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全体
良い
映像
とても良い
キャラクター
良い
ストーリー
とても良い
音楽
良い

難解な作品を書き上げることに定評のある円城塔が手がけた原作をうまく纏めて映像化できるのか、という不安が観るまで常につきまとっていたが、いざ見てみると原作のエッセンスを上手く残しつつ、「もうひとつの『屍者の帝国』」としてうまくまとめたと思う。

120分という長い尺でも流石に難解な原作は収まりきらなかったのか、原作の要素はかなり簡易化・アレンジされているが、物語の骨子、そしてテーマ性は変わっていない。
通常、原作から要素が削減されることはメディアミックスの際にマイナスポイントとされることが多いが、本作に関してはスリム化により物語性がわかりやすくなっており、未読者にも既読者にもやさしい作品になっていて、今作に関して言えば要素の簡略化はプラスに働いたように思える。

「失った友人を取り戻すために、屍者技術の秘奥を記した『ヴィクターの手記』を求める」という改変は良かったと思う。パンフレットに書かれている通り、この改変により物語の導入がスムーズになっており、エンタメ的な面白さも補強され、物語性を強く表現することにもつながっている。
シンプル化されたとはいえ難解な感は否めないものの、原作に比べてかなりわかりやすく、「ワトソンとフライデーの友情」という明確なストーリーと、わかりやすい悪役も用意されたことで作品に入り込みやすくなっている。

美術もかなり評価できる。魔都ロンドンの暗黒、アフガン行きの旅路の中でワトソン一行に立ちふさがる雄大な自然、浮世絵のようなカラフルさをうまく表現している日本など、様々な風景・デザインにこだわりが見える。
作画も全編にわたって安定しており、CGと手描きを使って描かれた屍者の不気味な「ギクシャクとした動き」をうまく表現している。所々に挿入される戦闘シーンも良質で、本格的なバトル物のような派手さこそないものの、WITスタジオのハイレベルな作画を堪能できる。

しかし、ストーリーは簡略化されたと言っても先に述べたように、終盤に行くほど難解になっていく。そこに「様々な文学作品を背景に持つ登場人物」「伊藤計劃の『007』へのオマージュ」が加わってくるため、やはり作品のすべてを楽しむなら頭を働かせる必要はあるし、原作を、加えて言えば各登場人物の原典となった作品を読んでおいたほうがスムーズに入り込める。
また、終盤に関してはやや疑問に思う展開があり、終盤に再登場し唐突に「全人類の屍者化」による世界平和を語り出す「M」には唐突な感が否めない。
ザ・ワンの方も「フランケンシュタインの怪物」の原典の設定(怪物はヴィクターに伴侶の創造を求めた)を理解していないと行動の動機に唐突さが否めない。「フランケンシュタインの怪物」はポピュラーなので流石に「全く知らない」という人はいないだろうが、それでも作中で解説を怠ったのは失敗であったと思う。
また設定の簡略化のせいで、ザ・ワンの花嫁復活に伴う「屍者の言葉が世界にあふれる」「手記のページが浮かび上がり、結晶を纏って十字架めいた図形を形成する」という展開・演出も一見意味不明・理解不能になっている。ここは原作からして難解の極みにある設定なので、多少はしょうがないのだが。

また、エンタメ成分が強くなった反面、原作の『X』の設定が失われたために「意識とは、魂とは?」という原作のテーマ性が少し損なわれたのは賛否が別れると思われる。
個人的には「これはこれであり」派だが、原作のテーマ性を気に入っていた人にはつらい改変かも。



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