サービス開始日: 2024-10-05 (719日目)
格ゲー歴30年ぐらい、一応現役でスト6プレイしており、プロシーンも黎明期から追っているという若干特殊な視点からなのだが…まず、スト6を中心にシーンが盛り上がっているこのタイミングでメーカーやプロシーンを巻き込んでアニメ化したこと、格ゲーよく知らない人にそれっぽい解説と雰囲気でなんか頑張ってる感、おもしろそう感を出したことは評価したい。
その上で…この作品は、アニメだけでなく原作の時点で格ゲーの試合での立ち回り、読み合い、展開、心理戦をキャラクター同士の関係性と密接に絡めながら描写するという方法を取っている。アニメでは、その実際の画面や読み合い、展開にシリーズ最新作のスト6を採用しているのだが、原作の連載時点ではスト6が存在しておらず、スト5(初期の初期はもしかしたらウル4)が最新作であった。ここで、アニメ制作陣は原作のスト5のゲーム展開をスト6で無理矢理再現するという方針を選択してしまったため、キャラの性質も試合展開も技術的なポイントもそれに伴う心理戦も、大半が時代遅れでちぐはぐなものになってしまっている。
今回の撮影にはプロチームのFAVが協力しており、彼らに脚本を見せて相談すればスト6で適切な展開に組み替えて画面を作ってくれたはずなのだが…制作は、原作を尊重したのか不明だが、そこまで頑張ることをしなかった。この作品、プレイヤーであるキャラクターたちの人間関係とその変化を描くにあたって画面の説得力が非常に重要な作品であり、FAV…が無理なら巷に溢れているスト5~スト6プレイヤーが監修することで、自然な形に再構成することはそうむずかしいことではなかったはず。にもかかわらず、あくまでスト5のゲーム性や当時の競技シーンに基づく描写に終始し、技のやり取りも非常に雑で、実際にゲームを知っている人からすると画面の説得力がゼロになってしまった。雰囲気で楽しんでる人に雰囲気が伝わる形にはなっていたと思うので、アニメとしては良しとするが、これは非常に残念だった。
物語の特定のパートの描写は丁寧なのだが、そのパートを引き起こすイベントが意味不明で、ストーリー全体としては破綻しているように見えてしまう。かけると小春が2人で会う過程で盲目の生活や感覚が丁寧に可視化され、少しずつ打ち解ける様は悪くなかったが、あの出会いの直後に2人で会うようになる理由はなかなか理解し難い。癌での闘病生活自体は別に悪くない(部外者に病気のことを漏らした挙句、生存確率一桁なのに治すと言い切る医者は謎だし、ステージ4で抗癌剤で治療しているのに副作用が軽すぎる等妙なところは多い)が、動画での告白と同時に小春が記憶喪失のふりをするのは小春のキャラからしても本当に意味不明。結局打ち解け合って、小春の癌が寛解して結婚、子供を持つ…その結果を描く部分は良いのだが、そこまでの癌の描写からすると比較的すんなり寛解するのはご都合主義にしか見えない。部分ごとの描写には良いところがありながら、それらを展開させる物語の重要な契機がすべて雑なので、それだけでも物語の評価は普通以下になる。その上、前半で丁寧に描いた視覚障害での生活は、後半で癌の闘病生活に入るとほぼ消えてしまう。それなら小春を視覚障害にする必要もなかった。逆に、小春を視覚障害にするなら癌によるありきたりな闘病展開にする必要もなかっただろう。すべてがちぐはぐすぎる。限りなく良くないに近いが、謎の前提を呑み込めば、部分部分の描写に良いものはあったのでギリギリ普通にしておく。
これまた特に言うべきこともなかった。春希やカズキの迷いがもう少し物語として面白く描かれていれば何かしら記憶に残ったかもしれないが、何もなかった。
BLEACHリスペクトでNarutoを足して2で割ったような、一時期量産されていたような作品の1つ(その中でも成功したのが呪術廻戦か)。映像は非常によく出来ているのだが、キャラクターも設定もストーリーも本当に陳腐。特に天鬼が本当に陳腐で終盤は見ていられない。仲間も雑魚狩り要員でしかなく物語としてはあまり機能していない。1クールの小品として手堅くまとまってはいるのだが、それ以上でも以下でもない。この作品ならではの何かが1つでもあれば違ったのだろうが、20年前の先達のレールを綺麗になぞった「守」だけの作品を今見て楽しむのはさすがに難しい。
