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良い

江戸前期は定火消しと大名火消ししかなかった。
明暦の大火の後、南町奉行の大岡忠相によって町火消しが整備された。
火消しは火事場に赴くとき、必ず鼻と口を耐火布で覆う。木造家屋が燃えると細かい火の粉が舞うので、近づいただけでも吸い込んでしまい、肺に穴が空いてしまう。知人の宮司は社殿のボヤでも火の粉を吸い込んで肺気胸を患ってしまった。
町火消しですら、10〜20kgもの帷子を頭から被る重装備で水を被って火事場に赴いたと言う。



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