@pooza
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ぷーざ
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良い

本日の夜実況。
最後の切り札とはダークファイブのリーダー、イルクーボのこと。
イルクーボの初陣だけでなく、世界観や使命のおさらいもあり。前半エピソードを畳み始めている印象。

初代たちの動機は「身に降りかかる火の粉を払うことである」とよく言われる。必ずしも正義を目的に戦っているわけではないことが、無印「ふたりはプリキュア」の斬新さであり評価点であると。
しかし、隣人とまではいえない街の人々をイルクーボから守るために戦っていたふたりは、ただ火の粉を払っていた様にはみえない。そのようなヒーロー像を捨てたわけではないのだと改めて認識。


ふたりはプリキュア

良い

本日の夜実況。
ほのかの激怒と、それに対するキリヤの逆ギレのシーンが見ごたえあり。
ほのかの熱量に好感。ほのかの感情が思いのほか豊かなのは、8話で既にわかっていたこと。
一方、キリヤの感情は、少しずつ人に近いものになってゆく。


ふたりはプリキュア

とても良い

将来の夢は、大人になってから決めるというまなつ。
それがまなつの個性であるかの様だったけど、よく考えると中学生でまだ進路が決まっていないのは普通のこと。大人になってから別の夢が出来ることもだってある。また、大人になっても楽しいことはあると言った。大人になったからといって今楽しいことをやめる必要は全くない。
いま一番大切なことは、その時の自分の価値観で決める。そんな、前向きな趣味観・仕事観が詰まった回だった。仕事が嫌でたまらない大人にこそこの回を。

みのりんが文集を開けて読むシーンがあった。
創作への情熱を取り戻しているのだったらうれしい。それがやはり、きみの一番大切なものなのではないか?



とても良い

ジャンプコミックス21巻収録分。

EDで確認した限り、総作画監督に香川さん、作画監督には横田さんが起用されている。「ドラゴンボール回」との評もある(自分もそう評した)31話と同じコンビだ。竜魔人作画の為にこのコンビが再び起用されたのなら、次回も引き続きお願いしたいところだ。

バランの「人の心」描写が多くある。それは本来、神々が竜の騎士に持たせたはずのもの。
ダイが深手を負った際に、ついディーノという本名で呼んでしまうバラン。「強き竜」に由来するその名前を考えたのはソアラだけど(28話)、バランは元々、息子が誇りある名前を持つことを望むような人間らしい心を持っていた。仲間になってからもどこか素直ではなかったバランが、ディーノと名付けた頃の親心、即ち竜の騎士が本来もつ「人の心」を取り戻してくれたことにまたしても泣かされてしまう。
バランが赤子をあやす場面の回想も28話で既出だが、今回は別の場面らしい。バランはいつまで経っても育児に不器用なところには親近感あり。

「ダイ」の名前の由来であるゆりかごのエピソードは原作からのものだけど、アニメ初回でこのエピソードへの伏線が追加されていて、なんと1年をかけての円満回収となった。
ブラスじいちゃんが、「せめてイニシャルだけでも同じに」と言った思いやり。とてもいいシーンなので、「これがほんとのイニシャルD」などとオヤジギャグを言ってはいけない。

「死神のおこぼれで勝ちたくはない」とハドラーは言った。
前回も言ったが、キルバーンからのハンデという理由も加わり、ハドラーにとってより一層意味のない戦いになってしまったのではないか?
残された短い命にすがらなければいけない気持ちはわかる。ただ哀れだ。



全体
とても良い
映像
良い
キャラクター
とても良い
ストーリー
とても良い
音楽
良い

最速上映にて視聴。
初回なのでネタバレを含まない、かつ本筋に関わらない感想のみ。この先何度も観るだろうから、ちゃんとした感想は改めて。

ハトプリの客演は、ハトプリの世界観にまで踏み込んだ、とても突っ込んだものだった。一度今作を観てしまうと、過去作での先輩プリキュアの客演のみに限って言えば、不本意ながら「ただ出演させていただけ」と言わざるを得なくなってしまう。
特にえりか。今までオールスターズ作品ではギャグ要員となることが多かったところ、繊細な内面まできちんと描かれていたところに好感。一方、いつきやゆりさんを観に行った人には、残念ながら物足りなかったかも。

