サービス開始日: 2020-04-06 (1702日目)
▼12話すべて観た。
攻殻機動隊は一番好きなアニメで、原作漫画も読んでいる。
フル3DCGということで、いちファンとしてどきどきしながら観た。
ところが3DCGには中々慣れず、気にならなくなったのは最後の方になってから。
まず、声優陣が今まで通りだったのは安心したのだが、
少佐が幼く若干萌え要素が入ってるような見た目で、声とのギャップが気になってしまった。
違和感がほぼ無かったのはバトーとイシカワぐらい。
他にも課長の髪型(髪質)の違和感や、トグサがやたらかっこよく若返っていたり、
1話目は無駄にかっこよく演出しようとタメすぎたのか、テンポがイマイチで、1話目は何度も中断して途中で諦めそうになった。が、攻殻ファンとしては一応すべてみなくてはと、なんとか観続けたところ、後半になってようやく少しずつ面白くなってきた。
ジョン・スミスの下りでは、「マトリックスのスミスじゃん!」と思ったが、
マトリックスは'95の攻殻機動隊にインスパイアされているから、それとも絡めてのネーミングなのかなとも思った。
▼本作を観て思ったのは、違和感のない全編3DCGにたどり着くには、まだまだ発展途上期にあり、その習作でもあるのだなと感じた。
やはり人の動きの違和感が拭えない。普通の日常動作だけでなく、せっかくの義体化で生身にはない動きが可能であるはずで、前作まではそのような表現ができていたが、本作ではそこが物足りなかった。特に戦闘シーン。
それから、細かいようだが、人物の髪質の違和感。特に荒巻課長。(重力はどこへ…?重そう&固そう)などと野暮なことを考えてしまった。
逆にCGのメリットでいうと、瞳がやたら綺麗に強調されている点か。それから女性の唇の艶。
▼本作のキーワードは、
「持続可能な戦争(サステイナブル・ウォー)」と「ポスト・ヒューマン」。
テーマとしては、2期以降でシンギュラリティに帰結していくのだろうかと予測している。
「持続可能な戦争(サステイナブル・ウォー)」とは、昨今耳タコの「持続可能社会」への一種の皮肉にも感じられた。
ポスト・ヒューマンの出現については、同じ日に、ネットに接続していた後に生まれていることから、
シンギュラリティに達したAIによる仕業なのだろうか、などと妄想が膨らむ。
いずれにせよ、ラストが次も観たくなるニクイ終わり方であったので、2期目への期待をこめて全体評価は「良い」に。
そういえば、音楽も菅野よう子さんではなくなっていたこともちょっと悲しい。
3DCGが気になりすぎて、絵面にばかり気を取られて音楽を全く覚えていないのだが。
開始3分で泣いた。
小さい頃に見たことがあるから、赤く光る清太と節子が死者の霊となって、過去を振り返っているのを知っているのもあるのだが…
駅員に投げられたサクマドロップス缶から節子の霊が現れ、その後ろに清太が現れたときの、清太のくしゃっとした、やるせないような、なんとも言えない笑みで涙腺が。
この缶からでてきた白いかけらは、始めはハッカ味のドロップのかけらだと思っていた。
それが、最後までみて、清太が荼毘に付した節子の骨を缶に入れたものだと知った。
それでもう一度冒頭部を見直して初めて、なぜ投げられたドロップス缶の許から節子が現れたのかを理解して(節子の骨だったから)、再び涙腺が。
この部分、もう一度見ないとわからない人がいるのではないのではないだろうか?
