昔からガンダム作品において定番な戦闘中会話、それらは会話しつつも結局は相手を滅ぼすしか無いよねとなるのが定石
けれど今回描かれた会話と戦闘は親しく共通項を持つ者同士に拠るものだったから、滅び以外の決着を見つけられたという事なのだろうか…
ラウダがどうして戦場に出てきたのかと疑問だったけど、全ては兄の為であり不甲斐ない自分を恥じてものか
弟は自分を頼らない兄の高潔を責める。だというのに、兄は高潔を以って弟を許すなんてね
なんて事無い兄弟喧嘩をフェルシーが「馬鹿」と一刀両断。本当にその通り
スレッタとエリィ共に家族を想い遣ってるのは同じ。けどその為に許した方法が似たようで違った
自分を悲劇的立場に追い遣ってでも母の為に。エリィは願いを叶える、スレッタは抱きしめたい
どちらも会話相手でない母の為に言葉を交わすから勝者は決しない
ミオリネがプロスペラ、どちらも説くのは母性愛の在り方
プロスペラはスレッタには友の愛があるから充分と言う。ミオリネはスレッタにも母の愛をと訴える
スレッタが母に愛を向けても返ってこないなんて報われない。その主張を正しいと証明するようにミオリネを救うのは既に居ない母の愛か…
スレッタ・エリィ組を除いて戦闘は会話を通して終わった
本来は戦いが無ければ会話だけを出来る筈。だというのに誰しもの口をつぐませるかのような無慈悲な破壊兵器
失われてしまったエリィ・エアリアルの想いは生きている者達に何を残すことになるのだろう?