最新作のリコリコショートを観たら、また最初から見返したくなって再視聴。
犬猿の仲だったDAとリコリコのメンバーが、死闘を乗り越える中で次第に心を通わせていく様子が印象的だった。
DAは国民に認められた機関ではなく、正義を名乗りながらも実態は人殺しの集団。
政府すら操るその理不尽さは、相対的に見れば“悪”と呼べる存在だった。
だからこそ真島は、それを暴いて世界に知らしめようとしていた。
一方、千束は「大きな悪」はDAに任せつつ、喫茶リコリコの中で、大切な人や困っている人を助けたいと願っている。
そんな二人の対話――
千束「アンタですら自分を正しいと思ってるのね。本当のワルは、やっぱ映画の中だけ、か。」
真島「だから映画は面白いんだろ。現実は正義の味方だらけだ。いい人同士が殴り合う。それがこのクソったれな世界の真実だ。」
このやりとりに、物語の核心が集約されている。
不殺を貫いてきた千束は、“自分が殺されればたきなが殺される”と判断し、ついに本気で真島を倒しにかかる。
辛くも勝利するが、爆弾のリミットは目前……。
しかし――延空木に上がったのは爆発ではなく、花火だった。
爆弾は千束を本気にさせるための“道具”。
真島の目的は、DAの存在を世に晒すことと、千束と命を懸けて戦うこと。
延空木を破壊すること自体に意味はなかったのだ。
千束の不殺弾で落下死したかに見えた真島だが、エピローグでは包帯を巻いて「銃(=自由)」を手にする男性に語りかける姿が描かれ、そのしぶとさに驚かされた。
そして最終話。場所を移し、しっかりとリコリコの時間を描いてくれたことで、余韻も含めてとても満足感のあるラストだった。