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全体
とても良い
映像
とても良い
キャラクター
とても良い
ストーリー
とても良い
音楽
とても良い

天動説が主流な中、理屈を超えた感動によって、制限されつつも人から人へバトンを繋いでいき、異端思想とされる地動説を完成させようとする話。「だったのだが」、実は地動説は異端でもなんでも無く、過去に失敗等で天文を諦めた聖職者による、狭い範囲での制限に過ぎなかったという話。

この作品は、ドゥラカ以前では多分皆が求めていた、異端思想と規制され、バレれば死ぬ可能性すらあるのに、何よりも地動説を追い求めた歴史上の人物達による抗い物語なんだけど、ドゥラカパートでは、引き継がれる知識はオクジーの日記しか無く、その要素は薄くなっていくので退屈に感じた人も多いと考える。実際、自分も前半は鳥肌が立ちまくってて、後半になると少し抑えめになってきたなと感じたし。

しかし、この作品を理解するうえで最も重要であることは、ドゥラカパートで語られた「君たちは歴史上の人物ではない」ということだ。規制されていたのは狭い範囲のみで、史実を調べてみても、15世紀ではまず異端思想としてすら捉えられていないし、そう捉えられて処刑される人物がでてきたのは、最後に出てきたコペルニクスが存命した頃であった。

つまり、この作品がまず伝えたいことは「地動説を提唱・証明した、コペルニクスやガリレオ等優秀な歴史上の人物が、ひとりでに考え抜いたのではなく、歴史にすら出てこなかった過去の人達による小さな知の連鎖によって、地動説は少しずつ前進してきた」であると考える。その中で、理屈や合理性を超えた感動によって、突き動かされる人たちのハートフルなストーリーがあったのであって、それがメインでないと捉える必要があるんじゃないかな。であるからこそ、このことを理解できていない人は、まだ地動説が異端思想として規制されていたと勘違いし、最後のアルベルトパートがなぜこのように終わったのか分からないんじゃないかと思う。

ちなみに、アルベルトパートは、今までのifから史実寄りに繋いだ話で、多少繋がりがあるといえど、別物だと考える。まあラファウが生きている訳無いし、今まで出てこなかった史実の人物名が出てきたしねぇ。

さて、ここからようやく感想なんだけど、物体は下に落ちるということと天動説から、地球は最底辺で、だからこそ人間は醜く、天国に行かなければならないという当時の考え方は、実に面白いと思った。天動説はそんな悪影響があったのだなあとしみじみ。
そして、地動説を信じるということに対する理由も千差万別で、特にバデーニのような、「神がこのような汚い地球を創造すると思えない」という、あくまで「神の信仰のために」というのがとても気に入っている。とても意外じゃない?皆絶対真理のために研究してるんじゃないかと適当に捉えてる方が殆どだと思うし、自分もそうだったので正に目から鱗だった。

色々なキャラが登場しては退場していった訳だけど、自分はやはりオクジーが一番好きかな。宇宙論に何も興味がなく、挙句の果てに幼少期の絶望から空が見えない状況からスタートするし、そんなキャラが次第に少しずつ地動説或いは地球の、世界の美しさに魅せられて、最後には死しても構わないと言えるキャラに変容していったのが実に感慨深い。バデーニが後世に残す策を練っていることを知って、「素晴らしい。最期に期待のしがいがある」と発言したとき、鳥肌がやばかった。この世に全く期待せずに下ばかり見ていた大男が、今世に期待しながら、笑ってこの世を去った瞬間は格別だったね。

こういう知的な作品はやっぱり好きだなあ。もっと増えてほしいと切に願う。



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