サービス開始日: 2020-08-10 (2023日目)
本日の夜実況。この回とてもよいと思う。
ひかる父のキャラ立ちに圧倒されるけどそれだけでなく、いつも一緒に居るわけでなくても家族の愛情が成立するという割と深い話。
父親が旅に出ると知りつつ満面の笑顔でその夢を応援する、ひかるの幼い頃の回想を見ると泣けてくる。こんなに聞き分けのよい子供は、物語の都合で作り出された?いや、そんなことはないと思いたいな。父と娘が濃密な時間を過ごした描写があればこそ、父の夢を応援する娘のことが受け入れられる。
ララ&ひかる爺やひかる爺&僚じい等、他にも注目したい(のちの展開にも影響する)人間関係の描写がいくつかある。
また、ユニはたまたま、ひかると家族たちのやりとりを離れた場所から見ていた。彼女はオリーフィオのことでも思い出していただろうか?
2回目がなかなか観られず、遅くなってしまった。
よかったところ箇条書き。(よかった順)
本日の夜実況は、前回から引き続き折り返しの重要展開。
キュアコスモの活躍からダークネストの復活まで、とても情報量が多い回だけど全く巻いている印象がない。
それが初回の感想だったけど、改めて観てやはり見事な収まりだなぁと思う。まるで最終回。
いつもは浮かれているw キュアスターだけど。
アイワーンを救うと言ったこの回のキュアスターはとても真剣な表情、王者の風格をも持っていた。
ただアイワーンというこの極悪人、救われる資格があるとはやはり思えないのだけど。
ユニはアイワーンを憎んでよい立場だが、アイワーン以上の巨悪を許せないと言う。
私怨に囚われてはいない。当のユニがそう言っているのだから仕方がない。その流れからの「くるくるチャージ」は最高潮。
本日の夜実況。
誰かを救いたいという熱い心は、プリキュア達もブルーキャットも変わらなかった。
ブルーキャットがキュアスターに化け、ふたりのキュアスターが対峙するシーンが印象的。石化された同胞たちを救いたいというブルーキャット、キュアスターの移し身の様な姿は「ブルーキャットもまた正義の人なのだ」という暗喩のよう。
外道の所業に全く悪びれることがないアイワーン。
のちのち許されるが、その資格がある様にはみえない。
本日の夜実況。
本放送当時、バケニャーンの正体にはまったく気付かなかった。
バケニャーン、ブルーキャット、マオが全て同一人物とは予想を上回る展開。
星の住人全員を石化。女児アニメとしてはギリギリの残虐表現。
アイワーンのこれほどの悪行にも関わらず、元を正せばただのミスである為か、アイワーン自身はまるで悪びれていない。それどころかバケニャーンへの逆恨み。普通に考えれば、アイワーンは救う価値のない屑のような悪党である。
狂気に満ちた表情。悪役としてようやくキャラが立ってきたアイワーン。
折り返しを迎えて急激に面白くなってきた。
早くも「将棋を指さない回」かと思ったら、公園のベンチでポータブル将棋での対局。
将棋馬鹿のセンパイが発明した、「祝い将棋」なる前代未聞の概念が草。
キャラが増えて少しにぎやかになった。
前回もチョイ役で出ていたけど、マキ先輩かわいい。中の人ざーさんだけどw
デレたりヘタレたりするセンパイはかわいいけど、それより根っこのところで、立ち聞きを謝る誠実さに好感。
サブタイが言っている通り、たしかにセンパイは可愛いが、今のところ風呂敷を広げられそうな話には見えない。赤尾さんはこのネタをどう料理するのか。
将棋がわかればもっと楽しめるのだろうけど、無敵囲いのダメさはなんとなくわかる。
要は、使った駒の数に見合うだけの防御力がなく、コスパがわるいということですね。
本日の夜実況。
自分は漫画家ではないけど、創作の苦しみは身につまされる。
「描きたいジャンルを描けば、それが一番面白い」と、そんな作家目線の台詞を言ってくれる編集ばかりだったらいいんだけど。
娘の為の創作が作家としてのルーツとは、姫プリの望月ゆめ先生を思い出させる、ちょっといい話。
本日の夜実況。
話のテンポはいいし、プルンスとブルーキャットの掛け合いや、宇宙ケルベロスを手懐けるシーンも楽しい。
…なんだけど、ノットレイダーではない相手にプリキュアに変身してしまうシーンがちょっと引っかかる。
こまけえことは気にするな?
