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良い

戦記物っぽくなってよかった。
サルジャパシャはお人好し過ぎて乱世を生き抜ける器じゃなかった。
将王バラバンは驕りが勝ち過ぎて戦術上の失策が甚だしかった。最後にあんな見えすいた隘路への誘い込みに引っかかるとは。自前の5千のイェニチェリ軍団だけで出撃した時点でアウトだったし、挑発に弱いのは致命的。

火縄銃の運用は、次弾装填までの間を弓矢と隊の分割で埋めたのに加え、隘路の崖上から射撃という、最も効果的なものだった。それぐらいじゃないと決戦兵器としては使えない。盾を貫通する威力は妥当だったかと。

籠城で持ち堪えるのではなく打って出て敵将を獲りに行くというマフムートの策は、大阪冬の陣での真田信繁の献策に似てる。結局、豊臣老臣の籠城策が採用されて城は持ち堪えたが外堀を埋められ、夏の陣での滅亡を招いたので、援軍が望めない状況での籠城策は下策。ビザンツ帝国のコンスタンティノープルの防衛戦など、数多の戦史が証明してる。



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