サービス開始日: 2021-03-01 (1796日目)
ミリマスファンの方には申し訳ないけど、俺ミリマス知らないから、ストーリーの縦軸がほとんどよく知らない後輩のギスギスした話であまりハマれなかったな~(ギスギスしてても『ユーフォ』とかはめちゃめちゃ面白かったと思ってるんだけど、今回の場合はいかんせん全く思い入れのないキャラにずっとスポット当たってるからなあ……)
でもそれ以外の面(作画、演出、楽曲など)は今回もとても良かった
特に今回の目玉であるライブで使われた楽曲「M@STER PIECE」はもうめちゃめちゃに良かった
自分にとって「アイドルものといえば!」という代名詞的な作品
自分がニコニコ世代なこともあって、時代感覚を共にした感もあるね
TVアニメに関しては、放送当時以来の再視聴なので、なんと14年ぶり(!)ということになるらしい
アイドルものの定番の形式ではあるものの、各話一人ないし数人のアイドルにスポットが当たって、その単話のなかでテーマやストーリーが完結しているいわゆるオムニバス形式で話が進み、ストーリーの大枠としては各アイドルがそれぞれ課題や問題に向き合い成長していくという説明になると思う
気付かない間に長い時間が流れたということもあって、今の価値観とは相容れないような描写もあり、100パーセント当時のままとはいかないまでも、765プロのみんながどんどん大きい存在になっていく様には当時同様感慨があった
終盤の千早と春香の話はかなりシリアスだったけど、それだけに深く胸に刺さった
あとなんといってもこの作品のすごいところはキャラクターのかわいさ、楽曲のレベルの高さ、ライブシーンの2D作画の三点で、これらは今なお語り継がれるのも納得だと思う
キャラクターに関して言えば、個人的にはミキミキが一番好きです、というか好きになりました
自分の中ではおそらく一番初めに触れたアイドルものであり、同時にアイドルものとしての金字塔を打ち立てた作品、という位置づけになるのかなあ、と思います
長きに渡って続いてきたヒロアカも、ここに完結。大団円だったね
これまでのシリーズも含めて個々別々にエピソードを語りたい気持ちもあるけど、ここではとりあえずFINAL SEASONのことと全体のテーマとして感じたことだけ書こうと思う
まず、死柄木やAFOといった史上最強クラスの相手との戦い自体が熱い展開だったけど、何よりもその戦いの過程が熱かったね
爆豪がオールマイトを守るために覚醒してAFOと戦う回は今シーズンの中でも屈指のエピソードだったし、デク君がOFAを譲渡したのち腕を失い、もう戦えないかと思われたときにA組のみんなが白雲のワープ個性を使って来てくれるところは鳥肌が立った
また、シリーズ全体を通して言えることだけど、とりわけ今シーズンで実感した、伝わったメッセージとしてはやはり「誰もが誰かのヒーローになれる」ということだと思う
今回の戦いは事実上の総力戦となり、とてもじゃないけどヒーローの力だけでは勝利・復興はなしえなかった
そんな中で、デク君の「弱き強さ」に背中を押された観衆たちが、「自分にも何かできることはあるんじゃないか」と思って、少しずつでも人のために自分にできることをやっていこうという風に意識・行動が変わっていった
そうやって人が少しでも人のことを思いやれるような世の中になれば、まさにホークスが言っていたような「ヒーローが暇を持て余す社会」に到達できるんじゃないか、そしてそのために個人がすることはどんなに小さなことでもどんなに身近なことでもいい、そういう風に俺は受け取った
最終話で、以前死柄木に手を貸すことができなかったおばあちゃんが、死柄木と似たような境遇の少年に今度は手を貸すことができたというエピソードがまさにそれを象徴していると思う
