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「大人」という本作の大事なキーワード(と自分が思っている)が登場。アニメ版でもここをしっかりと描いてくれれば。
第3話で夕日の祖父と小石達の同居期間が原作の一ヶ月半から十数ヶ月に変更になってたからそうじゃないかと思ってたけど、やっぱり夕日の年齢は原作の18歳から20歳に変更になってるのね。大筋に影響はないだろうし、今のご時世からすると妥当な変更だと思う。
重箱の隅だと思うが、さみだれが公園で拾った木の枝の切り口がきれいなのが気になった。自然に折れた枝じゃないの?
氷雨が三日月に言及したシーンは、原作通り三日月の顔をチラッと見せて欲しかったところ。
原作では夕日とノイがさみだれの父親の職業について会話した後にあった夢のシーンはカット。かなり重要な伏線が含まれてると思うんだけど、大丈夫なのだろうか?
居酒屋でのマジカル・マリーのフィギュアに関する遣り取りがカットされたのは残念。ではそれを残す代わりにどこをカットするのかと聞かれると返答に困るので、止む無しか。



Aパートのエピソードは、主人公である夕日のドラマに一つ大きな区切りがつく、大事なエピソードなわけですよ。原作で読んだときは強く心を揺さぶられたものですよ。それがこんな、原作が持っていた熱が欠片も残っていないようなアニメになるなんて……。
一番疑問なのは、原作とはシーンの順序を変更して、原作では夕日が祖父の病室を飛び出してからノイに願い事を告げるまでが一連のシーンだったのを、願い事を告げるシーンだけAパートの最後に持ってきたこと。原作では、夕日が祖父に対する憎しみを吐露し、直後にそれでも祖父を助けてくれと願う、愛憎が同時に存在する人の心のままならなさ、夕日が隠していた心の奥底にあった一面、というのがよかったのに、シーンを分けたことでそれらが台無しになってしまっている。
原作既読であっても何を言っているのか聞き取りに困難を覚える夕日の声の演技については言うまでもなく。
また、泥人形と戦っているときの「死線を越えてやるって言っただろ」という台詞は、願い事を告げるシーンの「共に死線を越えようぞ」という台詞を受けてのものなのに、シーンの順序を変更したことでおかしな台詞になってしまっている。改変したことによって発生する不具合の手当てもできないのなら、改変なんぞしないでいただきたい。
Bパート「僕が割り込む余地なんてないじゃないか」のシーン、相変わらずキャラをスライドで動かしているだけで全然「割り込む余地のない戦い」に見えなくて、思わず笑ってしまった。
あと、個人の好みの範疇だと思うが、ルドの目が原作と比べて犬っぽさが減って人間に近い目になってしまったのが残念。



今回もアクションシーンに迫力がなくてしょんぼり……。
火渡さんのエピソードは丸ごとカットかあ。彼女の言動、面白くて好きなんだけど、本筋には関係ないからカットは止む無しか。
初めて夢の中で夕日とさみだれが会うシーンはカットすべきではなかったと思うが、次回以降に回された可能性はあるかも。
夕日が二つ並んだ扉の左をあえて選んだ理由も、彼のキャラをよく表しているので残して欲しかったが、これはもう自分の好みの問題だろう。



当方原作ファン。アニメ版が原作の面白さを7割再現できれば今期アニメ新番組のトップをねらえる、そのぐらいのポテンシャルがある原作だと思っている。
さてアニメ版。放映前のプロモーション映像を見て期待値はほぼほぼゼロだったので、まあ予想の範囲内。ストーリーこそ概ね原作に忠実であるものの、作画は低調だし、演出は特に見るべきところもないし、声自体はキャラに合っているものの演技が自分のイメージとはズレを感じる。原作にあったパンチラもなくなった。ついでにOPはキービジュアルと本編映像を加工して繋げたものでとても安っぽい。
……これ、何を楽しみに見ればいいんだろう。



全体
とても良い
映像
とても良い
キャラクター
とても良い
ストーリー
とても良い
音楽
とても良い

いい映画だった。
本作は環境音の聞こえ方で味わいが変わってくる作品だと思う。今回劇場用に調整された明るさと劇場の良い音響で映画を見て、初めてアニメ版『ゆるキャン△』を十全に味わえた、という感覚があった。そういう意味で劇場で見るべき作品。
映画ではリン達は社会人、と聞いたときは「それって大丈夫なの?」と不安がよぎったが、全くの杞憂だった。社会人になった彼女達でなければ描けないドラマになっていたと思う。
あと、千明がめっちゃ美人になっていたことを特筆しておきたい。



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