あとは贅沢な変身シーンや、終盤のシャロンの美人作画に圧倒された。



とても良い

本日の夜実況。
今までキリヤに興味がなく、とくに接点もなかったほのかとキリヤが急接近する。
直近ではこの2人のほうが、なぎさと藤Pの関係よりもストーリーへの影響が大きい。キリヤが人間の強さと弱さを少しずつ知り、プリキュアと戦う意味を自問することが21話につながってゆく。そのきっかけとなるやりとりが、なんとも微笑ましい。

メップルが「プリズムラブチェッカー」と連呼する、スポンサーへの配慮が強い回ではあるw


ふたりはプリキュア

良い

本日の夜実況。
いくら無印ふたりはプリキュアの頃だって、「マドンナ」はないなw
異様な昭和センスに、まずは吹く。

マドンナがたくさん現れる戦闘シーン。楽しいシーンだが、笑ってはいけない。
本物もいるからうかつに攻撃するわけにもゆかず、というポイズニーの策はなかなかのもの。


ふたりはプリキュア

良い

オフィスにこんな甘酸っぱいエピソードはないw
登場人物がマスクをしていないだけなのに、遠い昔の話か、あるいはファンタジーであるかの様だ。
前回から引き続き、脚本担当は今回も成田良美さん。このまま最後まで書ききったらすごいな。

双葉は当然として、第2のヒロイン桜井さんにも注目。完璧超人かよ。
ほっちゃんのEDもグッド。プリキュア経験者が多いので、このアニメもプリキュア認定。


先輩がうざい後輩の話

良い

本日の夜実況。
珍しい、レインボーセラピー回。

いつもとぼけているが、叱るところは叱るなぎさパパに好感。
笛を吹いてザケンナーを鎮めたのは、結局誰だったのか。タネを匂わせる描写がなんか欲しかった。


ふたりはプリキュア

良い

本日の朝実況。
キュアハートの伝説の「生徒会長名乗り」から、アバン早々に一気に最高潮に。キングジコチューの体内へ、国王の魂を目指して潜入する熱量ある展開は、最終局面にふさわしい。
途中、ロゼッタ、ダイヤモンド、ソードとしんがりからひとりずつ抜け、敵の追っ手を食い止める役を買って出る。「ここはわたしにまかせて」と言わんばかりのこれらのシーンは、いわゆる「フラグ」そのものだがw、3人ともフラグに屈することなく生還する。まったく強い。

「ジコチュー」つまり、利己と利他が対立軸として描かれる様に当初は思われた。それは、亜久里とレジーナを戦わせることに審判を委ねた、王女の当初の思惑とも一致する。
しかし、ここ最終局面に至って「愛ある利己」も存在しうることが描かれ、善悪の基準はそんなところにはないとでも言わんばかり。善の本質はもっとシンプルで、そこに「ドキドキ」、即ち愛があるかどうか。そんな、強引ではあるけど力強いメッセージを感じる。

一方で、キュアエースとレジーナの和解が明確に描かれなかったのが残念だ。二分された魂が互いの愛を認め合い、許し合うことがこの回の象徴となるはずが、うやむやになった。
そういえば43話の回想でも、王女はキュアエースを「愛の切り札」と呼んでいた。自分自身を審判者と位置づけ、二者の戦いに対しては中立の立場であるはずの王女が、何故かキュアエースにだけ肩入れしている様にもみえた。



とても良い

本日の夜実況。
前回、プリキュアの姿を夏子と京子が見てしまったことが「にせプリキュア」の登場につながっている。
策士キャラであるポイズニーが、このにせプリキュアを使ってプリキュアたちをハメていく展開は見ごたえあり。自分たちだけでなくクラスメイトまでも戦いに巻き込むポイズニーに対して、怒りをあらわにするなぎさもほのかも熱い。そんな熱さを反映してか戦闘の作画もよかった。
キリヤが不気味に嗅ぎ回っている描写が最後にあり、敵側のプレイヤーが増えたことによって先の読めない複雑な物語になっていると感じる。


