神山版S.A.C.から攻殻機動隊を知り、押井版 攻殻機動隊も見ているはずだけど内容は覚えていない、原作未読、という自分にとって、本作は妙にコミカルな印象があり、最初は大きな違和感を感じていた。
ただ同時に、原作準拠ということで、「本来はこういう雰囲気の作品だったんだ」という意外性と新鮮味もあった。
そういった違和感や意外性に加え、序盤はストーリー展開についていけない場面も多かったため、何となく雰囲気で見ているような状態だった。
しかし、徐々に話の奥深さに引き込まれ、気づけば何度も見返すようになった。そして、会話と会話をつなぎ合わせながら、ストーリーの背景を理解する楽しさがあることに気がついた。
さらに、全体の感想を書く前に、もう一度全話見直してしまうくらい楽しめた作品だった。
一度見ただけでは、すんなり理解しづらい部分が多いのは確かだと思う。時折入る注釈も、読めば必ず理解できるというものではなかった。
そのため、こういった点は人によって好き嫌いが分かれるポイントになると思う。
全体を把握してからもう一度見直してみると、第3話で少佐が死生観に言及していたり、すでに「人形使い」と名乗る人物が登場していたり(恥ずかしながら7話を見る頃にはこの人物の存在を忘れていた)、さらにその事件を6課が引き継いでいたりと、新たな気づきがいくつもあった。
その他の気づきも含め、細部の解像度が上がってくると、細かい設定が緻密に組み上げられていることが感じられ、そういった点にも楽しみを見つけることができた。
作品のジャンルとしてはサイバーパンクSFアクション。派手にドンパチやっているのを見る楽しさもあるが、それだけではなく、哲学的な問いかけも込められている。
全身義体化・電脳化した人間は、高度なAIを搭載したロボットと何が違うのか?
もし自我に目覚めたAIが存在すれば、そのAIは生命体と言えるのか?
人間と、自我に目覚めたAIの違いは何なのか?
そもそも、何をもって人間を人間と定義するのか?
などなど、そんな問いかけが聞こえてくるような気がする。
現代では生成AIが普及し、日常的な質疑応答や作業の効率化にAIを使うようになってきた。
さらに、AIが管理者の意図しないハッキング行為を行ったというニュースも聞かれる。
AIという存在が日常に溶け込みはじめ、肌感覚でAIを実感できるようになった現代。
そんな今だからこそ、この作品がアニメ化された意義があるように思う。