24話は、物語としての「一区切り」であると同時に、
トルフィンという人間の“死”を描いた回だった。
アシェラッドは、仇として死んだのではない。
戦士として、王の側近として、
そして父の血を引く者として――
すべてを背負ったまま、自分で幕を引いた。
トルフィンは、クヌートを殺す気はなかった。
あれは殺意ではない。
行き場を失った衝動だった。
首を狙わなかったこと、
刃の軌道、
振り下ろす瞬間の目。
どれもが「殺す」ではなく、
「止めてくれ」「奪わないでくれ」と叫んでいた。
だがアシェラッドは、もう分かっていた。
トルフィンが
・復讐のためだけに生きてきたこと
・それ以外の生き方を一度も考えてこなかったこと
・自分が死ねば、彼は空っぽになること
だからこそ、
あの言葉を“最期”に置いた。
――ずっと、先へ。
トールズの行った世界の、その先へ。
あれは命令ではない。
救いでもない。
「俺はもう、お前の人生の中心にいてはいけない」
という、手放しの言葉だった。
トルフィンが叫ぶ
「勝手に死ぬな」
それは怒りではない。
依存が断ち切られた悲鳴だ。
生きる理由を
誰か一人に預けてしまった人間が、
その人を失った瞬間に出る声。
だからトルフィンは、
あの場で“戦士としては”何もできなかった。
剣を振る理由も、
向ける相手も、
生きる目的も――
すべてが同時に消えたからだ。
ここで一期が終わるのは、物語として正しい。
なぜなら、
復讐の物語は、ここで完全に終わったから。