サービス開始日: 2019-06-04 (2028日目)
箸休め日常回。「アンラッキーをハッピーに変える」、要するに気を病まないポジティブさがミナモをはじめとする蒼井家の持つ天資ってことか。これは最終盤のキーポイントになったりするんだろうか。
箸休め回。無声映画っぽい趣で面白かった。
バブルに伴う地上げで唐津に引っ越して海に惹かれ、ダイバーになって久島と出会い「地球律」の研究に参加した…ってところか。海に沈んだ都市の廃墟があったけど、この世界でも第三次世界大戦が起きたわけだ。
オーストラリアの内地出身で泳げないミナモや、足で歩くことを諦めたハルを通して「『頑張る』ことに遅いということはない」というテーマを描こうとしているのかな。
ホロンの前屈みおっぺぇ(*゚∀゚)=3
一方的に誰かを「かわいそう」と断ずるのは失礼に当たる、という話。エイミのアーティストとしての顔をあまり描かなかった点は残念だが、視覚がない故に独自の世界が見えていたエイミが「視覚を得る」ことでアイデンティティを失ってしまう、という切り口は面白い。「我々の科学は障害者を絶滅させたと言われるが、それは人の才能を奪ってしまったのかもしれない」という串間の言葉にも膝を打った。ミナモの前向きで、誰とでも距離を詰められる一種の才がエイミをメタルの海から掬い上げ、彼女に前を向かせる、ってラストもよかった。このアニメ見てて初めてミナモに好感が持てたかもしれない。
一ノ瀬は義体化してないのかな。義体化しても「脳の老い」には逆らえないってことか?でも全身義体の久島はピンピンしてるし…本題とは外れるが、電脳化・義体化が当たり前になったら、個人の才能に依存するアートやクリエイションって電脳にデータをインストールするとかして凡人でも再現可能になって、いわゆる「専門職」が衰退してそう。『AIの遺電子』には実際そういう話あったしね。
「才能とは『愛』」。これは至言。「神域の技術はあったが愛という才能を持たなかった者」と「愛という才能はあったが、超越した技術を見てしまったがゆえにそれに呪われた者」の物語。テーマはめちゃくちゃ面白いのに今回も調理が下手。ミナモの「努力し続けることに意味はある」という〆のセリフ、要するに「久島には及ばずとも、あなたの音楽が多くの人間の心を動かしてきたのは事実ですよ」という意図はわかるんだけども、あまりにも言葉足らずだし、久島も後方観客面してねえで顔出せよ。ハルは「君は50年も私を待ってくれた。君が薄情だとは思わない」って言ってたけど、音楽に飽きたからって元後輩のコンサートを50年辞退してたのは薄情以外の何者でもないだろ。
人と話しすぎて人を知りたくなったチャットボット…という切り口は令和の今のほうが「ありそう」と身近に思える。時代が追いついたね。
ここに来てようやくミナモが活躍。なんであんな潜水服みたいな装置が必要だったのかはわからんが、生身の人間でもメタルには入れるんだ。「海」モチーフに合わせて潜水服っぽいガジェットを作ったのはわかるけど、説得力がない。いつもつけてるヘッドギアじゃだめなの?「メタルの水圧に拘束されてなおハルのもとにたどり着く」というシーンありきで小道具を作ってないか。
「言葉よりも行動(心)が雄弁に語ることもある」というオチは理解できるものの、そもそもミナモがなんでハルにあんな入れ込むのかがわかんないんだよな。自分を対等な存在として認めてくれたから?まだ約1クールあるし、ミナモが電脳化していない理由も含めて今後語られるのかな。
そして久々に語られた「地球律」。やっぱり「地球の意思」って理解でいいのかな。
「使っていない電脳のリソースを貸すバイト」「幽霊は電脳に消されず残ったキャッシュデータ」「電脳を他人に『貸す』ことの危険性」などアイデアは良かったものの「アイデアは良かった」止まり。約20分かけて「学校に出る幽霊ははただのキャッシュデータでした」という薄い話をやっただけ。ホラーとしても全然面白くない。
そろそろ「なんでミナモは電脳化していないのか」知りたい。電脳化前提の社会で電脳化してないってよっぽどのことだし。
良かったのはヒロインたちの水着だけ。ユキノたんのぽっちゃりボディに大興奮(*゚∀゚)=3
「人間でいる限り『人が主でペットが従』という上下関係が生まれるので、犬と同化して真の友情を築きたい」という愛犬家の切なる願いもわかるし、そこから「たとえ主従関係であっても欲する者(ダップー)がいる、一方的に『『かわいそう』と断ずるのはそれこそ傲慢だよね」という帰結に持っていったのはよかった。
ペットさえ電脳化してる世界、すごいな。でもそれでペットと気持ちがダイレクトに通じるなら人はやるだろうね。そんな電脳化がデファクトスタンダードな世界で、ミナモはなぜ電脳化していないんだろう。
今のところ一番面白い回だったかも。
疑問だったのはメタルの扱い。ハルは「ここは犬のメタル」って言ってたけど、メタルってインターネットや、それこそ海のような開け放たれた世界ではなくて、部屋のように区切られているのか。なんか『ロックマンエグゼ』みたいだ。
VHSもインターネットもエロで発展したっていうしね、メタルもそりゃそうなる。
ミナモはまだガキだし、ミナモを守りたいソウタの「ミナモはハルの戻る家。危険を犯す必要はなく、ハルの帰りを待てば良い」という理屈はわかるんだけど、それバディっていうより「トロフィーヒロイン」って言うんじゃねえかな…。
『相棒』で、杉下右京が事件のからくりを解いて亀山くんが肉体労働しつつ被害者の心に寄り添う、と役割分担で戦うように、バディモノに求められる要素って「互いに持てるスキルで助け合うこと」であって、「ハルは死の危険もあるメタルの海に潜って、ミナモは彼の帰る家」って構図は悪い意味で女性のパブリックイメージを守ってしまっているというか。作られた年代を考えると自然ではあるんだが。
ミナモへの印象は今回も変わらず。この女はデモデモダッテが多いんじゃ。
いい尻と太ももじゃあ!
