「スタァライト」――それは遠い星の、ずっと昔の、遙か未来のお話。
この戯曲で舞台のキラめきを浴びた二人の少女は、運命を交換しました。
「二人でスタァに」「舞台で待ってる」
普通の楽しみ、喜びを焼き尽くして、運命を果たすために。
わずか5歳で運命を溶鉱炉に。
――危険、ですねぇ。
やがて二人は再会します。
一人は悲劇の舞台に立ち続け、もう一人は飛び入り、引き離され、飛び入り、
二人の運命を書き換えて……キラめきに満ちた新章を生みだしたのでした。
もう目を焼かれて塔から落ちた少女も、幽閉されていた少女もいません。
ならば……その新章の結末は?
「スタァライト」は作者不詳の物語。
キラめきはどこから来て、どこに向かうのか。
そして、この物語の『主演』は誰か。
私は、それが観たいのです。
ねぇ――聖翔音楽学園三年生、愛城華恋さん?
🍅🍅🍅🍅🍅 at イオンシネマ海老名 THX
2年ぶり
やっぱりやばいよこの映画
なんだかすごいものをみたぞ
デコトラすこ
私たちはもう舞台の上
何度見ても、圧倒されるというほかない。
卒業後の進路選択を控え、トップスタァの座を貪欲に追っていたかつてのオーディションの悔しさも忘れ、なんとなく自分の実力に見合った進路を考え始めるころ。
その雰囲気を看破し、ワイルドスクリーンバロックで喝を入れ、新たなレヴューの場を設けた大場なな。抑えこんでいた想いをレヴューでぶつけあい、次の舞台へ。
素直に観れば、レヴューを通して激重感情がぶつかりあい、わだかまりが解消されていくさまに、ある種のアトラクションに似た爽快感を覚える。
劇場での視聴がおすすめされるのも、そうした体験のクオリティがより高まるからだろう。
やはり最後のレヴューが難しい。考えずに圧倒されておけばいいという感じもする。ひかりから見て華恋はまぶしくて怖い。華恋から見てひかりは舞台そのもの。ひかりと離れても華恋が次の舞台へ立てるように。舞台=ひかり、ではなく、ひかりへのライバル心や観客の期待を、舞台に立つ燃料として燃やせるようにする。
2023/01/14 発声可能応援上映@池袋ホールミクサ
数ヶ月ぶりの劇場スタァライト嬉しいな〜
普段見るのとは違うし流石に泣かへんやろと思ってたのに結局最後で感極まってデケエ声で叫びながら泣いてしまいました。
2023年にもなって劇場でスタァライトを浴びられる喜びよ!
上映してくれてありがとう。
序盤こそ皆手探りだったけど、レヴューが始まる頃には自分も含めて応援声出し音出しのタイミングを掴めてた感じがあった。
友達の家で一緒にツッコミながらホームシアター感覚で見ている時のような、普段と違う面白さがあった。
旅の恥じゃあないが、折角の合法的に映画館で叫べる貴重な機会だったのでハラ決めていっぱい声出した。こういうのは照れたら負け
そして何よりみんな『理解っているオタク』なのでレヴューのいいところではしっかり黙ってキンブレ振るだけになっていたのが良かった。
競演のレヴューでゴールの先がT字型(ポジションゼロ)になってるのは前々から気付いてたんだけど、「露崎まひるさんが神楽ひかりさんにそれを示して先に進むように促す」という行為の意味に今日ようやく気付いた。
先に居る愛城華恋さんの舞台に向かうべきは私ではないと理解しており、神楽ひかりにその座を譲り、そのうえで「舞台で生きていくと決めた」と表明をする意思たるや。
また一つ確信させて頂きました。
以下印象的だったガヤ
TLのオタクが頻繁に「映画館で観ろ~~~~~~」と呟いていたのが目に入ったので,109シネマズ川崎映画祭にて鑑賞した.
初見で色々感想を述べるのはとても難しく感じる作品だった…映像と音響がスゲーとなっていたらいつの間にか2時間経っていました.
何回見ても見足りない(満足できない)というオタクの気持ちはよくわかった….