最終話でみんなが大人になった姿を見ることができたのも嬉しかったね。EDクレジットと共に8年後のみんなの現在を追うことでここまでグッとくるものがあるのも、これだけ長く続いてきたからというのもあるだろうなあと思った。あとは単行本最終巻で加筆された部分をアニメで観られたら、本当に成仏できますね(カプ厨とかではないけど、やはり麗日さんが、好きなので……)
ゾーンやFLOWというと、『黒子のバスケ』や『ブルーロック』を彷彿とさせるね
タマモクロス・オベイユアマスターとの差を実感し、行き詰まりを感じるオグリキャップ
でも六平やベルノライトからしたらやることは変わらない
しっかり事前のリサーチをして、戦略を立て、有馬記念に向けベストなトレーニングをこなすようスケジューリングするしかない
そこでその一環としてのスクーリングで笠松競馬場のみんなとの再開、ゾーンに入るための前提条件は「走ることが好きであること」
カサマツのみんなとの触れ合いを通して、オグリも自分の原点に改めて立ち戻ることができたかな
北原の折れないメンタリズムも、オグリの競技への向き合い方に良い影響があったし、やっぱり北原も中央に来て一緒にオグリと居て欲しいね
藤本タツキ先生が若い頃描いた読み切りを様々な制作会社の豪華メンバーでアニメ化した短編集
藤本タツキはどうしても長編が目を引くものの、読み切りが秀逸だ、というのは結構言われていることもあり、若いときからその才能の片鱗を随所に感じさせる
特に『予言のナユタ』と『妹の姉』は直接的に『チェンソーマン』、『ルックバック』の下地になっているのが見てとれるね
どの短編も1話で内容が完結しており、オチに至るまでの藤本タツキの価値観のようなものは非常に今の自分の感性にもよく刺さる
ただ、TV放送だと難しいような台詞や描写もあり、劇場公開&アマプラで配信というのは、個人的には上手い判断だと思った
物語は最終局面、圧倒的強さを誇るラスボスとのレイド戦
みんながみんな満身創痍の中、それでもデクくんの戦う姿を見ていたらどうしてもそこに駆けつけたくなってしまう、それこそがオールマイトには無かったデクくんこそが持つ「弱き強さ」
ここ原作で読んだとき、A組のみんなが勢揃いして両面見開きページで「オイラたちが来た!」という峰田の台詞とともにでっかく「WE ARE HERE」ってサブタイトルが表示されるのガチで鳥肌立ったなあ…
デクくんを最初に導こうとしたのが、過去にAFOとの内通の件で尋問を受けた時にデクくんが「手を取ってくれ!」って言った青山くんっていうのもまた良かったね
良い対比だった
みんなが「頑張れ」って応援してくれるの、そこも最初期に麗日さんが言ってくれた、「頑張れって感じのデク」という台詞に繋がってくるのが本当に集大成って感じがしてよかったなあ
最後に渾身の一撃でAFOを打破するけど、辛うじて志村師匠の因子が留めておいてくれたおかげで死柄木の意識が残ってて最後に対話をすることになったものの、それでもなお死柄木は最後まで「ヴィラン連合のためのヒーロー」として「最後まで壊すために戦った」と述べるのもまた、容易に改心してしまうよりずっと納得できる結末だった
自分も田舎生まれ田舎育ちなこともあって、序盤から中盤にかけての正宗の閉塞感に対する苛立ちは非常に共感できた
まず、田舎だと車社会なせいで車がないと不便極まることが多くて、細かいこと言うと映画館で観たい映画やってなかったり本屋も品揃えが大したことなくて結局ネット通販で買ったり要は不便なうえに娯楽が少ないんだよね
まして都会に進学したり就職したりして、そういった状況から抜け出ることが出来る(可能性がある)のならまだしも、ほぼ半永久的に閉鎖された空間で過ごすことが確定してたら自暴自棄な気分になるのもわかる
だからそういった閉塞感のある状況を打破してカタルシスのある結論に持っていく、というのが本作の流れなのかなと思ったけど、その予想は良い意味で裏切られた
【以降完全にネタバレありで感想書きます!】