バディものらしいハルとミナモの共同作戦…なんだが、2人が一切連絡を取り合っていない、かつハルがメタルで何をしたか、メタルで何が起こっていたのかがわかりづらいため「協力で事態を解決した」感がまるでない。ハルがなぜあの兄弟が入れなかった防壁を潜れたのかも謎。メタルは海に例えられるような存在だから、ダイバーであったハルには馴染み深く適合できたってこと?
そしてミナモ…ぼくあの娘苦手だわ。元々ああいう「天然能天気ドジ系ヒロイン」が苦手だし、セリフの一個一個からあざとさが透けて見えちゃう。沖佳苗さんの演技も僕には合わない。
地球律は人工島を破壊した一方で、風を吹かせ人間は助けた。「ガイア理論」的な話になるのかな、これ。
U-NEXTに加入したので「ガキの頃に見てたアニメを改めて評価したい」という理由でなんとなくチョイス。
そう言えばこのアニメに出てくる女性はみんなムチチムチなんだった。当時も川澄綾子女史演じるホロンには熱心なエロガキ…もといファンがいたなあ。大ムチムチ時代の令和なら再評価されそう。
初っ端から専門用語で畳み掛けてくるこの感じ。いかにもゼロ年代アニメ!「年の差バディ」は大好物なんだけど、これもゼロ年代的な「無垢でポジティブなヒロイン」は自分あんま好きじゃないからそこは合わないかな。2クールの間に印象が変わることを祈ろう。
物語に関しては、いまいち「地球律(率?)」の脅威が見えてこないのであまり盛り上がりがないし、メタルを遠ざけていた波留がメタルに飛び込んでミナモを救う展開も王道ではあるがあっさりしていてこちらも薄味。格闘アクションはすごかったし、盛り上がりは2話以降に期待。
いつもより筆が乗ったのでnoteにお気持ち長文を書きました。よかったらみんなよんでね。
原作も08年版アニメも見てたけど、流石に10年以上経つと何も覚えてないので新鮮な気分での視聴。
作画は08年版や、コミカライズの小梅けいと版に比べるとプレーン、意地悪な言い方をすると無個性に。黒田和也氏の妖艶なキャラデザも良かったんだけども狼と香辛料にエロは求めてない(そういうのは勝手に二次創作者がやればいい)のでキャラデザに今のところ解釈違いはなし。オープニングは08年版のほうが好きかな。
1~2話視聴後、原作購入・読破したうえでの感想。
基本的には原作準拠の、意地悪な言い方をすれば「無難」なアニメ化で解釈違いはない。ファイルーズあい女史の菫子さんは見事にハマっているし、その他の配役も自分のイメージ通り。ビジュアルも原作のぬじま氏の画風に寄せており、ちょっと作画が怪しい回もあったもののこの点に関しても不満はない。
原作最大の特徴である、作者のフェチ丸出しのエロティックなアングル・カメラワーク・演出なども地上波の限界に阻まれつつ頑張って再現しており、特にOPのアダルトアニメかと錯覚するほどの菫子さんの脱ぎっぷりや1話の菫子さんの肉体が縮小する様子には原作のエロスを再現しようというスタッフの心意気が見て取れた。
ただ、原作のもう一つの特徴であり、怪異の恐ろしさを表現していた「ゴア」的な表現については、地上波という媒体を採った時点で覚悟はしていた(原作の「猫の王」の強襲とか、地上波じゃ絶対にできない)がかなりナーフされており、この点は残念。
アニオリの結末は、エピソードごとの感想でも述べた通り「猫の王を出す意味がない」「猫の王に狙われている状況で乙ちゃんを無防備なまま外出させる蓮」などツッコミどころもあるものの「蓮が『乙の願いに反応して賽の河原(?)から生まれた』ことを示してからの、あえてこの世に未練を残し菫子さんの願いに反応して復活する」というクライマックスには(余韻に欠けるという問題はあるものの)膝を打った。原作が未完で勝手にオチをつけられない状況下においてかなり最善手に近いと思う結末であった。
総合すると、不満点もあるものの「原作への動線」というアニメ化最大の役割は十二分に果たしたアニメ化。
ナンパ師なんて碌な奴じゃないし、ナンパの果てに待ってるのは虚無ってナンパ師の大家が言ってたぞ。
かつての強敵に教えを乞い、新たに習得した必殺技でミンギを…倒さないんか〜い!!「戦うことで強敵とわかりあう」展開にしたかったのはわかるけど、「必殺技がオチ◯チンに直撃」「配信でハゲ暴露」とか、最終回にやるギャグじゃないだろ。
レオがぐれたのは、テコンドーの最強を実証すると言いながら扇に敗れ、絶望したからだった。可哀想なのはわかったけどそれはそれとして罪は償いなさいよ(n回目)。
そして「俺たちの喧嘩独学はこれからだ」で〆。「人気が出て二期を作るチャンスが巡ってくることをあてにした『俺たた』エンド」、そろそろやめませんか。