ジャンプコミックス32巻収録分。
三条先生の表紙裏コメントはまさにこの回、「余の部下にならんか」について。
ドラゴンクエスト(ドラクエ1)でロトの勇者にむけた竜王の台詞、いわゆる「世界の半分をやろう」への明確なオマージュ。
自分は「ダイ大とドラクエにはそれほど深い関連はない」という持論を度々述べているけど、ここはさすがにドラクエへの強いリスペクトを感じるシーン。三条先生自身も表紙裏コメントでその様な意図を語っていて、このオマージュはほんとに素晴らしい。
かつて、ハドラーとアバンの間でも同様の会話がされているが(4話)、ハドラーがアバンへの侮辱も込めたその言葉と今回のものは少し意味が違う。大魔王は本心からダイを部下に迎えたいと思っている。人が悪意を持つという真理や、かつてバランが誘いを断れなかったことにも触れ、困ったことにとても説得力がある。
一方、大魔王バーンは、ハドラーの体に黒の核晶を埋め込んだ外道でもある。ハドラーという強者に対して改めて「敬意は変わらん」と評したが、その様な敬意と裏切りとを矛盾なく同居させられるのがこの男。桁違いの悪党、言い換えれば桁違いの屑であるのが大魔王バーンであり、仕える主としては最悪の相手だ。
ダイが迫害されても構わないと言ったのは、大魔王がどうしようもない詐欺師だからではなく、人を含めた地上の生き物全てが好きだからだという。
ダイの冒険は、ロモス王やレオナという隣人を助けるところから始まっている。最初は「勇者様」への憧れを持っていて、勇者のあり方として人助けをしていたところもあった様だから、この頃であれば「英雄という甘い幻想にしがみついていたい」という大魔王の指摘もあながち間違いではなかったかも。
しかし今は、ダイは大きな人類愛を持った太陽のような存在になっていた。
片やレオナ、大破邪呪文と契約した時に「人の神」の問いかけに答えた時の言葉。(63話)
「そんな難しいこと、急に言われても困るわ」という言い出しから紡いだその言葉は、ダイがロモス王やレオナを救ったような隣人愛の延長にあたるものと、ダイが「地上の生き物全てが好き」と言った様な人類愛と、その両方を区別せずに含んでいた様にみえる。「人の神」は、レオナが自分の「正義」を信じる意志の強さを試していた様だから、ここでレオナがどの様な正義を語るかに正解はなかったのかも知れないけど。
レオナは大魔王が言った様に「ダイに個人的好意を抱いている」一方で、「おまえを倒してこの地上を去る」とまで言うダイの気持ちも理解できてしまっていたと思う。ダイの言葉に涙まで流していたレオナを見ると、まったく切ない。
ヒムとキルバーンについて、それぞれ言いたいことがあるが回を改めて。
ヒムの「男ならこっちで来いよ、大将!」はとても良いね。
本日の夜実況は、キュアマシェリ生誕祭として。
えみるの当番回というとプリキュアになる前、9話とか15話とかを選んでしまいがちだけど、今年はあえて変身回を選んでみた。
まずは新キュアのキャラデザがすばらしい。自分が好きなのは、特にマシェリの方のデザインだけど。
えみるはルールーに「わたしの曲に詞を書いてくれませんか」と頼んだが、その曲とは、変身後に歌ったふたりの友情の曲「大好き∞無限POWER」のことだと思われる。えみるが最初にイメージしていたような、アゲアゲノリノリな良曲だ。
「良い」評価は、これらの要素に対して。
プリハートがふたつに分裂する前代未聞のご都合主義展開に、どうしても目が行ってしまう。
プリキュア達が初変身の直前に言っていた「心があふれる!」という台詞がそれぞれ好きだけど、このシーンでそれが言われたことで、せっかくの台詞が台無しになってしまっている。
42話や48話で「プリキュアになる為にプリハートは特に必要ない」ことがわかってしまうこともあり、また、物語の最後まで一切説明されない女神マザーがこの場面に登場してしまう為に、ラストを知った上で振り返ると茶番感この上ないイベントだ。
これ以降、「ふたりでひとり」的な描かれ方がされることが多いえみルーであるが。
「ひとつのプリハートでふたり同時に変身できる」ことにすれば、それは本編での扱い通りなので納得できたかもしれない。あるいは「プリキュアになる為にそもそもプリハートが必要なかった」という真相であったなら、いっそこのタイミングでそれを明かしてしまえばよかったかもしれない。(まぁ、これは冗談)
本日の朝実況。延び延びになってしまったが、キュアヤムヤム生誕祭として。
本放送からあまり日が経ってないから、感想はそれほど変わらないとして。
なごみ亭とぱんだ軒の間に、元々ご近所付き合いがあったという描写とか。
キュアヤムヤム初変身の直後、キュアスパイシーが不慣れなヤムヤムのカバーに入ったシーンとかが印象に残った。
本日の夜実況。
初見ではオークションでハッタリかますまどかにあまり良い印象を持たなかったけど、改めて観ると不敵な笑みを浮かべる意外な一面は悪くない。
「キャラ変わりすぎてない?ほんとに同じキャラなの?」と感じてしまうところはあるけど。そんな胆力があるなら、父親におびえることもないだろうに。
そういえば、その父親が回想に回想に登場した。「上に立つ人間」を自称していた父親は競売に参加するのか?
