舞いは正直よく分からないので棚に上げて、鬼夜叉の舞いが人々の心を動かしたという事実を飲み込んだうえで見ると、鬼夜叉や増次郎の芸人としての葛藤やシナリオ展開はとても良いと感じた。
徳さんやこれまでに散っていった敗者が忘れられないように舞った舞いが観客や義満に伝わっていたのは嬉しい一方で、当事者の仲間であるコガネには響かず、むしろ日の目を浴びる鬼夜叉の姿のせいで心がさらに荒んでしまうのは悲しかった。
政治の力では全ての民を掬い上げることはできない。全て掬い上げることができるのは芸能なのだと義満は語る。コガネと再び笑い合えるようになりたいという純真な願いが、結局全てを掬い上げる、すなわち世界を変える”菩薩”となることに繋がっているのも良い。全てを掬い上げるならば増次郎にとどめを刺すのではなく、増次郎とも手を取り合えるようにならなければならない。
死が身近な存在であり、勝者と敗者の格差が残酷な時代背景の描写が鮮烈であることに加え、猿楽と田楽が手を組むことでどのような舞いが生まれるのか、そして義満は観世座と田楽新座を両方掬い上げるのか、期待が高まるエピソードだった。