔をしっかり映してきた印象があるのだけど、今回は別の手法を用いているね。テレビ放送版の拡大版、回想シーンや北宇治の生徒達のこれまでを描くやり方に
全国大会で金賞を目指す演奏を本シリーズの集大成として扱いつつ、一体化された北宇治吹奏楽部の自我を今だけのものとせず、これまでに奏でてきた生徒達の演奏をも一体化した自我、つまりは北宇治吹奏楽部に関わって来た者達が居るから、このような素晴らしい演奏が奏でられている、誰が欠けても実現しなかった未来と主張しているように思えてしまったよ
あの金賞は久美子世代の演奏が表彰されたという意味に留まらず、時間を掛けて育てられてきた北宇治吹奏楽部という存在を表彰しているのだと実感できる…
もう一つの余韻は全国大会が終わった後
吹奏楽に3年間を懸けた久美子として全国大会金賞は集大成であり到達点だけど、その後も彼女の人生は等速で進んでいく。そうした描写の中に美しさを覚えてしまったな
学校を卒業すれば準備室から楽器を持ち出す事なんてもうない。楽器等と共に卒業するなんて出来ない。だから彼女はあすかから受け継いだ楽譜も不要となってしまうが、だからこそ後輩へと託せる。それこそが久美子が吹奏楽部に残した自我であり受け継がれる北宇治の伝統となる。代わりに北宇治から持ち出した自我は友人達との絆、麗奈達との関係は学校を卒業しても変えたくないと誓い合う
北宇治で学ぶ内に育まれた久美子の自我は様々な形で彼女の中に留まり、外に向けられ、大きく広がっていくのだろうと思える良いシーンでしたよ
テレビ放送版と異なり、大人となった久美子の描写は限定的。けれど、桜の木が育ち、彼女が残した楽譜が多くの生徒によって紡がれていくと知れた点は久美子達の世代が大会で金賞を受賞した以上の何かを部に残し、そして鑑賞した私達の心に何かを与えてくれたのではないかと、そう思える程の素晴らしい終幕でしたよ……
本作の音響面は素晴らしい点は既に前編の感想で述べていて、後編でも変わらない感想なのだけど、後編だと改めて演者さん達の演技も素晴らしいなと思ってしまったり
聞いていて思わず鳥肌が立ってしまうような、感極まってしまうような台詞なんて幾つもあったからね。繊細な楽器音響に負けないくらい、演者達も繊細な心情を抜群に表現しきっていた
また、背景美術や楽器表現も素晴らしい物ばかり。何度も感嘆してしまったし
このような力点の置き方が感じられるのは本作が生半可な作品などでは決してなく、関わる誰もが全力を傾けたくなる名作だからだと伝わってくるし、この最終楽章に向けて一切の手抜きなど許されないのだという覚悟も伝わってくる
そうした全力が籠められた本作を鑑賞したからこそ、鑑賞直後の感動なんて本当に深いものとなった
改めて、このような素晴らしい作品に出会えた事に幸福を覚え、そして出会わせてくれた製作スタッフの皆様には感謝を捧げたくなる、そんな逸品でしたよ!
