サービス開始日: 2019-01-14 (2574日目)
圧巻の90分枠。
Vtuberというラディカルな領域に身を置いているので子供がいてショックな気持ちはあまり分からないが、普通のアイドル業界は今もそんな感じなんだろうか?
パフォーマンスの演出・作画が素晴らしい。こんなにも「最高のアイドル」を説得力持って描き出した作品は記憶にない。
『ガーリッシュナンバー』であったように(これは職業としては声優だが)リアリティショー、ドキュメンタリー的に「裏側」を見せていくアイドル物はつまりライブアイドル(さやわか氏の言葉)の側面の落とし込みであり、実は目新しいものではない。
では何故この回に圧倒的パワーがあるかと言えば、それは「嘘」と言表されるアイの振る舞いがどうしようもなく本物だからではないか。
簡単に言えばアイは子供によって初めて「本物」の愛を知った(オタ芸のところの笑顔に関する流れが象徴している)という話だが、死に際に言う様に彼女には「愛したい」という気持ちが確かにあった。そして驚くべき水準で実戦をもしていた。結局「愛」と言い切れなかったのは境遇から来る実感の無さ、自信の無さだったのだ。
物語上ファンサは嘘、子への愛は本物、という構図を取っているが、アイは死に際にそれを破壊してしまう。本物だからこそ刺殺犯は逃げ出すしかない。
騙されたファンが逆恨み、愛せたのは子供だけ、何故そうはならなかったのか。
それはアイがどうしようもなく本物だったからだ。ステージの上だけではなく、その存在性全てが完璧に。
考えてみれば彼女の姿はプライベートの場面でもキラキラでステージ上と変わる事がない。
「リアリティ」ショーなどとんでもない、この作品もまたアイにアイドルという夢を見ているのである。
どの画面もキャラが可愛い。内面ももう少し掘り下げ出来ていればキャラパワーだけで戦えると思うのだが。
主人公が失ったものを取り戻す筋も悪くないが、よくある話という印象は強い。(ただ最終回のEDへの繋がりは良かった。)
獲得と練度が分離したスキルシステム、魔術の構築(これはビジュアルデザインが非常に素晴らしい)といった面白い要素もあるが、ストーリー・キャラクター面であまり印象に残った点はない。
揺り篭のところが一番の山場だろうが、特に苦労も何もないので「勇者」の称号にも重みがなく、本丸のゼンも何となく介錯をしただけで終わってしまう。(聖剣に認められた証たる青い光が溢れて熱い場面の筈なのだが…)
主人公のレベルが他人からはステータスではなくパラメータ(初期値?)で見えるのが他の転生者にも効いている(ゼンがLv.41な筈がない)のも、実質敵の強さを青天井にできる良い設定だが活かされる様子はない。
個人的には奴隷の扱いも気になるところで、そもそも自由主義で育った人間としては解放してやらんのかという話だが、「命令」で説得を省略するという方法は隷属関係の再生産に繋がる点も見過ごせない。(これは例えば『魔女の旅々』第3話ではちゃんと違和感のあるコミュニケーションとして描かれている様な気がする。)
猿の惑星的なアレ。
少々回想が長いが、ミタマの異様さ、ロキの震え、ユキトやアータルの絶望がそれぞれ活きていて良い。
前半は芝居の流れがぎこちないと思ったが、後半のバトルではミタマの得物がなかなかに良いデザイン。八百万の神が極彩色なところなど考証を感じさせる(博物館などにあるような遺物は大抵素材の色をしているが、研究によれば当時は派手に塗られていたりする)。超常の神力が顕になり面白くなってきた。
それぞれの訳あり家庭環境、夢芽は別に事情に通じている訳ではなさそうだしあの呼び出しは「試し行動」的なものなのか?
前作同様にリアル調の声の芝居が際立つ。
ガウマと演出が勝手に盛り上がる様な感じだったが徐々にみんなで戦う感じになるのか。
被差別者を囲うという意味では奴隷を助ける系の話(盾の勇者など)と同じ形式だが、『花とゆめ』だけあって男女ともキャラクター性は大きく異なる。
人間に随分風当たりが強そうだがどうなるのか。
重めのこのすばみたいな。
聖哉よりむしろリスタルテ視点が豊富に描かれる事で少女漫画的な件も見られるのが面白い。
ただ聖哉もリスタルテなどへの対応に変容が見られるし、最終的に内面と行動について綺麗に整合性がつけられる。
「顔芸」とは言うがやはり画と声の協調した芝居があってこそ活きる。そういう意味で良い芝居である。
単にキャラとしてはエルルやアデネラが可愛いというか好きな印象。
バトルとしては「今使っておるのがその10倍界王拳なのだ」的な件もあった戦帝が最も印象深い。
魔王は碌に斬り合いなど見せなかったものの、ヴァルハラゲートの演出が良くてマジでやばい地獄の門という風なので(ヴァルハラは地獄ではないが)然程気にならない。
芝居は凡だが画面としてはヒロインを可愛くエロく描こうという意欲が感じられて良い。
偽魔王の正体をあっさり目に明かしたりテンポ感も良好。
ジニーのサキュバスムーブは頻出する反面、僕っ娘先生はすぐ化物になったりヴェーダもほぼ話の通じる便利キャラだけで終わったりと勿体なく感じる部分が多い。
内容的には文字通り「可もなく不可もなし」か。同系統の『不適合者』が傑出していただけに見劣りするも已む無し。
実利で攻める。
天照大御神を子供扱いしており随分な神格を窺わせる。
最後は工作機械か実物か分からないが神の奇跡で生み出したのか? 恩恵ではなく神そのものを持ってきたのが徐々に活き始める。
本名を国之常世御霊大御神と言う様で美称ばかりの如何にも新興宗教っぽい名前。(国之常立神の様な意と解する事はできるか。)
信仰が力になるという人間本位の思想は東方あたりから広がった印象だが、こうしてみるとなかなか序盤が大変そう。
ギャグとシリアスのコントラストがちゃんとコントロールされている。(されてなくてもそれはそれで面白くなったりするものだが)
酒にもせずに葡萄を作るものなのかと思うがそれも信仰の不在などと並ぶ歪みの一つなのか?
もう1エピソード入れても良かったのではというテンポ感。
「ボコボコにしますよ」よりは「強い弱いは関係ない」みたいな感じの方が好み。
各地を転々とする形でこの手の作品では珍しい物語。ヒロインが軒並み可愛いので出番が限られるのが少々勿体無いが、テンポ良く話が進むのは美点。
リオは基本的に冷静で真摯だが、サヨには復讐者だからと言いつつセリア先生は娶る訳でもないのに連れ去るのは一貫性を欠いた対応に映る。(私が中近世ファンタジー観すぎて自由主義の心を失っている面があるかもしれないが)ヒロイン側の心情が丁寧に描かれる分リオの覚悟が不釣り合いに見えると言うべきか。或いはサヨの修行や先生の「じゃあリオが私を貰ってくれる?」からの期待が空転する進行になっている訳である。
リオの設定は振り返ってみるとなかなか盛られているが、過剰に持ち上げられはしないので気になり難い。
何にせよ聡明にして可愛く健気なセリア先生が良いので観る価値はある。
「じゃあリオが私を貰ってくれる? それともリオが私をどこかに連れていってそこで一生私と暮らしてくれる?」なんて言われたからには半端な介入は許されんぞと思うのだが正ヒロインっぽいのが登場してしまう。ここにきてハーレム的作品の哀しみを感じる。セリアと結婚してめでたしという事にしないか?