シルフィは拠り所を手に入れたけど、ルディは失意のまま旅に出ていたのか…
故郷も頼れる仲間も失った彼は拠り所が無い、此処に居ない。だから人の親切を受け取れず、差し伸べられた手も取れない
彼を落ち着かせてくれるのは此処に居ない者の痕跡
温もりを得られず暗がりに閉じ籠もる彼は危うい
その意味ではスザンヌ達が手を差し伸べてくれたのは幸運。けれど、失ったものばかり求める彼はそれらを温もりと感じられない
だからルディが「此処に居る」感覚を取り戻すのは生の実感を得られる瞬間になるわけか
命を失うかもしれない瞬間でも「此処に皆で残る」と気勢を上げるパーティーの心意気はルディがこのやり直し人生で得たもの、得ようとしているものを思い出せる
生きる理由を取り戻せたらならルディは「此処に居る」
火球の大きさは彼がやり直し人生で手にした生の強さを示しているかのよう
彼が此処に戻れたなら此処に居る者達とも手を結べるし共に笑える。彼のやり直しがリスタートしたのだと判る数々の描写には胸が温かくなるね
それはそれとして、エリスの髪の毛を捨てるならあの御神体もいい加減捨てて良かったんじゃないなぁ(笑)
体育祭という多くの学生が楽しむイベントなのに宮村と仙石はまたしても(笑)
それでも人間関係が前と違うなら、楽しむ余地も違う
堀等の存在によって体育祭へ向けた気持ちが変わるのは彼らに訪れた変化を感じさせるね
陣営は東西に分かれ、恋心が齎す不安定さも有る。
石川の前だから頑張りたい桜、察しながら応援する由紀
思惑はさておき、これが学生のイベントであるのは確か
内面の微妙な感覚よりも、楽しみが勝ってしまうのは体育祭というイベントならではの現象か
恋人を他の誰かに渡したくない感覚は多くの人が持つ。でもそれが一方的かもしれないとか納得し難いからこそ、予想外のタイミングで予想外の感情を見せた宮村は狡いね
唐突なヤキモチは宮村が彼女を結構独占したがっている証拠。そりゃニヤニヤしてしまうというものですよ!
人間をコピー出来るとしたら、コピーと元の人格は何処まで同じと言えるのか?幾らか記憶を忘れたら、その瞬間に別人になるというのか?
自分一人だけの問題なら、矜持としてコピーの否定で済む話も家族が絡めば別の話になる
温もりは失われたのか取り戻せたのか?重い問い掛けをする作品だね…
母親の拒絶やフォーマット後の家族のリアクションを見る限り、「別人ではないけど同一でもない」といった受け止め方なのかな?
その意味で「あの母」は失われたと言えるけど、ならそのまま抜け殻として死ねば良かったのかと言えばそんな事もなく
取り戻せた筈なのに取り戻しきれなかった。それが喪失を意識させるわけだ
なら、更に発想を発展させて、フォーマット直前までバックアップ出来ていれば良かったのかと言えば、それも違うんだろうなぁ…
技術の進歩によって人間は人間の枠を超越した筈なのに、人間の定義が苦しめる。
人間とは何かを様々な方法によって問い掛ける作品として楽しめそうだ
状況は判らない事だらけであっても、本作独特の死生観、そして犠牲と平和の価値観が既に強烈な第一話
視聴は初めてでも幾らか噂は聞こえてきた本作。このテレビ放送を通して、この新たな物語を楽しめることを感謝してしまうよ
我儘で無礼なテトラの振る舞いをサリフィが重く捉えない為にコメディで済む一連の描写。でも、これを親の愛情を欲する子供の疑似試し行動と捉えると別の一面が見えてくるね
愛が判らないから、相手が己を愛しているかを試してしまう。応える為には相手の試しに向き合い続けなければならない
テトラが愛を求める相手はサリフィではなく母のカルラ
でも広い視野で見ればカルラだって愛を求めている。世継ぎを産み国から必要とされる愛
でもテトラもカルラも国の象徴である前に家族を構成する一人。だからカルラはテトラの嘆きにやっと自分が欲しそして向けるべき愛に気付けたわけだ
愛を欲するという点でもレオも同様
父から愛された記憶がなく、想像した愛も存在しなかった。だから彼が自分を愛する余地なんて有る筈もなく
その意味では自分を想ってくれるサリフィという存在はレオにとってどれだけの救いであり、同時に愛の象徴となったのだろうね
