タータの質問はココの不調を前に取り止めに。タータの疑問は確かに捨て置けないけど、見方を変えればココの方が捨て置けない
けど、肝心の医者やキーフリーはココの看病ではなく、ボヤ騒ぎに駆り出された。あの場面、医者は自分には使えない魔法を褒めるが魔法の正体、つまりは物事における別の見方を知るキーフリーは医者こそ凄いと思う。けど、どちらもよく知らない一般人はどちらも優秀として火事場に引っ張り出してしまうと
ボヤ騒ぎが起きようとココの苦しみは捨て置けない。彼女の為に何が出来るか?今回はそうした成すべき事の為に見方を変える話となったような
今回、問題に対処する事になったタータは銀彩症として他者とは違う見方を強制される人物。色鮮やかではなく銀色の世界を見せられる彼は常日頃から困難や可能性の狭さを突き付けられているようなもの。工夫によって薬の正体に迫ろうとしても銀色の世界は彼に限界を見せてしまう
だからこそ、魔法の可能性によって自分だけではなく、タータだけではなく、二人共を助けようとしたココの決断が光る
というか、彼女って魔法によって母親を傷つけてしまった、魔法の残酷な側面を知っているのに、見方を変えて魔法には希望があるのだとタータに提示できたのが本当に素晴らしい
見方が変われば行動も変わる。魔法使い見習いのココには巧く描けなくてもタータなら綺麗に描ける。そうして露わになるのは「ここに薬がある筈だ」という見立ての誤り。おまけのオチとして「医者は居ない」というのも見誤っていたと判るのも良いね
そうした見誤りは院長にも生じるもの。とんがり帽を持つタータを見て魔法使いの見習いと思い込む。それは正しくないかもだけど、見方を変えるまでもなく、薬の正体を魔法で見定めたタータを表す言葉として相応しいもの
だからか、ココもタータもつい言ってしまうのだろうね。「魔法使いって凄い」
実態としてはココもタータもまだ魔法使いでも一人前でもない。だから心が不安で一杯になって前が見えなくなってしまう事だってある。でも、見方を変えれば前は幾らでも広がっているわけで
ココを魔法使いに限定せず「凄い奴」に成れると褒めるタータに掛けたノルノアの言葉が本当に良かったなぁ…。タータにはきっと未来に光明が見えただろうね
そして時を同じくしてココにも。幾つもの困難に立ち向かってきたココだから思い付く工夫。これはどこまで禁止魔法に敵うのかな?そしてココに迫ろうとする見えざる影、新たな困難は未来ある見習い達にどのような試練を見せてしまうのだろうね…