サービス開始日: 2019-01-14 (2707日目)
穏やかな日常とそこに潜在する何者かへの憧れ、スクールアイドルの衝撃、そして喪失。侑のスクールアイドルに感じたときめきが非常に活き活きと描かれているからこそ、「なんてね」と笑うはあまりに切ない。藤津亮太が新海誠のテーマ性について「存在しないものの喪失感」と言っていたが、それと近い風情があると思う。歩夢もここで言葉を躊躇い、冒頭に出たかわいい服を見て「やっぱり言った方が…」といった顔、そしてマンションの前? でやっと「二人で始めようよ」と投げ掛ける。二人の内面の動きが非常に丁寧に描かれていて素晴らしい。(しかし歩夢が突然滑らかすぎる横ステップを踏むのはちょっと面白い)
作画はどこか顔に違和感を感じる場面もあるが、重要な芝居はきっちり決めていてそんなに気にはならないか。
ビッグサイトが校舎なのは何とも不思議だが、コロナ期間中で現実には立ち入りできないのが妙なリアリティ的何かを生んでいて面白い。
大して感謝もされず倫理もない仕事をするくらいなら他人の為に命を張る呪術師をやる、という選択をしたと考えると七海の選択は何とも高潔だ。
敵が人間だったとかで戦う意味を問われる展開はよくあるが、虎杖はそこで全く立ち止まったりはしない。改造人間は常識的に言えばもう殺すしかない訳で、それは殺す。だが考え続ける。これは我々の現実への向き合い方と近しく、故に「どうしよう」で立ち止まってしまう過去の諸作品と較べてリアリティがある。
一度アドバイスはしていたが両面宿儺は伏黒に随分期待するところがあるらしい。
今回はOP前など特にダイナミックで「アニメ的」な作画が光っていたと思う。「ぬるぬる動く」というよりこういう大胆な取捨選択をした作画の方が個人的には面白い。
教師が良い人っぽくなってたのだけはちょっとどうかと思うが。
順平普通に死んじゃった。結局真人の思惑としては両面宿儺に接近する為の手立てに過ぎなかったという事か。こういう共存する類の敵は何だかんだ主人公に甘くなりがちだが、両面宿儺はきっぱり断っていて威厳がある。
課外授業も兼ねて生徒にイレイナを探させるフラン。やはりこの世界の人々は「他人を利用した者勝ち」の精神を感じさせる。
魔女の武闘派な面が示唆されてきただけに、ただ好きだから魔法を使う人々へのイレイナの感動は深みがある。去り際イレイナは珍しく感傷的になっているが、それも要するに本当に本心で今まで訪れた国の中でこの国が一番好きだという事なのだろう。平坦な様で考えてみるとなかなか味わいのある話にも思える。
第3話といい臆病な女の子が妙にかわいい。
花、なかなかの不条理系である。最後の人々は燃やした花が原因なのか?(その割に折角描写した国の人々との同一性を示す描写がなさそうに見える)だとすれば焼却処分するのは何とも迂闊だ。
瓶、意味ありげでそうでもない描写が多い様な。前半のノリで行けばニノは絶望して死んでしまいました。おわり。なんだろうが、「命令、なら…」の僅かな表情の綻びに二人の信頼関係(奴隷関係を形骸化させた蜜月)を読み取っても良い気もする。ただ別れ際の薄い影などあからさまに不穏だし、物語と同じ結末が標準解なのだろう。
室内調度や食事の描写が丁寧で実在感があって良い。
キノの旅とよく比較されているが正直枠組みが近いだけでテーマ性はかなり違う様に思う。キノではそれぞれの国の制度に焦点が当たる事が多いが、イレイナは基本的に個々の人間を見ている。というか瓶の話の様に必ずしも国が明確でないので必然的に人が中心となる。制度は「なぜこうなってしまったのか」という面白みがある一方分かってしまえばそれで終わりだが、今生きている人間はそこに現在のドラマがある。差別化の必要があるとしたら(いやどう見ても違うでしょというのが私の気持ち)そういう部分になるだろうか。