物語中盤で発覚する新事実、この世界は現実とは別に存在している幻のような世界で、主人公たちも現実に実在しているものとは枝分かれした、いわば幽霊のような存在で、この先に未来はなく、今の状況から変化すると消えてしまうか細い灯のようなものである
そうなってくると「生きている意味とはなんぞや?」という気分にもなってくる
少なくとも自分だったら「どうせ現状から変化したら消えてしまうのに、何かに打ち込んだりすることに意味はあるのか?」と思ってしまうと思う
でも当然ながらそういった虚無で終わる話ではなく、「意味」に何かを見出そうとするのではなく、それ自体が目的となるような何かに打ち込み続けることで、人は変わっていくことが出来るし、また生きているということを実感できるという、そういうメッセージの作品だった
具体的には、正宗は誰にも言ってないけど絵を描くのが好きで、たとえ世界が消えるとしても好きだから絵を描くし、それを続けるから上手くなるし、亡くなった父親からも褒めてもらえて、「続けてきてよかったし、それでもなお続けていく」そういう風に語られるシーンがある
また、何よりも、物語序盤から謎の存在だった五実が、現実世界における正宗と睦実の娘だと発覚して、それこそが希望なんだと語られるシーンもある
生きて命を繋ぎ、自分の子供にもまた未来があることがわかる、それこそが希望なのだと
生きているということは、現実存在としての身体が重要というより、主体がどう実感しているかが肝要で、それはどれだけ絶望的な状況であってもそういった実感を持つことは不可能ではなく、そうした主体の認識如何で世界の色というのも見違えるというのは特に強く伝わった部分だったかな
逆に本作はちょっとメッセージ性が強すぎて、若干説教臭いなとも思ってしまったんだけど笑、よくある自己啓発なんかと違って、正宗たちの置かれている状況をいち視聴者として追体験してきたので、強すぎるメッセージも十分説得力を感じられたと思う
また、終盤に展開の逆転があって、現実世界の正宗と睦実はどこにでもいけるし自由にも関わらず、娘を失った喪失感で笑うことも泣くこともできないということが語られることにより、絶望的だと思われていた主人公たちの状況がいかに恵まれたものだったのかという話にも繋がってくる
娘を失うということは、自分の認識如何でどうにかなる問題じゃない
認識如何で生を実感できるとはいっても、そのような状況では幸福こそが罪であり、生きていること自体が罰なのだという結論に至ってもおかしくない
作品全体を通して、「生きるとはどういうことか」ということを岡田麿里テイストで語り上げた作品だったのかなと思う
今作も岡田麿里作品らしく、細田作品や新海作品とはまた違ったエグさがあった(例えば本作のストーリーの要なので受け入れないわけにはいかない部分なのだけど、別の時間軸の娘である五実が父親である主人公に恋をする、など…)
ただ、以前『さよ朝』の感想でも書いた覚えがあるけど、岡田麿里作品はそのエグみも含めて味なんだというように思う(本作は特にストーリーの軸のラインがそうなので特にそう思った)
要はそのエグみを受け入れられるか受け入れられないか、あるいは受け入れられたとしてどの程度まで許容できるか、という話なんだと思うけど、個人的には「うん?」て思うことはあってもストーリーの縦軸全体を否定するまでには至らないからそこまで相性が悪いという訳でもないんだと思う
本作は「恋する衝動が世界を壊す」というキャッチフレーズなので、「いわゆるセカイ系的な作品なのかな」と思ってたけど、今思い返してみるとそれは叙述トリック的なキャッチフレーズだったというか、少なくとも「きみとぼく」の関係が世界の命運に直結するということではなく、あくまでも鍵を握るのは五実だというのが予想とはずれた部分だったかな
人を選ぶのは間違いないとは思うものの、個人的には記憶に残った一作でした
面白かったです