私も何年も気づかなかった…
本作の魅力は、「表情」だと思う。
前作のナウシカやラピュタとは違い、より現実に近い表現となるよう、顔、表情、体の形、動きがリアルに描かれている。
束の間居候させてもらっていた親戚のおばさんは、清太たちと同じ側で観ている者としては、とても辛い。
果たして当時の状況下で、おばさんのような人達を責めることはできるのだろうか。誰もが先の見えない日々を生き抜くのに必死だった時代には、ありふれた光景だったのか。自分がおばさんの立場だったらどうしていただろうかとずっと考えながら観ていた。
高畑勲は、
「決して単なる反戦映画ではなく、お涙頂戴のかわいそうな戦争の犠牲者の物語でもなく、戦争の時代に生きた、ごく普通の子供がたどった悲劇の物語を描いた」
と述べているそうだが、この作品のような無数のドラマが戦後にはあったのだろうと思う。
そうしてラストには、高層ビルの立ち並ぶ現代にも二人が存在しており、成仏せずに少なくとも43年間(1945年〜1988年)もその地を彷徨っているのかと思うと、またも胸が締め付けられる。そんなラストであった。
両親を失った子供が生き残ることの難しさ。
悲しくて観るのも辛い作品だが、名作である。
スタジオジブリ制作の第1作目。1986年。
大人になってからじっくり見ると、子供の頃には意識していなかった(覚えていない)シーンが沢山あって新鮮。
なぜ強大な力をもって地上を支配していたラピュタ王国が滅びたのかだろうとずっと考えながら見ていた。
その答えとして、
終盤にシータがムスカに言った言葉がささった。
「今、ラピュタがなぜ滅びたのか、私よくわかる。
ゴンドアの谷の詩にあるもの。
『土に根をおろし、風と共に生きよう。
種と共に冬を越え、鳥と共に春をうたおう。』
どんなに恐ろしい武器を持っても、沢山のかわいそうなロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ!」
ロマンブックでもパンフレットでも、「奇病によって地上におりざるをえなかった」ようである。
現実的に、人類は土に触れながらでなければ生きていけないのだろうかと考えるのは興味深い。
ところどころに、宮崎駿の茶目っ気というか、遊び心が見え、
登場人物それぞれの魅力、シリアス、笑いあり、考えさせられるところもあり、また見たいなあと思う。
エンディングでラピュタが宇宙に浮いているようにみえるが、同じ場所の上空にとどまっているし、ジブリの公式見解では、酸素のあるところにとどまっているそうなので、生き物は大丈夫らしい。
が、あれだけ高度で酸素濃度や気温は大丈夫なのか…と現実的なことを考え出すと野暮なのでやめておこう。
子供にとっては明るい活劇で楽しめるし、
大人の視聴にも十分耐えられる、名作でした。
原作を知らずに視聴。
近未来ハイテクミリタリー。
攻殻機動隊(1995年〜)と同じ?くらいミリタリーの描写がしっかりしていた。
90年代に表現していた作画が、現在のデジタル技術を使うとここまで綺麗に表現できるのか〜と感心して観た。
戦闘シーンなど映像はとても楽しめた。
主要キャラクターが美男美女ばかりで現実味が薄れるというか若干引いてしまった。
ストーリーとしては、クラヴィスがいつのまにかルツィアに好意を抱いていてその経緯が不明であった。
小難しい哲学的なフレーズや問答は何度も咀嚼したい。
他のレビューを見ていると、長い原作を映画で表現しきれていないらしく、
映画を見てもわからない部分が多くスッキリしなかったので、原作小説を買った。
読んでみて、もう一度見直すか考えてみよう。
アニメシリーズも見たことがなく、初めて視聴。
最近だんだん気づいてきたのだが、アニメシリーズが映画化されたものの、映画だけをみるのはハズれることが多いということ…(_)
長いシリーズを映画の尺の中に納めきれるわけがなく、
見ていても話の展開が急でわけがわからなくなってしまう。
この映画もそんな1本でした。
無念orz
しかし、長年メーテルとはどういう役なのかが分かってすっきりした。