第1話の戦闘でも示唆されていたが、バトルロワイヤル方式の見習い試験といい魔法使いはかなりの武闘派であるらしい。今は平和であるにしろ魔女制度は戦時下で作られたものなのかもしれない。というか実際これくらい戦えれば近代化以前の戦争では重宝されたのだろう。
ご婦人に金貨を渡して証言を貰う場面は前回の親とフランの取引を髣髴とさせる。「地獄の沙汰も金次第」と言うのか、貨幣化が行き届いている世の中らしい。
イレイナ、物言いは偉そうだがなかなか世話焼きである。「一人じゃなければ駄目なんですよ」耳の痛い話だ。あと顔が良いまま悪い顔をするのも良い。
サヤの心理はちょっと追うのが難しい。頼み事をする為に部屋へ忍び込んで濫用した鍵を見せびらかすというのはどういう考えなんだろうか。単にお調子者というよりも、上の金銭の話も考えるとこの世界の一般人の心性としてマチズモ的な、強かに狡知を誇る習慣があるのかも知れない。
箒と杖のクラシックな魔法世界。調薬から対人戦まで魔女の技能が幅広い。
優秀にして実直な人間が報われるのは良い事だ。「魔女になって旅をしたい」といっても修行の中で「認められたい」など転化した願いを見せるのも理想化された「天才」とは違う人間らしさがある。いやイレイナの中では魔女になる事は初めから旅に出るに足ると認められる為の前提条件だったのかもしれないが。
泣き出したイレイナに真っ先に魔法を見せるフランが生粋の魔法使いという感じで良い。会いたい人というのがイレイナだったとすると最初の「ロベッタの魔女とは違いますので」の言葉にも重みがある。異国に名が轟くほどの俊英が田舎の魔女の下らないプライドに潰される事などあってはならない、と一年もの暇を得て来たのだとすれば、あまりに感嘆すべき義侠心ではないか。
領主ともあろう者の妻が別で仕事をしているのは江戸の人質みたいなものなのか、そんな大した意味はないのか? 随分リベラルな感じなので単に働きたかっただけかもしれない。
ハンバーガー、正式な作法でもバゲットは素手で食べるはずなのでそんなに行儀悪くは見えない。
シアは珍しく常識的な警戒心を持っているようだ。
これ絶対性格合わないやつじゃない? と思ったがそうでもないらしい。
家電は魔法でどうにかしているとしてもユナの食生活の水準が物凄い事になっている。現実の中世ヨーロッパなら主に砂糖のせいで莫大なコストがかかっていそうだが、まぁそれは地理的要因が大きいからこの世界ではどうにかなっているのだろう。
シュリはかわいいが大分危なっかしい様子だ。
ちゃんと死にに来る虎杖である。前回「なんで俺を助けた」の意味をよく分かっていなかったが、虎杖も両面宿儺を制御しきれない可能性があるのにということか。呪術師と言うだけあり負の感情に肯定的なのが面白い。パンダとは
公共性(要するにこの街への愛着)が芽生えたユナだが、領主を悪人と思い込み直情的になった事を後悔する。言うなれば『鋼の錬金術師』的に、最初から能力は上限だが精神的な成長を描こうという意識がはっきり表れている良い回。ただ経営の仕事を押し付ける場面などノリがあからさまでやや恥ずかしい。
「貸し」を早速治療のために使うのかと思ったがそうではなく、ユナは自力で治療を行う。単純に強いのとはまた違うレベルで条理を覆しているが、魔法として名前がなかったし今後使う事はないのだろうか。
全体的に劇的という訳ではないが、仲間の印が散っていくところなどなかなか残酷。ひよこがこの僅かな思い出を良しとして別れを受け入れるのも個人的に来るものがある(子供がそんな覚悟をしなければならない世界など間違っている)。全ての優しさが実る訳ではないが、それでもできる事をする。そう考えると見た目に反して非常に現実的であり、また強くもある。
ルリーナのリアクション芸が光る回。
土魔法の生成物は解除可能だが常時魔力を消費する訳ではないのか。
一瞬で作ったとはいえ自宅に相棒の仕事場を作るとはなかなか粋だ。