「男の子だってお姫様になれる!」は革新的名言だったかと。
男らしさ女らしさというフレームを超えて自分の心に忠実であることと、他人の価値観に支配されない心のインディペンデントを提示。
プリキュアが二人増える!?
敵が味方になってメインヒロインの家庭に迎え入れられるパターンは、フレッシュプリキュアの東せつな以来かと。
えみるのギターはアンプ内蔵のFERNANDES ZO-3のディストーションモード搭載モデル。
ED温かかった。ルールーがはなとその家族に許され、えみると友情を深めて、心を形成していくプロセスが尊い。
前回あれだけ抜け目無かったアルベールがあっさり黒い手帳を奪われるとは。
「攻撃は最大の防御なり」の出典は孫子ともラテン語の格言とも言われている。孫子では「勝つべからざるは守り、勝つべきは攻むる」とあるので、勝てそうにない時の守りの重要性も説かれている。
ルパンとアルベールの過去の因縁がちょいちょい挿入されるのよかった。って、ルパンはアルセーヌ・ルパンの血縁じゃなかったのか……。
やられたから仕返しをして相手を裁くのは、自分がスカッとしたいだけで社会的解決になり得ない。その点、ペルソナ5では相手を改心させる要素があって、一歩先んじている気がする。
帰宅部の面々が疑心暗鬼に。内通者がいると主張する者が二人。
この感じ、いわゆるジュブナイルなんだなと。1クール物なら盛り上がりに欠けるけど、どうなんだろう。
冒頭でパップルが端末を使ってルールーの要らないデータを消去してたけど、論理削除だからデータベース上に物理データが残っていて、ロールバックされて復旧したんだろうなと。
エールとルールーの拳の衝突から、心の交感、ルールーの号泣、和解への流れが素晴らしかった。
ルールーは高度なAIだろうから、自らの思考エンジンすら再帰的に更新するのかなと。
個人的に、プリキュア史に残る神回かと。
花屋と服屋の常連客同士がカップルで……というパターンのモブキャラをメインに据えるエピソード。
シプルンとコフルンが竹槍をデザトリアンにぶっ刺すのわろたw
そして、つぼみの堪忍袋の緒が切れないパターン。
いい話なんだけど、妖精が心の種を排泄するところでいつも笑ってしまう。
ほまれを迎えに来た時のハリーのセリフがちぐはぐでよく分からなかった。ほまれはハリーに少し惚れたぐらいの反応?
ポエマーおじさんは意味ありげだけど、発言内容が頭に入って来ない。
ルールーの変身アイテムを盗むのを決めた時の逡巡、返却するときの決意に満ちた表情、いずれも演出が光った。
一連のルールーのエピソードが次回佳境に。
コスチュームとヌンチャクと仕草がブルース・リー。ただ、ブルース・リーはカンフーじゃなくてジークンドーの使い手なんだけど。
「考えるな感じろ」はまあ、自然体を端的に説くフレーズだと思うけど。
酒井くんは結局、いじめっ子へのリベンジはせずか。でも今回のことできっと立ち向かう強い心を幾らか得たってことかなと。
イケP達の絶望的な現実に耐えられないからメビウスが必要だという事情も分からなくはないけど、やはり何でも満たされる世界というのは逆に危ういなと。
サブタイトルが真理だと思うけど、弱さゆえに依存を抱える人々が多々いるのも現実。依存を正義にすり替えるイケPはイキりすぎだけども。
イデオロギーの衝突が少しだけ面白くなってきた。
ルールーのマッチポンプはしばらく続くのかな……
ルールーは、赤ちゃんをかわいいと感じて守りたいという感情を覚えた様子。
ハリーを宇宙まで飛ばすスーパーパワーはプリキュア以上なのではw
主人公が女心に鈍感なのはラブコメの鉄板だけど、これはベタすぎる……結局、こうする方がプロットを単純化できて作劇しやすいんだろうけど。この場合、愛する男に「部長」と呼ばれることをリアスが好まないのを一誠が分かっていないわけだけど、単純にそういうことではなくて、一誠がまだ男として向き合う覚悟が出来ていなくて分からないフリをしているという描写があれば、多少の説得力が生まれると思う。
デザトリアンが依り代の心の葛藤を吐露するのもハトプリの特徴。つまり、バトルによって依り代の問題解決を導いてるわけで、よくできている。
今回は、内向的なつぼみに外向的なえりかが心の内を明かすように促すシーンが印象的だった。
戦闘以外の動きがコマ落ちしたような感じで違和感ある。人物の微妙な動きや振る舞いに工夫は見られるけど、無理にフル3DCGにしなくてもよかったのでは。
ギーズにトドメを刺した拳法家は、アニメ版オリジナル? ファルコの元斗皇拳っぽい感じ?
1987年当時のスケバン、ディスコ、暴走族、民間マンション……時代がこれだけ如実に映し出されてる回も珍しいなと。
ただ、この暴走族はどっちかというと80年代アメリカのギャングのファッションっぽいなと思ったら、ヘッドがアメリカかぶれという設定だった。
ジャンプ漫画にヤクザが堂々と社会的な存在として登場するのもこの時代ならではのように思えて興味深い。
相良と椿は大貫さんに殺されても仕方ないかと。
大貫さんがキレて豹変するところだけが面白かった。相良の非常識さが無理矢理すぎてギャグとしては飽きてくる。
死柄木の言うことは一理あるけど、世に問うやり方がテロリズムだなと。社会秩序の維持を担いつつ暴力装置的な属性を帯びる警察の仕事には直接の対価が発生しない。税金から給料が出ているけど、あくまでも公僕であって利潤追求の要素はないことになっている。それに対してヒーローは警察的な役割を持ちながら、民間事業化している。その観点においてヒーローの存在は信用面で脆弱かなと。警察の信用を一応担保するのが国家であるのに対して、ヒーローの信用を担保するものがヒーロー自身でしかないのが問題。ヒーローを公務員にするか、ボランティアにするか、もしくはヒーローの国際団体みたいなのを作るか……。
爆轟がオールマイトが勝つ姿に憧れたなんて言ってしまうと、ヴィラン連合はオールマイトを潰す方向に動きそう。