OPからして奇抜で不気味さを予感させる。
嫌なことから逃げようと、現実逃避=妄想すると、それを実行してくれる「妄想代理=少年バット」が現れる。
かなり最後まで、少年バットは空想の存在で起きている現象は現実的なものなのか、ファンタジー要素が入っているかがわからず、それだけを知るために最後まで観た。
結局は、自分が昔殺してしまった飼い犬マロミをヒットキャラクターにした月子が生み出した、ファンタジー的存在が少年バット。
最終話で「さようなら」と消えていったときに、
第1話で少年バットが「ただいま」といって現れた意味がわかってぞくっとした。
どこにでもいる、平凡な人々の群像劇であるのもまたポイント。
「妄想」という主軸をもとに、各話で様々な社会テーマをサブ軸にしている。
1話=ヒット作品を生み出すプレッシャー
2話=クラスの人気者の偽善的な姿と挫折
3話=二重人格
4話=ヤクザにたかった末路
5話=聖戦士というファンタジー世界への逃避
6話=父親による盗撮、マイホームの夢、ホームレス
7話=ここら辺から、真相に近づいた馬庭がイマジネーションの世界に取り込まれていく
8話=ネット集団自殺。主人公3人は、いつのまにか自分たちが死んでることにも気づかず死のうとしたりするのだが、音楽も含めて明るく描かれているのがまた不気味さを出している。自分たちの影がなかったり、飛び込み自殺をした人が復活した姿をみたり、ネット掲示板でFOX(=狐塚)とやりとりしている時系列のおかしさなどがある。イマジネーションの存在であっても少年バットには影があるし、死者や少年バットを熱烈に待ち受ける人からは逃げることがわかる。
9話=おばちゃんたちの井戸端会議。少年バットの人殺しが加速していることがわかる。
10話=アニメ制作現場の解説と実際にありそうなトラブルのオンパレード。
11話=病弱な体と不妊。猪狩の妻が、少年バットの正体と対抗法に気づき少年バットを初めて退ける。ただ、妻の猪狩への理解と、猪狩の妻への理解は必ずしも一致していないことが描写されている。
12話=世の中のあらゆるところにマロミが浸透していて、一種の洗脳キャラのような印象をうける。マロミと少年バットはつながっていて、同じ立場なのかと思いきや、マロミは月子を少年バットから守るため、自分のせいか考えないように誘導してきたことがわかる。
13話=月子がマロミの死の責任を認めたことで、少年バットとイマジネーションの影響は消えるが、これまでの事件で影響を受けた人物が、次のループの人柱にすげ替えられ、別のパラレルワールドのようにまた同じことがおきる可能性を示唆している。
現代社会の人間の負の面をこれでもかと、いやらしいキャラクター(見た目・内面ともに)をいやらしく描き、だれもが抱えうる闇を見せつけられる。
世の中、聖人君子などそうそうおらず、裏ではとんでもない人もいるものである。
闇に手をだして戻れなくなった人は、妄想に逃げ、追い詰められ、犯罪を犯したりする姿も描かれている。
最終話でループが示唆されているのは、こういった人間の現実逃避と妄想はなくならない、というメッセージだろうか。
とにかく救いがなく、鬱屈として嫌気がさす作品だが、それによって視聴者が、どのように妄想に逃げずに生きるかを考えさせるものでもあると思う。
「イマジネーションと現実の融合」、今敏のテーマそのものであった。
数年前に、町中でスマホをもって「Ingress」でなにかをやっているらしいことが気になっていたので本作を観た。
人間の精神に影響を及ぼす未知の物質エキゾチックマター(XM)。
それによって、特別な能力が使えるセンシティブの3人、誠、サラ、ジャックが世界を救うというストーリー。
「異端者・異能者→差別・迫害→恨みもつ→世界を支配・均質化してやる→世界を救えるのは私達だけしかいない!→世界を救う」というテンプレど真ん中だな〜と思いながらみていた。
ポータルやコントロールフィールドの映像表現、キャラ、背景の作画は手が込んでて綺麗だけど、その分ストーリーとキャラの奥行きがなく、話としては頭に残らない作品だった。
