東村で穏やかに生きてきたユル、東村に狙われて一度は死んだアサ。二人は双子であっても全く異なる経験を積んだから、食事を共にしても考え方の違いは明確に出てしまう。また、こうした違いは田寺と影森、人間とツガイ、過激派と穏健派などなど様々な対立の中でも生じるね
だからか、自由に座って良い筈の食卓もまるで明確な対立構造の下にそれぞれが席を決めたかのように映ってしまったよ
会談という名の腹の探り合いを途中まで聞いていたユルは聞くべき事を聞き終わったと言わんばかりに口を開くね。啖呵を切る様子は勇ましい
けど、それは同時にアサの経験を積まない無知でもある。狙われる辛さを知るアサはユルの無謀を責める。それは対立を越えて彼女がユルの側に近付いたシーンでもある為か、ゴンゾウもユルを影森へと誘う契機にもなる
しかし、ユルは対立を越えず。彼は彼なりの方法でやっていくと、そうして生きていくと決断するわけだ
対立を越えるかどうかの話はそのまま境界線へと通じる話
両親と生き別れのユルは長い事二人の姿を見れていない。ならば時や場所を越えて会えた両親の姿は、対立を越えなくてもユルに家族の温もりを授けるものとなるね
また、共に食事を囲んだ経験は幼少期に繋がる経験である為か、ユルは影森の家にいるアサを昔のアサと繋げて考えるし、安全な境界を越えて妹としての温もりを届けてくれたアサの行為により彼女を真の家族だと認められる
対立は越えられない。だからこそ対立によって分かたれている双子の状況をより悲劇的に捉えられる回であるように思えたよ…