ふたりはプリキュア

良い

オリジナル要素を適度に織り交ぜつつも、ケンシロウとシンの対決が原作に忠実に進行する。
ネタ要素も特になし。作画もよいふつうの良回。

シンが「俺が欲しかったのはユリアだ」と言った。
ユリアは「富にも名声にも興味がない」と再三言っていたはずであるにも関わらず、それらを得る為に略奪や殺戮を繰り返したシン。ユリアの声に耳を傾けなかったこの男が、本当にユリアに愛情を持っていたかが疑わしい。せいぜい、「ユリアへの愛情を持った自分」への自己愛に過ぎない感情ではないか。
また、どのような後付け設定が加えられようとも、この外道が行った悪事を美化することは不可能。ストーリー上の都合とはいえ相当無理がある。

興味深いのは、死んで間もないユリアの精巧な人形。遠目とはいえ婚約者であるケンシロウの目をも欺く品質は、「精巧」などという生易しいものではない。
この人形は恐らく、シンがユリアに与えたどのようなジュエリーよりも高価な品だろう。私財をなげうってこのような人形を職人に作らせたのだとしたら、それはシンが見せたわずかな人間性の現れであると言えるかもしれない。



とても良い

本日の朝実況。
一見激しい戦闘だが、実際にはレジーナやキングジコチューとの和解が全力で行われている。プリキュアは戦いに来たのではない。
和解の策などないが、「愛を持つ者ならば戦いをやめられるはず」という小細工なしの説得はレジーナの心を打つ。そして改心させる。

かつてトランプ王国では恐怖から国民たちがジコチューになったというが、地球で同じ悲劇が繰り返されることはないとキュアハートは言う。
それはプリキュアたちが愛を振り撒いたことにより、市民たちもプリキュアと同じ愛を持っているからであると。ここまでの回でプリキュアたちが積み重ねてきた愛が、最終局面で逆に彼女らを救う感動的なシーン。
だが、トランプ王国にもキュアソードらがいたはず。彼女らは愛を振り撒いていなかったのか?地球のドキドキ!プリキュアは特別なのか?

「わたしが斬るのは、あなたじゃない。絶ち切るのは弱さ。切り拓くは未来。心を貫く勇気の刃。それがわたし。王女様からもらった名前、キュアソードよ!」
キュアソードの啖呵は最高にかっこいい。そう、彼女も敵を倒しに来たのではないと言っている。



良い

本日の朝実況。
物語の核心を明らかにした結果、テーマ性が浮かび上がってきたのと同時に、矛盾や問題点を生み出した様にもみえる評価の難しい回。

亜久里は何故、レジーナとの決着をつけなければいけなかったのか。
漠然と「宿命」と言っていたが、二者の「戦い」に世界の行く末を託そうと言ったのは確かに王女だった。魂を二つに分け、いずれが正しいかの審判を委ねるという意志はわかるとして、その方法は「戦い」に限定されるべきだったのか?
ここで道を誤っていたのは実は王女であり、亜久里はその意志に従ったに過ぎないのか?それとも、「戦い」というワードを使ってしまったのは脚本上のミスだったのか?

王女の真意が本当に、亜久里とレジーナを戦わせることによる審判だったとして。その意志が「レジーナとの和解路線」という、プリキュア間で既にあった合意と反しているのは当然としても。
レジーナに真実を告げ、レジーナ自身が雌雄を決しなければいけないと判断し、亜久里はその上で初めて決闘を始められたはず。クラウンのビジョンを先にレジーナに見せてから、決闘を始めるべきだったはず。本来はこのような段階を踏まなければいけなかったところ、亜久里の独断はプリキュアたちだけでなく王女の意志にも反していたことにならないか?

