増次郎と鬼夜叉の振る舞い自体は好感が持てた。一方で舞台表現があかね噺みたいになってきて、もうあまりこの作品に古典的猿楽、そこから能の成立、世阿弥の芸術論、当時の文化、権力との関係、現代能への変遷…みたいなものを舞の動きそのものから読み取ることは期待はできないのだと認識した。そのあたりはある程度自由に雑にやりつつ、あくまで人間ドラマ中心で行くのだろうと捉えれば、以後はそこそこの期待で楽しめるかもしれない。
アカウント作成するとこの機能が使えます。