人生でここまで何度も観返した作品は実写含めないです。
初見の方はストーリーラインが掴み辛いかもしれませんが、脳を空っぽにして映像美に酔いしれていれば、じきにスッと入ってくるようになります。
叶うならば、池袋・BESTIAのあの画面と音響でもう一度観たい作品。
アマプラで初見1+1回視聴済の友人とともに鑑賞会。
そろそろ飽きるだろと思ってるのにマジで一生味するなこの映画、無限にダシの取れるガムやでホンマ
初見のオタクと一緒に見てたので極力コメント控えめにしてた。
劇ス初見のオタクの新鮮な疑問符最高~!俺も何もわかんね~~~!
「列車は必ず次の駅へ」「飢えて、乾いて」「次の舞台へ」は本質的に同じ。
やっぱり劇場版スタァライト怒りのデスロードで過去を燃やす直前のところで、「あぁ、愛城華恋さんのこれまでの人生は全てこの舞台を演じるために捧げてきたんだな」というのを感じてしまって、一人の人生をこれほどまでに燃やし尽くす"舞台少女"というモノの美しさに触れたキリンの気持ちを理解できて泣きそうになる。
のをグッとこらえていたら「此処が舞台だ、愛城華恋!」で更に涙が込み上がってくる
そしてその直後のアタシ再生産\バァーン/←???????????
更にその直後の照明演出が良すぎてもう感情がデカくなりすぎる
もうスススは感情がジェットコースターなんよ、スピード上げて急ブレーキやめてくれませんか!!?!?!?
東京タワー、あるいは約束タワーが真っ二つに折れた理由って、正直今まであんまり理解してなかったんですけど、ちょっと真面目に考えてみる。
今までは愛城華恋さんと神楽ひかりさんが「スタァライト」を演じるという目的があって存在していたけれど、愛城華恋さんが舞台少女として"次の舞台"を目指したことで、これまで13年間続いてきたスタァライトという目的(=この「レヴュースタァライト」という作品)を果たしたことで、愛城華恋さんと神楽ひかりさんの道がまた分かれていくことを(それこそ大場ななさんと星見純那さんのように)表してるのかな。
愛城華恋さんから吹き出した大量のポジションゼロ。つまりは愛城華恋さんがこれまでスタァライトを演じるためだけに蓄えていた彼女のポテンシャルを、大きな広い世界に解き放つための描写。神楽ひかりさんが刺した傷から吹き出したことにも合点がいく。
彼女が愛城華恋を舞台少女として火をつけたが故に、彼女の手でこの幕を引かなければならない。
生まれたての舞台少女"愛城華恋"が、一番最初に、一番近くで見たスタァとして。
「九九組の日!みんなで観よう劇場版スタァライト!」@オウチ with Youtube配信
#劇場版スタァライト #九九組の日2022
最初のトマトブシャァの時点でコメンタリーSideがかなりワイワイで映画全然入ってこね〜〜wと思ってたけどめちゃ楽しかった………
映画館でウッ……となりながら見るのも良いが家でワチャワチャしながら見るのも楽しいわね
普段(劇場鑑賞)は感想リアタイで吐露するとか出来ないから、配信も聞きつつTwitterで実況しながらトレンド入りまで(これは本当になぁ〜んで?なんで〜?)して色々楽しかった〜〜
空飛ぶんだよな〜フラペチーノが!←うっかりトレンド入り(サルバトーレの方が)
なんかアニメ3話の収録のときに生田輝さんが転んでフラペチーノを富田麻帆さんにぶちまけた事件があるらしい。
語感のネタかと思っていたがあまりにも身内過ぎたw
どれだけ直前までネタで騒いで明るくてもやっぱ最後のセリフは泣いてしまうんよな……
劇場版少女歌劇レヴュースタァライト 怒りのデスロード(??)
→ライティングからの私がスタァだ!!(最高!!
→武器が折れて音が止まる演出
→この無限とも思える無言の逡巡に愛城華恋さんが『神楽ひかり』に対して何を考えて「最後のセリフ」に至ったのか
コレを考えるだけでもうね……もう……ありがとうございます………この一瞬のためにこの2時間生きてる
百代さんが言ってたけど再生産後に出てくる看板は「レヴュースタァライト」なんすよね〜〜!確かに〜〜!