前回は言い難い事もすっぱり言うミミの無邪気さに感心させられ、そうして絆されたシーナとの距離が縮まる様子にほんわかさせられたものだけど、今回はそうしたミミの無邪気を通り越して無垢な様子、近付き理解できたと思えたばかりにミミへの察知力が下がってしまったシーナが描かれたね
想いを交わし合う事はこんなにも難しいのかと改めて思わせられると同時に、戦争に行かざるを得ない少女達がそのような環境下で何を優先せざるを得ないのか、そしてどのような選択が正しいかという問いを見せられている気になったよ
治癒魔法により事態への貢献度が増えたシーナは戦闘能力も伸ばしたいようで。けど、シーナの怪我やセイランの消失を目撃してきたミミはシーナにそんな事して欲しくない
ここには大きな擦れ違いがあるね。シーナはそもそもミミだけに戦わせたくなくて貢献分野を模索している。なのにミミはシーナを安全圏に置きたがる
シーナに余計なことをさせたくないミミが始めたのはある種の欺瞞、けど視点を変えれば小さな子供がトラブルがあるのに「何もない」と隠しているようでもあり
シーナはミミの隣に居たいのであれば、戦闘能力を伸ばすのではなく、ミミの隠し事にこそ気付くべきだった。でも、平和な世界に居た彼女は戦場で何が起きているかなんて知りもしなかった
シーナが血塗れのミミを見て余計にショックを覚えたのは幾つもの理由が見えるね
シーナが最も望んだのはミミが傷付かなくて良い平和。でも、その望みこそがミミを血塗れにした。ならミミが戦場で傷付かないよう具体的に何かできるかと言えば、実技試験すら不合格のシーナはそもそも戦場がお呼びじゃない
また、ミミが戦場で無茶をする方が多くの人が助かるという納得しがたい事態もある
戦争が関わると強いミミの方が正しくて、弱いシーナは間違ってしまう。そんな不合理を許せないシーナに果たして何が出来るのか?弱さから脱却するのか、それとも弱いなりに何かを見つけるのか?
戦争へ行けないシーナが戦争に行くしかないミミの隣に居続けるにはどうすべきかが本格的に問われ始めたね
人魚姫をモチーフとしたこの物語はララの地上への憧れから始まったのだと思っていたけど、実はグレイスとリグモアの2人から始まった物語だったようで
そうなると、グレイスとララを類似または対比として見たくなる。ただ、グレイスがララをリグモアと重ねるシーンがあるし、実はリグモアとグレイスに対比を見る事もできる
人魚は人間を醜いと蔑み、人間は人魚を悍ましいと恐れる対立の構図がある本作。でも実のところ、そこには類似と対比が密接に存在していたのではないかと思ってしまう構成でしたよ
グレイスとリグモア、二人は同じくらい地上に焦がれているように見える。でも、グレイスが「私達の夢」と言うのに対し、リグモアは「貴方の夢」と言う。また、ローワンに関してもグレイスの理解者・味方として描かれつつもリグモアと結婚する
なら、グレイスは二人と類似ではなく対比の存在というとそれも少し違うような
グレイスが地上に光を見ていたように、リグモアとローワンはグレイスの夢に光を見ていた。二人は自分達とグレイスの夢を類似に見ていた。だからグレイスの夢がリグモアを死なせてしまってから、ローワンは反転するように地上やグレイスに憎しみを向けてしまう
グレイスが地上の騎士に”本当の愛”を感じていたかの判断は難しいところ
しかし、人間と同一となったと思っていたグレイスは愛した者に傷付けられた事で愛や光が反転してしまった。その瞬間、グレイスは人間と対比される化け物となる
なのに、リグモアはボロボロのグレイスを見て、「美しい」と言い、更には光は失われてないかのように語るのか…
城を光で満たしていたリグモアがグレイスの下へ駆けつけた行動は光を見捨てたのではなく光を守る為の行動とも取れる。リグモアにとって城とグレイスは類似した光
それだけに彼女が最期、「私達の夢は…」と告げた真意が気になってしまうね
自分に類似する言葉を放つララにグレイスがさせようとしたのは自分の模倣か。しかしララはグレイスを超えた、類似では無かった。なのに物語は閉じられようとした
一度は光を失い闇へと導く者だったグレイスは再びララに光を見出すようになる。グレイスに類似しつつ、対比のような汚れなさを持つララは新たな光そのもの
なら、グレイスの方針と対比するローワンの狙いは”本当の愛”や光から離れるものとなるのは明らかで
ここからララがどうやって”本当の愛”を手にするかは見えないまま。けれど光を求めたグレイスが茉里を導いた事には何か意味が、そこにこそ彼女らだから手に出来る光が籠められているのではないかと願ってしまうね