宇宙アイドル、宇宙マフィア、宇宙料理評論家等々。次々と登場する宇宙の職業に吹くw
リアタイから3日経って、ようやく2回目が観られた。
「わたし、大きくなったらパフェになる」と、幼い頃あまねは言った。
続けて聞くとそれは、人を笑顔にできるパフェのような人になりたいという意味だった。幼さゆえに舌足らずで荒唐無稽な言葉は、誓いと言ってもよいほどの真剣な言葉だった。幼い頃のこの願いが、キュアフィナーレの精神に直結している。
キュアプレシャスはいつものおばあちゃん名言からの引用に、「過去は変えられない。でも、未来はこの瞬間から作っていけるんだよ!」と付け加えた。この言葉からあまねが幼い頃の誓いを思い出すシーンに鳥肌が立った。
パフェをあえて「デザート」と呼んでいるのは、スイーツをモチーフにした過去作「キラキラ☆プリキュアアラモード」との差別化からか。プリアラのデザートは「ダイスキ」、つまりは萌えやエモーションの象徴だった様に思うけど、キュアフィナーレのパフェは「人をもてなし喜ばせる料理」という一面が強調されているのかも。
キュアフィナーレという名前、そして「食卓の最後をわたしが飾ろう」という口上。一般的な認識では「デザートは食事が終わったあとのもの」となると思うけど、あまねは「デザートこそが食卓の最後を飾る主役である」とでも言いたげだ。家業ゆえの解釈もあるだろうけど面白い。
細かいところで、ナルシストルーの「虫酸が走る」という台詞と表情もよかった。
そういえばこれほどに高潔なあまねが、どうしてジェントルーにされてしまったのだろう?ナルシストルーが持っているらしい食への憎しみや、ジェントルーの成り立ちにはブンドル団そのものの秘密が関わっていそう。そのあたりもひっくるめて、後々説明されることを希望。
少し苦言があるとすると、この回までの展開は少々拙速。スパイシーやヤムヤムの描写が少し足りていないと感じる。
放送中断による影響は少なからず受けているだろうから、変身回を遅らせた、せっかくの大胆なシリーズ構成も台無しにされた印象。
本日の夜実況。
家族のことは嫌いじゃないけど、家族の文化というか「ノリ」に少し引いてしまうえれなの弟、とうま。
そのとうまを通じて、家族とは何かが少し見えてくるといい。
あのテンション高い「ノリ」についていけない者が、家族の中にもいるということ。
また逆に、改めてその輪に入ってみれば、案外楽しめるものであるかもしれないということ。
互いの異なる価値観を受け入れた上で、家族の愛情が成立すること。これも多様性。
前作が頻繁に語っていたこの「多様性」、スタプリでの語られ方のほうがわかりやすくて好き。
とうまにそれを伝えたのがララだったのもよかった。
そういえば確かに、メンバーの中でえれな以外で一人っ子ではないのはララだけだったな。
本日の夜実況。
ドキプリ10話、まこぴーの初登校と一見よく似ているけど、まこぴーは祖国との文化の違いについてはララほど思い悩むことはなく、マイペースだった。(ドキプリ10話はむしろ、六花の嫉妬が話の中心だったこともある)
「郷に入っては云々」の精神で留学先の習慣に従いたいか、サマーン星の習慣のまま「ルン」語尾で通すか。それぞれに素敵な一面があって選ぶに足る理由があるから、どちらを選びたいかはララが決めること。ひかるが「本当のララじゃない」と言ったのは、ララが少し戸惑っていると感じたから「変える必要はない」という意味だったのだろうけど、それも含め本来はララが決めること。
カルノリも少しだけ言い方に気をつけたほうが良いのだろうけど、悪意からじゃないのは明らかだったし、安心して観ていられた。
人と異なる習慣や価値観を馬鹿にする陰湿な連中がクラスに一人もいないのは、正直に言うと「リアルじゃない」と感じる。しかしまぁそこまで描写したら、ちょっと話がぼやけてしまうか。