戯曲スタァライトではなく、演じるのはレヴュースタァライト。
ED前で互いの髪留めが砂上に落ちているのを見てふと「あ、これって『運命の舞台のチケット』だから運命の舞台であるスタァライトを、ひいてはレヴュースタァライトまで演じきったからその役目を終えたからか」というのを理解した
見終えた舞台のチケットは、タダの置物ですよね。
思い出にはなるけれど、もう役目はない。
(おそらく初出情報)
ED後のエピローグで入る『本日、今、この時』のオーディションの会場が実際に九九組がスタァライトのオーディションをやったときの会場と同じらしい。
おま、お前……お前……それは……最後の最後にそんな……それは最重要やんけ……!!!
しかも内部関係者しかわからへんやんけ……!!!!
2022/08/11【極爆】@立川シネマシティ
映画館での🍅鑑賞は丁度10回目!10回目が極爆なんて最高だぜ!
立川の爆音はローエンドの鳴りがスゴイ!!
だって放映前の別映画の宣伝の時点で圧が、圧がデカい。
こんな物騒な「すずめの戸締まり」があっていいのかよ。
新海誠作品じゃないのよもうこれは。
具体的な体感だと〜50Hzがモリモリです。
大場ななのミサイル両断
ジェットエンジン加速
東京タワー撃墜
もうね、地鳴りがしとるんよ。
これもう実質4Dだろ
ただ一方で70〜120Hzあたりの音程感のある鳴りに関しては、モリモリにエンハンスされてるローエンドの帯域に負けてて、そういう点で曲とかがややイメージ負けしてた感じがあった。
ちゃんとセリフや上の方は聞こえてたのでそこはトリートメントされてる極音という感じでした。
今回気づいてウワッてなった話していい?しますね
(ついでに学校も真っ二つ)
これ全部舞台そのものを破壊してるんですよね……
ココで演じているレヴューというものが、各々が別れの為に取った対話や歩み寄りの表現だとするのであれば、『舞台』というのは要するに「今まで生きてきた世界」のことで、それを皆様々な形で破壊して終えるレヴューはまさに各々の形による【別れの為の舞台】に他ならない……!!
そして、舞台装置は『演者の行動や感情』とリンクして動作する設定なので、つまり『各々で自ら、舞台を破壊している』という捉え方が出来るんですワ~~……!!!!!!(デカ声)
自分が今まで読んだ範囲の考察では書かれてなかった気がするし、よしんば書いてあったとしても自分の中では全く覚えていなかったので独力で気付いてしまって「ゥ…アッ……(」となってしまった
……で。でよ!まだありますよ!
唯一破壊してない方がおりますわね。
露崎まひるさん。
露崎まひるさんの中ではもう過去の自分が生きてきた『舞台』は破壊されて、輝くスタァに "なる" ことを見据えていた。
彼女の舞台はもう完成しきっている。
それ故に、壊すこともなかった。
もう既に、新しい一歩を踏み出していた。
これに気付いた瞬間背筋が寒くなったわ。何なんだこの映画
以下、感想。
一番最初に目の前で"ホンモノ"の「何故…」に呑まれてるのに、拍手が起きたところで直立ドヤ顔の星見純那、かわいいね(繰り返す人並の感想)
神楽ひかりさんが愛城華恋さんを目前に置きながら「私がスタァだ!」と宣言する意味を考えるとウアアアアアア!!!!となってその直後の最後のセリフで感情が爆発して毎回死んで生まれ変わってる
流石に映画3連ハシゴしたからなのか、あるいはもう見飽きた気持ちもあるのかもしれないが、前半の過去回想のシーンでは若干の飽きを感じている自分が居た。自分もそろそろ"次の舞台"へ進む時が来たのかもしれない。
ていうかそろそろ上映する映画館も減ってるし物理的に見れなくなるよな……
鑑賞する直前(2時間くらい前)に聖地の津田塾大学小平キャンパス(の正門前)に行ってきた。
丁度夕刻だったので第1話のエレベーターが動きそうな予感がした(部外者なので流石に中には入りませんでした)
意外と周辺にコンビニとかが見当たらなかったので学校近くに住むと不便そうだなあと思った。寮とかはやっぱ少し離れたとこにあるんかな?
石動双葉さんが練習してた例の公園や劇スパンフの天堂真矢さんやらでおなじみの交差点もすぐ近くで「これくらいの距離感なのね…」という実感が湧いた
7回目