赤子への祝福という子作りを意識せざるを得ない訪問はサリフィとレオに愛の先を想像させるものになるから、尚更に自分の愛の原点を想起させる
それでもレオはサリフィを愛したんだね…。むしろサリフィへの愛によって愛を欲する心を制御できるようになったとも言える
愛の将来へ向け確かに歩み始めた二人の姿はこれまでより一段と進んだものであると感じられるよ
ルディ不在でも下ネタ成分を控えず冒頭から繰り出してくる本作をちょっと尊敬してしまう(笑)
王位を望めず籠の中の鳥なアリエル、天涯孤独になってしまったシルフィ
少しでも不穏さが周囲に立ち籠めば一息に命の危険まで及ぶ弱い立場。だから二人共自分を守ってくれる相手を欲したのだろうな
危うい立場のシルフィに名前と役柄を与え、貴族の集まりで咄嗟に庇い立てするアリエルは強い人間に見える
けど兄からは睨まれ牽制されるどころか、暗殺者すら差し向けられている
彼女の立場は決して安泰ではなく、彼女こそ誰かの護りを必要とする側の人間
身近な人を失って信じられる人が限られる二人だからこそ、悪夢に負けぬ友を求めた
フィッツとなったシルフィは友を守れる者に成れた。でも物理的に守れただけで満足できるわけではなく
生きる為に守りたい相手の傍に居続ける。故郷を求める二人の新たなやり直し人生を楽しみに思える仕切り直しのEPだったね
一つの会得の為に他の喪失を強いられる戦場の中心点たるプロスペラはその象徴。だから、母を止めようと対立するスレッタは何もかもを得ようとする存在に成れたのかな?
視聴前には想定していなかった規模の祝福が振り撒かれた最終回には良い意味で驚かされたよ
序盤から疑問だった、「エルノアは何故プロスペラを名乗ったか?」という点が解消されたね
『テンペスト』でプロスペローは復讐を辞め皆に赦しを与えた
不幸なエルノアも復讐をする気など無かったからプロスペラを名乗ったのか。彼女には復讐より優先したい娘が居たから
だとすれば、プロスペローの赦しに含まれなかったキャリバンを駆るスレッタだけが彼女の遣り方を変えられる
エレノアは娘の為に復讐へ進まなかった。スレッタは母とエリィの為に戦いへと進まず、むしろ何もかもを手にする道を進む
そんな贅沢な選択をしたからこそ、失った筈のエランが彼女の前に現れたのかもね
全てを得る為に全てを失わせようとする復讐を拒絶する。これはミオリネもしているね。全てを守る為にグループ解体なんて中々出来る判断じゃない
そしてスレッタとミオリネが形作った全てを得る道は他の者も進める代物。その新たな道、最大の受益者はエルノアか……
全てを失ったからエリィだけは失うまいとした。そんなエルノアに与えられた全てを得る道
エルノアやエリィが失わないなら、スレッタだって失わない。彼女が失われないならミオリネだって失わない
失わないなら得ているも同然で。進んで進み続けて得た事に因る祝福の連鎖
まさかガンダムものでここまで多くの者が幸福に辿り着くハッピーエンドを見るとは思わなかったよ
勿論、全ての問題が解決されたわけじゃないけど、問題に向き合い続けると彼女らは決めたと受け止められる
新たな道を作り出すスレッタとミオリネが得た祝福にこちらまで賛辞を送りたくなる素敵な最終回でしたよ
前作となる本編においても時折、話のぶつ切り感を感じないでもなかったのだけど、こうして欠片集めの構成になると尚更に感じてしまうな…
ただ、時系列がバラバラでも違和感なく楽しめる宮村や堀達の賑やかさは変わらないね
今回の軽いテーマは、普段隠している部分を見せられる相手って?という話かな
肌を見せられない事情がある宮村は酷い言い訳を使っても入浴回避。けど堀の前では入られる
それを踏まえている筈の彼の思わせ振りなセリフは罪深いと同時に堀を試している感じか?
宮村と同じように水泳回避しようとする仙石の言い訳と慌てぶりは酷いもの
宮村が水泳回避する理由を掘や石川は知っているが、仙石の理由を知るのはレミだけという構図は良いね
彼女は様々な点で仙石の良き理解者だよね。この組み合わせは本当に好き