叛逆の続編であることは間違いない。一人で担うには重すぎる円環からまどかを解放するためにほむらは偽りの世界を作り出したところで叛逆の物語は終わった。いわば美しすぎるバッドエンド。ワルプルギスの廻天はそのほむらの作り出した世界から始まるんだがそこにほむらを邪魔する3人の魔法少女が現れる。一人はほむらと顔が同じ少女ワス。紫丁香は偽りの幸せな世界を脱却しようとする。セルマはキュウべえの目的を全肯定しそれを遂行しようとする。ほむら似のワスはかってまどかと同じように魔法少女を救済しようと戦って失敗したもの。つまり今作の新キャラたちはみなTVアニメ版のまどかマギカのテーマとモチーフを繰り返している。だからこの三人にはあまり魅力を感じなかった。映画を2時間にするために水増しされた繰り返しのモチーフに過ぎないからだ。廻天で描くべきは一人で担うにはあまりに重すぎる救済を背負うまどかと直接向き合って対話をするほむらだった。対話という名のバトルでもよい。むき出しの欲望と執着をまどかにむける醜いほむらでもよかった。そしてまどかを救うことができないのならほむらはその円環という重荷をまどかと一緒に背負うことを選択すべきだったのだ。それこそが醜悪な執着を投げ捨てまどかと添い遂げるほむらの覚悟であり、真実の愛であり、崇高なる自己犠牲だ。二人が合体した神と成り菩薩と成りてまどかマギカは完成する。ちなみに廻天は続編を匂わして終わるが、これを金儲けだとかビジネスだとか揶揄するつもりはない。アニメを作るのには莫大なお金が必要で、いい作品を作るには会社経営が安定することが絶対条件だからだ。だからシャフトには次でまどかとほむらの物語を終わらせてくれればよい。そしてまどマギというIPを育てたいのなら次はキュウべえというシステムに変わるものを考え、その新たなシステムに立ち向かう魔法少女も新キャラクターでやればよい。