女子からのあだ名も「ルンちゃん」、暖かい同級生たちだなぁとつくづく。「とても良い」は少しおまけだけど、この暖かさに対して。
ジャンプコミックス31巻〜32巻にかけての収録分。
リアタイ視聴してたけど、多忙で感想まで書けなかった。以下、2回目の視聴分の感想も含む。
32巻の表紙裏コメントは三条先生。ネタバレを含むコメントなので、この話題は次回以降に。
このダイとレオナの大魔王との再戦は、全編通して屈指で好きなバトル。
まず、ダイとレオナのふたりパーティが大魔王と対峙するというシチュエーションがいい。(ゴメちゃんもいるけど、活躍したばかりなのでいまは休憩中)この場は一見ダイと大魔王の一騎打ちなんだけど、レオナが要所要所で、ダイの力を引き出す効果的な一手を打ってくる。
その「一手」のひとつとして、「ぶんなぐっちゃえ!」はとても好きな台詞。ダイが言っている様に「はしたない」言葉だけどw、今直面している問題について極力短いフレーズでそれを伝えるにはこれしかなかったのかも。
レオナがダイのことをよく解っているからこその台詞で、真面目な分析は置いておいて「ダイレオ」的な視点からも楽しめる濃密なシーンだ。
本気の大魔王もいい。予測できない未知の敵を脅威とみなして、その結果として全力を解放する。そんな合理的な一面に、大魔王の恐ろしさを感じる。(ダイ自身も知らなかった情報を教えてくれるのはご愛嬌だけどw)
一方、その大魔王の説明の中で、自分が大好きなワード「闘いの遺伝子」が遂に本編に登場。経験知の蓄積こそが竜の騎士の強さの本質であると説く。思えばバラン編でのバランにもイクサ巧者という描写が多くあり、「経験豊富な敵とやり合うのは分が悪い」ことが強く印象づけられたものだ。
ダイ大の戦闘が単純なパワーバトルに受け取られがちなところがありそうだけど、強さを支えている重要な要素として、こうした「経験」があるという描写は、連載当時は十分に新しいものだったと思う。
振り返るとRPGにおける「レベル」とは、元々D&Dで「経験レベル(experience level)」と呼ばれていた概念が省略されたという経緯のものだ。双竜紋により、ダイの経験レベルは飛躍的に向上した。まぁ、これは余談。
本日の夜実況。
撮影していた映画がとてもくだらなくて最高に面白い。くだらなさで世界を狙えるレベル。
これもこれで実にスタプリらしい回で、とてもよいと思います!
ララの「羽衣」姓がこの回から。
次回からは学校にも行くそう。こちらの文化に少しずつ馴染んでいるのもいい。
キュアミルキー生誕祭として視聴。
プリキュアとしての経験を経てたくましく成長したキュアミルキーが、祖国を救う大立ち回り。
落ちこぼれの監視員という劣等感はもうない。
ディストピア感ある描写は一見抑えられているけど、判断力も体力も衰えたララの家族たちの描写はやはりエグイ。
ララの危機に対して無実を信じるどころか、放送を通じて自首の進言すらする始末。ろくでもない家族に胸が痛むが、それでもララは大切に思っているという。
捨てる神あれば云々とはよく言ったもので、ララの本当の味方は家族ではなく、監視員としての相棒であるパーソナルAIだった。
マザーAIの指令を拒否して、むしろ逆に説得するという行動。ここまでの回では「感情をうっすらと感じさせる」という程度だったものが、行動原理が確固とした情に由来した、独立したキャラクターにまでなっている。
なんと、「キラやば☆」まで使いこなすに至った。驚きであるw
ララの成長や活躍が見られて嬉しい回だけど、アイワーンにも存在感あり。
序盤はあまりに浅慮が目立つ浅はかなキャラだったけど、復帰後はより強い狂気を感じさせるよい悪役になっている。