レジーナが悪ではないことからわかる様に。亜久里の判断が必ずしも善であるとは言えないことからもわかる様に。プシュケーを2分した要素は善と悪ではなく、利己と利他とでも言うべき関係なのだろうか。
いずれにせよ、二者の「戦い」によって審判を行うことが王女の意志だったとしても、それは問題の先送りに過ぎず、より本質的な解決が必要というキュアハートの立場がこの場では絶対的に正しい。そのキュアハートにも真の敵がまだ言語化できていないが、より真実に近いのはこの頼もしいリーダー。
皮肉なことにレジーナは真実を知った上で青目に戻り、操られているのではなく自らの意志でプリキュアと戦うことになってしまった。この救いのない戦いを、誰かが止めなければいけない。

些細ではあるけど、気になっていたことがあって。
王女が登場する回想では、キングジコチューへの態度は明らかに父に対するものではなく、敵意を以て「キングジコチュー」と呼んでいた。ぶっちゃけ後付け設定だからなんだろうけど、見返すと不自然と感じる部分。
「もうあなたを父とは呼ばない。今からあなたをキングジコチューと呼ぶ。お覚悟なさい、キングジコチュー!」的なセリフが、たとえ後付けでもあるべきではなかったのか?


ドキドキ!プリキュア

良い

本日の夜実況。
サブタイの通り、キリヤの登場回。キリヤにまだあまり興味がないほのかを初々しく感じる。


ふたりはプリキュア

良い

はい、もちろん楽しませていただきました。
くるるんが絡んだネタが好き。たとえば、「トロピカれ 新しいプリキュア誕生!?」とか。
各話のタッチがさまざまで、作画面でも飽きさせない。こんな回だからSDが多かったけど、それぞれ微妙に異なっている。

過去キュアの客演は番外編にしてほしいと常々思ってて、その意味でも今回のような形での登場はベスト。
エンドカード直後の秋映画PRで「夢じゃないんですね」とちゅぼみが言っている。そう、ほんの少しつながりを匂わせるだけでいい。



良い

みゃむはじめ、まわりの人たちが前向きでいい。

このシリーズ初めてなので、わからないことがまだ多い。
暴れ牛って何w いつもこうなの?


ワッチャプリマジ!

良い

絵が時に、言葉以上に雄弁であると言う話。
矢口の絵を受け取ったママも森先輩も、「ありがとう」と言った。
人物画において、人間観察が行われていることを雄弁さの根拠としていることに説得力を感じた。つまりは愛か。

先生の良指導者っぷりがすごい。平野文さんか、ラムちゃんか。存在感あるいい役。
部活に夏休みの宿題があるとは初耳だがw


ブルーピリオド

良い

本日の夜実況。
扉がクレープやいちごメロンパンに導いていた前半が面白かった。
最後の扉ネタ、校長とヤモーらが対峙しているシーンに出くわして、そっ閉じするシーンは何度観ても吹いてしまうw

リンクルストーン・エメラルドがついに現れた。触れようとしたバッティは、聖なる力に耐え切れず消滅。
彼らの任務はもともとエメラルドを手に入れることだったはずだが、決して遂行できなかった任務だったことがわかる。
ヤモーもドクロクシーも、このことを薄々知っていたのではないか?ヒドイ。



良い

なにこの「城ノ内死す」みたいなサブタイw ってみんな言ってるだろうね。

実家では既に死んだことにされている。さぞ屈辱であろうが、それであればお望み通り実家と縁を切ってしまえ。屋敷だけは頂戴して、なおさら嫁と楽しく生きていけばよいではよいではないか。
そう思った矢先の、イラッとする新キャラ「妹」の訪問。塩でも撒いておけば良い。

嫁に対して「ごめんなさい」とか「ありがとう」とか、何か言う事があるだろう?
と、悶々としながら東京でのシーンを観ていたが、主人公がそんなことも言えないアホではないことに安心した。