わりと良い方ではあるんだけど、まぁいつもの感じといいますか、今回は特に篠宮蔵木に敵としての魅力があまりなく、トワとシイナもわりとあっさり合流・共闘して終わりだったので、別に悪くはないんだけど特に印象に残らずするっと終わっていったなという印象。旧作キャラの出番はそこまでではなく、あくまで彼らがゲストで出てくる別作品、ただしプロットと脚本はいつものなのはそのものという感じ。なのはシリーズの良いところも悪いところも引きずっており、トワとシイナのキャラクターは悪くはないと思うが、今回は特に展開が一本道で敵に魅力がなかった点が足を引っ張っている。大した思想も目的もない子供みたいな敵がやりたい放題やって自滅していったようにしか見えていないので、まぁ言ってしまえば壮大な害虫退治みたいな感じだった。
最高水準の映像、構成、キャラクター、テーマ、音楽。ただ、テーマと積み上げた材料をエンディングは(当然狙ってやっているのだが)すべてを受け止めることは出来ず、マスターピースには一歩届かなかった感。それでも、オリジナルアニメとして最高水準であることは間違いない。ララ、茉里だけでなく、人間サイド、人魚サイドのキャラクターはどれも陰影があって魅力的で、物語を駆動してくれた。また、物語の過程では本当の愛を探すという名目の下にこれらのキャラクターたちと多くのものを積み上げてきており、ララと茉里がハッピーエンド、それが本当の愛でした、で終わるにはあまりに多くの重みを最終話に背負わせていた。人魚姫のリメイク、異なる常識を持つわかり合えない世界の間でアイデンティティを見失った者が自分の道を見つける物語、二度の上京物語、ララと茉里の友情物語として、すべてを吹き飛ばすミラクルを期待してしまったのだが、ある種地に足のついた終わり方になった…ただ欲を言えば、人魚世界が人間に溢れたこの世界を受け入れるための一歩が、小さくても欲しかったかな。人魚の語る「本当の愛」とば別の多くの愛をこの世界で知り、この先も知っていくララは、こうした課題を抱えたままどこへ行き、どうして暮らしていくのか…それは視聴者の想像に委ねられた。ここに賛否は分かれると思う。綺麗に終わるよりは記憶に残る最後ではあり、時間が経てばこれで良かったと思うような気もするが、それはもう少し時間が経ってみないとわかりそうにない。少なくとも現在の評価としてはこうなった。
展開としてはローワンの言うとおりララの刃が茉里を刺し貫き、光が現れたが…それでは結局刃は消えず、無惨な結果を引き起こした自分を憎んだララは自らが刃に飲み込まれてしまう。ローワンの示唆する道はやはりどこにもたどり着けなかった。飲み込まれたことで茉里に近づき、「本当の愛」などいらない、どうでもいい、ただ茉里と生きる明日が欲しいと願うことで刃は砕け散り、光が溢れて茉里は蘇った。その光は人魚をたちどころに蘇らせるほど強いものではなかったが、長い時間をかけて人魚を救うらしい。
結局…人魚たちが言っていた「本当の愛」というのは、人魚にとって都合の良いことが起きる関係・現象に過ぎなくて、人間との間で起こるものは少なくとも彼らに取って「本当の愛」ではなかったということなのだろう。だからといって、人魚が「本当の愛」と認めないものが『本当の愛』でないとは限らない。彼らの言う掟はそうでないと分かるのに、彼らの言う「本当の愛」はあまりに一般的な用語すぎて…それは普遍的な本当の愛なのだと、少なくともそれに大きく重なるものなのだと、視聴者も作中人物も半ば錯覚させられていた。その2つ(もしくはそれ以上)が違う意味だということに最後まで確信が持てなかった。ララが「本当の愛などいらない」と言うことで、全員がその呪縛から解けるまで。
ララはその後旅立ってしまうが…ララの上京物語というのは二重の意味でそうだったのね。人魚の世界から旅立ち、そこにはもうたぶん戻れない。そして茉里のいた場所から旅立ち…そこはいつでも優しく迎えてくれる、だから旅立つ。
人魚姫のリメイクとして、異なる常識を持つわかり合えない世界の間でアイデンティティを見失った者が自分の道を見つける物語として、二度の上京物語として、ララと茉里の友情の物語として、想像を超えるような劇的な最後ではなかったけれど、本当にどこかこの世界に続いているような悪くない最後ではあった。ただ、個人的にはこの作品は、特に人魚族との和解に関してはもっと大団円でも良かったのではないかという感覚はある。人魚たちは結局リサ以外最後まで自分たちの考えを変えることはなかった。背負う必要はないのかもしれないが、あそこまでしたグレイスの望みもこの形で着地させて良いのか。良い悪いはともかくこうなったのだ、という現実を描くのもそれはそれで良いのだが、物語としてはもう少し奇跡を願っても良かったのかなと。トゥルーエンドルートがどこかに残っているような、そんな感覚がある。
