エンディングでの会話で美東が霧島透子であることが仄めかされて終わったけど、じゃあ岩見沢が人に思春期症候群を分け与えて周っていると言っていたのが本当だったのかてところはそういうことが出来るとしたら美東/霧島で、MVを通じてそれをしてたていうのが納得できる解釈かな
佳紀がヒカルの居場所を作るてことがマイノリティとして村に居場所がない佳紀自身の居場所と結び付いてたんだねてことを12話かけて丁寧に描いてた
佳紀にヒカルが混ざったと同時にヒカルにも佳紀が混ざってそうな気はする
グロテスクな近所?親戚?付き合いに巻き込まれてた佳紀をヒカルが連れ出しに来るのメロいし、佳紀がヒカルから離れられないBパートの展開への導入として印象的なシーンでした
実写映像の鏡の中に鏡像としてアニメ作画のふたりが居たのとか、海でヒカルの顔を水中から描いたシーン良かった
海に立ったヒカルの背後の非現実的な空の模様は佳紀の世界とヒカルが出て来た向こうの世界との隔たりを思わせたけど、電車の時の実写の部分は視聴者の居る現実世界と作中の人間世界の境界は曖昧にしようとしてる印象を受けました
最後の田中はふたりを害そうとする気配がなかった気がしたのでやっぱり田中も人じゃないとかある程度ヒカルに同情する事情がありそうに見える
劇伴もすごく良かったな
TVシリーズは小夜に人間を殺せるような本来の野生を取り戻させようとした、この映画では小夜のために食料である古きものを残そうとした、ていう文人の小夜への歪んだ愛情の話
最後のバトルなんだったんだろてことを考えてみたけど、朱食免を破壊して止めないと周りの人間に危害が及ぶ状況を作って小夜の手で朱食免を壊させることに意味があったてことなのかな
映像だけでも十分な見応えがあったけど、歪んだ純愛の苦い結末はシリーズの終わりとして強い印象を残してくれて良かったです
原作コミックをほとんど読んだことがないながらにキャラクターのデザインや会話のテンポはおそらくTVの時よりこちらのほうがコミックに近そうとは思ったのだけど、じゃあそのことがアニメとしてのおもしろさを保証してくれるかというと個人的にはTVから変わったり無くなった雰囲気をさみしく思い出してしまうような時間も結構あり、今の時点では判断が難しいから時間を置いてまた観直してみたいかな
バトルと爆発関連の映像と音響だけでも劇場で観て良かったとは思いました
悪魔とそれに類する者同士の戦いの中でアキがあまりに無力なことがすごく悲しい…
各話ごとに演出とか作画の方向性を変えてたのたのしかったけど、贅沢を言うなら1話冒頭のお弁当の包みを解いて蓋を開けるところみたいな動きのあるシーンをもう何度か見たかったな
れな子が不器用な思いやりから周りの人間の情緒をめちゃくちゃにしていくのを綺麗な映像で表現していてすごく良かった…
れな子のダサピースだんだんくせになってきた…
人間関係についてのれな子のモノローグ良かったし今週も気遣いしっかりしてた
真唯は自分の弱みを見せられる人間としてれな子を好きになってるのに れな子には仕掛けが割れてる自分のかっこ良さでれな子をなびかせようとしてるのやり方を間違ってない…?
こんな方法で簡単に友情が得られてそれがこんな長続きする…?て思いながら観てたらそれも織り込んですごい終わり方したのでびっくりした…!
難しいところのある人物も関係も前に進むあたたかいお話だったのとても良かったです
霧島透子になりたかった人たちが世間から認識されなくなったのと岩見沢が人に思春期症候群を分け与えて回ってるの、どれが誰の思春期症候群なのかよく分からなくなってきた… 霧島透子はネット上の概念だけで実在しないとかなのかな…美東が岩見沢を認識出来る理由もよくわからないけど、霧島透子みたいな偶像に興味とか憧れを持ってないから?