作中の設定がいろいろ気になってしまって。
【微妙な点】
・なぜスマホで「バースター」を使うとポータルを破壊できるのか。
・青のレジスタンスか緑のエンライテンドもスマホ上の登録だけで、センシティブの身体にも適用されるのか。
・軍車両に突っ込んでいったハンクが、なぜ最後に元気に登場してたのか回収されておらず謎。
・戦うシーンや(跳躍力、素手と銃でなぜか弾が当たらなさすぎるとか)、主役3人の力もイージーモードすぎて、特に苦もなく綺麗に解決してしまってひねりがない。
・あんなに逃げながら長時間スマホ使っててよく充電が切れないな〜と思ってみていた。いつ切れるかと待っていたのだが(笑)、一度も切れる展開はなかったのが個人的に残念。
【良かった点】
ただ、誠とサラという若い2人がメインかと思いきや、おじさんのジャックが後半にかけてどんどん深堀りされていって存在感をだしていたのが良かった。
そして、最後のサラが叫んで頑張るところは声優さんの演技が上手いな〜と感じた。
アニメで初めて知って、その後原作を大人買いで全巻読んだ。
惹かれたポイントの一つは、
弱いやつは殺されるのが当たり前ダークグロファンタジーなのに、
キャラクターの拍子抜けな妙な明るさとのギャップだと思う。
みんな常識のねじが飛んでて細かい&めんどいことは気にしない妙な奇妙さが、
殺人シーンはグロくても、観てて気分があまり暗くならない理由だとおもう。
原作では後半はうんざりするほどまさに「ドロヘドロ」を地でいくのだが、もしアニメで続きをやるのであれば、
それをどうやって表現するのか興味がわく。
3DCG?なのか技術的なことはさっぱりだけど、アニメーションの独特の動きの違和感もまたキャラクターにあってる。
そして、OPとEDがツボ。
特に、welcome トゥ 混沌の映像センスがスバラシイ。
全話とても楽しかったです。ありがとうMappaさん。
原作も、弐瓶勉さんも全く知らずにたまたまNetflixで視聴。
世界観が面白い。
システムやロボットを作り管理制御していた人類の方が逆に、
ウイルスに感染して駆除対象となる。
近未来でありえなくもない世界か?
駆除系や、シボがネットスフィアに接続するシーンなんかまさに、
攻殻機動隊 イノセンスの、ウイルスに感染して人間を殺しまくる大量のハダリと、システムに義体を接続して制圧する少佐と似てるなと思った。
Wikipediaを見る限り、攻殻機動隊にも影響うけたというので、納得。
とにかく最近のデジタルアニメは本当に綺麗で、戦闘シーンの迫力とか、都市の表現も圧倒的。
Netflixのオリジナルアニメは特に、こういうハイテク・最先端のアニメーション作製のオンパレードで、若干違和感はあるものの、
そのうち慣れていくものなのだろうか。
もう一度見たい。
数年ぶりに見直しての感想。
この作品の魅力は、
完璧なキャラクターや、絶対的に強いキャラクター、毎度大団円で終わらないことだと思う。
主要キャラクターそれぞれに秀でた面もあるけど、同時に欠点も存在して、それをちゃんと描いている点が良かった。
みてる側は、あのからくりはこうだったのかと答えを知っているのに、主人公たちは全く気づかず宝の持ち腐れ感じたりと歯痒い思いをさせられるが、
そのほうがより現実に近いと思う。
人は欠陥に魅力を感じるというが、まさにそれだと感じ、それぞれのキャラクターに愛着がわいた。
最近少年漫画系のアニメをみていたため、それらの王道テーマの正義、友情、愛情、信頼とはとことん正反対であったのもいっそ清々しい。
菅野よう子さんの曲も素敵です。
アクションとビバップ(音楽)、しかもジャズの組み合わせが斬新でいい。
舞台設定も、近未来?のSF要素も楽しめる。テラフォーミング、位相差空間、ゲートの存在、コールドスリープなど。年代設定はもっと先になりそうだが、このような未来がいつかじつげんするのかと想像するのも楽しい。
セリフ一つ一つにも含蓄やウィットがあって、細部まで何度も楽しめる大人のアニメだと思う。