大正オトメ御伽話

良い

ジャンプコミックス、20〜21巻収録分。
以下、先の展開のネタバレ含む。注意されたし。

アニメ本編に遂に、黒の核晶が登場。
すっかり最終局面という趣きのアイテムだが、巻数で言えばまだ折り返しを少し過ぎたところ。まだまだ二転三転あり。

ハドラーの望みが連載当時からずっと、正直にいうと今でもわからない箇所がある。
「アバン本人を倒しただけではアバンに勝ってはいなかった。アバンの使徒に一矢報いたい」とは本人も言っていた通りだが、ダイとバランとの2対1という対決は、元々の望みとはかけ離れている気がする。本来の意図からすれば、「親衛騎団と自分自身を含めたハドラー軍団全員 」vs.「 アバンの使徒全員」という総力戦こそがふさわしい戦いではないか?ハドラーが親衛騎団を別行動にさせて、ダイとの戦いこだわった意図が今でもわからない。そう、バランが加わったことで一騎打ちですらなくなっているし。
一方、ハドラーが魔軍司令だった頃は、実力では自分より上だった為に畏怖の対象だったバラン。そのバランに打ち勝つことが、虚栄心の克服につながるという意味付けなら理解できる。結局、この場面でハドラーが何を望んでいたのか、言語化できるほどの理解に達していない。単に「時間のなさ故にハドラーが迷走している」というわけでもなさそうだがw

ダイはバランに「誇りで勝てたら苦労はしない」と言う。ダイの立場からすれば当然の発言だが、ハドラーの望みと反するのも事実。
のちの再戦ではダイは、ハドラーの望みも察して強い意志で一騎打ちに応じるが、どの様な心境の変化があったのだろう?該当の場面まで少し間があるので、改めてゆっくり考えてみたい。

ダイとバランの、黒の核晶についての会話。
これこそまさに秘話モードを使うべき話題と思うが、原作を確認したらやはり秘話モードではなかった様だw


ドラゴンクエスト ダイの大冒険 (2020年版)

とても良い

キュアフラミンゴ生誕祭と題して当番回を視聴。
31話を踏まえてもう一度この回を観たいと思っていたから、よい機会だった。この5話と31話は、想像以上に密接につながっていた。



とても良い

本日の夜実況。
今回から参戦のポイズニーの巧者っぷりも気にかかるけど、それ以上に何と言ってもおばあちゃま。無印も周回しているはずなのに、この回がおばあちゃまとミップルの関係を臭わせる回だったことを忘れていたとは不覚。
おばあちゃまが最低でもミップルと知り合いであることは間違いないし、プリキュアのこともある程度知っているだろう。例えおばあちゃまが本筋にはあまり関わらなくても、ほのかに対する助言はすべて、ほのかがプリキュアであることを踏まえた上でのものであると思われる。解釈が変わる回もありそう。

メップルがなぎさを信頼しているというオチもとてもいい。


ふたりはプリキュア

とても良い

本日の朝実況。
本当だったらこの回は「良くない」評価。キュアエースの主張や独断行動には褒められるところが少しもないからだ。
にも関わらずの「とても良い」評価、そのすべてをキュアソード剣崎真琴に贈る。

「何を為すべきかわかっているのでしょう?」とおばあさまは亜久里に問うたが、実際にはまるでわかっていなかった。レジーナは皆の共通の友人であり、人を愛する感情を持っているからには「和解が成立するはず」という合意が、プリキュアたちの間で何度もされたはず。にも関わらず、クラウンで知った真実をキュアソードにしか打ち明けないという、あまりにひどい独断。
また、レジーナと戦うことが、悲しい「運命」を解決することに全くつながっていない。おばあさまはそんなことは言っていない。この回に限って言えば、はっきり言うが、キュアエースにプリキュアの資格はない。

ひとり違和感をもち、状況を変えようとしているキュアソードの姿は泣かせる。
ひどい回だが、それだけにキュアソードの真摯な祈りはそれを覆して余りある。素晴らしい。



良い

プリオタなので、成田良美さんがシリーズ構成と聞いたら観なければいけないのである。

最近否定されがちな「呑みニュケーション」を肯定的に描いていることに好感。「苦手な人は無理して付き合わなくてもよい」というだけの話でしょう。後輩に一杯おごるのが楽しそうだった武田先輩の気持ちが少しわかる。
同僚の桜井さん(CV:早見沙織)が気になる。この子の出番を増やして欲しいw


