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    みんなの感想

    とても良い

    [風巻]の泥人形も二体目だから目が2つになった?

    [氷雨]は夢の中で[アニマ]と会話。会話できる理由と、[アニマ]が弱々しいのはなんでだろ?

    [さみだれ母]と[さみだれ]は離れて暮らしていた分、どう接していいかと悩ましい状態。
    [主人公]が2話で出来なかった川を飛び超えるシーンは清々しい気持ちになった。[さみだれ]は勇気をもらい[さみだれ母]と話せてよかったね

    [主人公]は[さみだれ]に大人らしく道を示し、自身の[主人公祖父]に対する感情も同じようなものであり、一歩踏み出す決心がついた展開は成長しているな〜

    良い

    お母さんの帰宅で家出。お母さんの事情は分かってるけど、子供にとっては複雑だな。子供が怖くて仕方ないだろう

    良い

    夕日とさみだれの家族問題を中心に過去のしがらみと向き合い、未来へ進む様子が描かれたね
    不仲というわけではない、かといって何の蟠りが無いとも言えない。微妙な空気が有るから、拒絶ではなく回避になってしまう
    でも滅多に会えない家族にそのような態度は本人も気持ち良くないわけで…

    幼い頃は明確に寂しさを抱えていただろうさみだれ。それを伝えられないまま成長してしまって、平気な顔をするようになって
    外見は平気そうだから平時は問題とならない。でも向き合いそうになった瞬間に出る表情が本人が問題と思っている何よりの証拠
    その表情は見てくれる人がいて始めて解決しなければならない問題になる

    夕日はさみだれの表情を見て自分の表情を察し、更に氷雨の表情を見て口出ししなければと思うわけだ
    氷雨はさみだれの表情だけでは妹の内心に近づけない。でも変わらない仕草から家族として、大人として向き合う必要を知ったようで
    寂しがる子供に未来へ進む勇気を示すのは大人の役目というわけだ

    大人げない姉として謝る氷雨、大人げなくムキになって飛んだ夕日
    そうした大人の感情発露を前に出るさみだれが抱えた後悔と勇気は二人が大人として向き合わなければ出なかった感情

    今はまだ会っただけ、話しただけ。それは過去を変える未来への一歩
    これは地球を壊して未来を閉じようとする二人をどう変えるのかな?

    普通

    風巻さんの泥人形露骨にCGで笑う
    方天戟放ったシーンのBGM良いんだけど絶対にこの練習のタイミングで鳴らすやつじゃないよね……ホンマにこのアニメのこういうおざなりなところがさァ……
    困るなんてとんでもない、寧ろ…(ありがとうございます!)
    天才外科医の朝日奈母と謎の小説家朝日奈父が結婚してるの今考えると謎が深いな…?
    父の書斎のクソデカ電撃文庫くんきらいじゃないよ。(本筋に関係のないオモシロ作画崩壊なので)
    拗ねている自分と、拗ねているさみだれを客観的に見る夕日。
    「こどもは大人のマネをして大人になっていくんだぞ。」
    さみだれが氷雨さんの指握るシーンで折られないかとヒヤヒヤしてたの俺だけじゃなかった、良かった。
    良いシーンなのにな…。
    挿入歌でpillows!!?!?!?
    「いい大人は、気取らないのよ」
    良いシーンなのに顔やら口の動きやらの作画が…

    主人公や姫の家庭環境が整っていくと、世界をぶっ壊そうとする野心が薄れそうな気がしてきますがどうなんだろうなぁとか思いつつ、先生の夢?に出てきたアニマ?という存在が気になる。

    今回は田所あずささんの熱演に救われたと思う。田所あずささんが氷雨を演じてくださって本当によかった。
    音楽のつけ方のちぐはぐさに首を傾げるのはいつものことだが、今回は特に本来作品を盛り上げるべき音楽が逆に盛り下げていると感じた。夕日がさみだれに会わせるために氷雨を引っ張っていくシーンとか、なんでそのタイミングでその音楽をつけるのか、全く理解不能。せっかくのthe pillowsの曲も、全然シーンと合っているとは思えなくて、もったいないことこの上ない。
    ちゃんとした作品にはその回のここぞという見せ場があるもので、今回なら夕日の「ぼくがついてる」がそうだと思う。少なくとも原作では夕日のこの台詞とそれを聞いたさみだれの反応は1ページに2コマの大ゴマで描かれており二人の表情もすごくよくて、読者の印象に強く残るよう演出されている。
    一方アニメ版は、原作と違って「帰ろう」のときの夕日の表情を見せてなくて、「怖がらなくていいんですよ」と「ぼくがついてる」を1カットにしてしてしまっているため、「ぼくがついてる」が際立たない。さらに言えば原作のライティングのようなプラスアルファの演出もない。
    夕日の表情にも原作のような「ああこれはさみだれも顔を赤らめるわ」と思わせるような力はないし、それを聞いたさみだれの表情もイマイチ。原作はその2コマ後の「うん」のときのさみだれの横顔がまたいいのだが、アニメ版はそこでさみだれの顔を映していない。
    本作を見ていると、マンガの面白さを損なわずにをアニメに落とし込むことの難しさがよくわかるなあ。

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