ここまで満点だなー。うれしさ満点。アスレチック感も良いし、単色背景演出も良いし、お話も良いし、キャラクターも良いし、舞台設定も良いし、サーカスのモチーフで正当化されるカラフルな配色も良いし、田舎なのも良いし、という感じで要素に還元して良さを掬いだす必要が一切ない程度には総合的なうれしさに満ち溢れている。
遥かだ。。。広い世界を登場人物が生き生きと動いている。油絵みたいな背景美術なのに、むしろだからこそ空間を感じる。あと稲子のセリフに毎回ウルッときてしまう。
いくつか外れ回もあったが、基本的には各話それぞれの魅力があって、結果的には楽しめた。最終回がベタに作られていたのも好印象。ただ、こういう作風が増えてほしいとは思わない。
すごかった。思わず櫻井桃華「さん」と言ってしまいそうになるような、神的な気高さがあった。
これはどのように作られているのだろう。おそらく、アイドルたちを取り巻く大人たちは、標準的な人間のモデルに基づいて動いている。モデルとは、脚本家にとっての「人間とはこういうものだろう」という直感である。他方、アイドルたちの振る舞いは、人間のモデルを一切、あるいはほとんど経由せずに、ビジュアルと属性から即座に導かれている。標準的な人間として振舞う周囲の大人たちは、標準的な人間らしい問題を抱えている。それは端的に言えば、倫理と振る舞いが社会的な制約によって一致しないという葛藤であり、4話であれば、悪質な企画だとわかっていながら、早く成果を上げなければならないというプレッシャーから、担当アイドルに仕事を振ってしまうというプロデューサーの葛藤である。そのしわ寄せが、あるアイドルを取り巻く問題として主題化するというのが、各話における物語の立ち上がり方であり、4話では、未熟な子供に過剰な演技やバンジージャンプを強いてしまうという、一般論として、子供の精神に深刻な傷を負わせてしまいかねない危険な状況に陥る。しかし、アイドルたちは、そのビジュアルから想起される観念、櫻井桃華なら貴族的な気高さに準じて振る舞うので、もはや問題は問題ではなく、その「しわ」をその無限の器量によって飲み込んでしまう。結果として、作品に没入すればするほど、アイドルたちは非人間であることを越えて、超人的な存在として体験される。独白が一切なく、印象的な表情とセリフだけで話が進んでいくのも、その体験をより純粋なものにしているのだろう。ジュニアアイドルという、現代の常識的な感覚からすれば、明らかに非倫理的な舞台設定も、アイドルたちの神性を強調している。
おそらく、味付けの薄い余白の多いシーンと、情緒的な味付けの濃い象徴的なシーンが交互に来る構成になっていて、個人的には、前者の薄味の部分の間の取り方が好みだった。
特に中盤、展開を進める描写ばかりで余白が無いように感じたが、終盤のバトル描写と合わせて、これが平成のベタがエンタメ映画というものだろう。