先輩がうざい後輩の話

良い

本日の夜実況は、ゲキドラーゴの退場回。
弟に危害を加えられてブチ切れるブラックが格好良かった。

いつもパワーでは押されがちなゲキドラーゴを、逆にパワーで圧倒してた。
この回だけ観れば、ブラックがパワーファイターであるという印象も、なるほどうなずける。

ゲキドラーゴが水槽で泳ぐシーン、この回を何度観ても吹いてしまうw


ふたりはプリキュア

全体
とても良い

BDが発売され家に届いたので、その最初の視聴。劇場含め3回目。
感想は2度に分けて書いているので、今回は割愛。これからも何度か観るだろうから、別の切り口を思いついたら都度書きたい。

後半、多くの涙が描かれている。
ギルベルトとの再会が叶わず灯台で雨宿りをしていた時に、ユリス危篤の報を聞いてヴァイオレットが流した涙。その、床におちた一粒がはっきりと作画されていたのが妙に印象に残った。
注意深く観ていれば劇場でも気付けるだろうけど、あの異空間でそれに気付けるとしたら何度目かの周回のあとだろうな。


劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

良い

本日の朝実況。
「マナ、あたしも愛してるよ」という台詞をひっぱり出すまでもなく、六花のマナへの愛情がにじみ出ているシーンが多くあって良い。
一方、「生徒会長スピーチコンテスト」などという杜撰な策にまんまと騙されてしまったのは、らしくないと感じる。他の皆ならともかく、あの用心深い六花がなんの疑問も持たなかったのかと思わないこともない。

折り返し回以来、久々にレジーナが青目に戻った。
操られているわけではなく、正気の状態でも、レジーナは父のそばに居たいと思っている。



とても良い

シンとの対決までに挿し込まれた、最後のオリジナル回。
ジョーカーとケンシロウの戦いはあまり盛り上がらなかったが、もう一方のバルコム将軍の謀反の展開はとても興味深い。バルコムは謀反の結果シンに殺されたけど、シンからはケンシロウ以上に多くのものを奪った。「一矢報いた」どころではないバルコムの働きだが、本人は満足しただろうか?

アニメ独自、シンとユリアのキスシーンがある。ユリアがシンに歯を立て、シンが出血する展開は気の毒過ぎて吹くw
原作通りの展開に戻るなら、その後ユリアは投身自殺するはずだ。ケンシロウを救う為に「愛し続ける」と言わされたユリアだが、実際には最後までシンのことを全否定し続けた。
ユリアだけでなく、バルコムのおかげで部下も全て失い、サザンクロスにひとり佇む孤独な王となったシンの結末は「哀れ」と言うほかはない。

対決ムードではあるが、シンは今さらケンシロウに勝っても、せいぜい拳法家としての自尊心ぐらいしか得られない。
そんな破滅したシンが、ケンシロウにむけて理不尽な怒りをむき出しにするお膳立ては原作以上に味わい深いものになっている。原作ではあっさりしてたケンシロウとシンの対決を、「よくぞここまで肉付けしたな」と本心から思う。
もちろんネタ的な意味でも面白かった。北斗の拳って、元々そーゆう作品だし。



とても良い

少し間が空いたが、本日の復習分。
リピート視聴だと、バラン編序盤のこの回で、既に涙がとまらない。

神々の使いである本来中立者である竜の騎士が、明らかな私情で行動している。
「竜の騎士の使命」とバランはダイに言ったが、この男は道を誤っていることには気付いているのだろうか。
結局のところ竜の騎士の意思、それ自体が正義であるということか。

「でも悪いひとです!」
「もし竜の騎士様に滅ぼされてしまったとしたら、それはあたしら人間が悪いんだ…」
「生きとし生けるものにはすべて太陽が必要なのだ!」

善悪観に関わる、数々の台詞が胸を衝く。
勇者と呼ばれる資格がないと言い続けてきたダイが、初めて自ら「勇者ダイ」と名乗った。
勇者の使命、責任等。脅威を前に、重くのしかかるあらゆるものをダイが受け入れた。


ドラゴンクエスト ダイの大冒険 (2020年版)

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