終盤、新郷・イワンとの戦闘後にアキオ・爆発するツガイ関連で結構ぐだぐだしたのが理由でストーリーはやや評価を下げたが、そこまではエンタメとしてほぼ文句のない出来。終盤は次のシーズンへの移行と考えて若干大目に見ている部分はある。
個々のキャラクターが非常に立っており、また各勢力・各人物の思惑や関係が不明な中手探りで展開が進んでいく緊張感、そしてそれが一気に弾ける終盤のバトルの爆発力が非常に良かった。主軸の物語のうち、解と封を巡る東村と西ノ村の対立と登場人物の関係はおおまかに整理されたが、ユル視点での父母の行方はほぼ不明なままであり、現状の進展は片輪状態なのだが、それでも十分に面白い。ちょっとキャラ増えすぎてるように思うが、今後は各展開でフォーカスを絞ってうまく描写できるだろうか。作者の手腕に期待したい。
肝心なところでめちゃくちゃ頑張ろうとしてすごい作画崩壊するの面白いな…こんな作画崩壊みたことないかも。この回のアニメーター…原画なのかな?はどうも前期でガーフィール戦やった人っぽくて、やりたいことは似たような感じなんだろうけど作画がついてこなかったっぽい。まー…欲張りすぎた?こういう動かし方しなくても、ユリウスを精霊をちゃんと描いてくれればそれでよかったんだけどねぇ。そもそもガーフィール戦の時もアングル動かしすぎて何がなんだかわからなくなってる場面結構あったし。もっとガーフィールの地に足のついた強さとか根性を描いて良い場面だったと思う。そういう意味ではなんでも同じ得意な演出しちゃうGoHandsと似た失敗を感じる。
ボルカニカの見た目が想像とだいぶ違っててびびる。
特に何か言うべきこともない。あまりにも普通。締めの展開は相当酷かったのでストーリーを良くないにしようかとも迷ったが、それも含めて特徴なし。
結構大事なやり取りが大幅にカットされていて、人間関係の積み重ねが全体的にスカスカになってるのはいつものことではあるのだが…。まぁ、話は進んではいるので、このシリーズの中では比較的良い方。もうすぐ終わりなのだが、いまいちそういう気配を感じさせないのもこのシリーズ特有…みなさんついてきてるのかしら…。
まじでいい。今回は子供側が良い。創作を物語として見せるのが本当に上手い。ひとつひとつは小さなテーマで、エピソードは長くもなく、わかりづらくもない、それでいてキャラクターの特徴が浮かび上がり、お互いの見え方や心情、信頼が変化し、技量が成長し、作品も成長する、それらが同時に描かれる。始まった時はあれだけめちゃくちゃだったのに、1回1回はそんなに大きなブレイクスルーがあるわけでもないのに、こうした物語が積み重なるうちに、気づいたら作品も形になっている。人間ドラマと創作が不可分に相互作用しながら進行する、これこそが創作のドラマであり、創作を単なる舞台装置として扱う人間ドラマとの決定的な違い。これを傍で見られるのは、劇中人物の手島先生としても、視聴者としても幸せだと思う。
焼けるまでは烏丸梅屋敷付近の花の御所ではなく、三条坊門の屋敷だったのか。新熊野神社付近からは結構近くなるんだな。
しかしなんというか…いまいちぴんとこない展開だな…。石也はアニメのオリジナルキャラクターだったが、この展開のためだったってことか?しかしこれを犬王との舞台にうまくつなげて終わらせられるのか?全然想像つかないな。
とても良いとかなり迷うが、序盤の突き抜け方と比べれば終盤の突き抜け方がやや足りなかった感はある。少女漫画文脈と怪獣文脈、シリアス文脈とギャグ文脈、これらの対立する軸を非常にうまく混ぜ合わせて…もおらず、境界を往復しながら一つの作品として成立させたそのバランスは特筆すべきものだった。しかし、その手法・構図自体は序盤から大きくは変わらず、そうなった時に個別の要素の突き抜け方がやや足りなかったのかもしれない。全体として見れば十分ぶっ飛んではいるんだけども、やはり視聴での慣れというものはあるので、物語の進行とともに何か期待を大きく裏切る要素が欲しかったかな。原作から見ると物語の半分程度までのようなので、おそらくもう1クールやって完結ではないかと思う。原作は未読なので、後半が来たらどうなるのか見届けたい。