1期と比べるとラブコメ、というよりは純粋なロマンスに寄っていた印象。とはいえ、非ラブコメという程でもないバランスで。
終盤の展開は怒涛のクライマックスではあったと思うけれど、もう少しムードのコントロールや構成にやりようがあったのではという気がしなくもない。とはいえ、悪くはなかった。
吹っ切れまくった末にコメディなのかシリアスなのかも分からない世界観。だけど、そこには確かに冥道《メイド》の信念が通っていた。
平気でメイドたちが命をやり取りを交わすからこそ生まれる狂気の笑いと、鮮明な信条が印象的だった。まさにこんなぶっ飛んだ世界観だからこそ、表現できる描写や演出に溢れていた傑作だったと思う。
嵐子を失って吹っ切れたなごみ。闘争と復讐に駆り立てられた末に辿り着いたのは原点回帰、冥道《メイド》としてみんなを笑わせて、お客様をもてなすことだった。
だから、トントコトンに乗り込んでくるケダモノランドのメイドたちのことも、メイドとして迎え撃つ、否おもてなすのだと思う。
「和平なごみ、命をかけて歌います!」と踊る姿は、何よりも嵐子が、そして昔のうず子が目指していたメイド姿であったし、それにケダモノランドのメイドたちも魅了されていた。なごみが命を賭して貫く冥道《メイド》は間違ってなかったんだと感じさせるようだった。
でも、だからこそ、うず子はそれが受け入れられないのだと思う。あまりにも正しすぎて、闘争の果てに居場所を失い続けてきた自分を刺すようであり、かつて誤ちの末に失ってしまったメイド像を思い起こすものだから。そして、なごみにチャカを乱射し、自分もチャカに散っていった。
そして、時を経て、現在の秋葉原。今のようなメイド喫茶が栄えているのは、確かにそんな冥道を貫いたなごみの生き様を映し出した街のように見えていた。
そして、そんな止まらない流れに押されるようにして、何か思いを伝えようとする孝一と、それを遮って「私が、ちゃんと言いたい…!!」と迫り、「ぼんぼり祭りに来てほしい!」と伝えた緒花だった。
それに、そんな啖呵を切った緒花は、もう変わることを恐れていない頼もしさを携えてるようでもあった。
一方で、喜翆荘を畳むと譲らない女将が対照的に映っていた。亡き夫のスイを喜ばせるための誓いが「喜翆荘」だから、いつまでもそんな喜翆荘を続けていることはみんなを自分のわがままに巻き込むことに他ならないというのが女将の考え。みんなを羽ばたかせるためにも、喜翆荘は畳まなくちゃいけないと譲らなかった。
でも、緒花はそんな女将のことが分からない。みんな喜翆荘を離れたくないし、喜翆荘がみんなの新たな夢になっているじゃない!とオカミに言い換えす。そんな中で、特に若旦那の縁が「女将の指示がなくとも、喜翆荘は─!」と彼なりに喜翆荘を引っ張っていこうとする姿は、まさに緒花の言う新たな夢の形に見えていた。喜翆荘はもう女将の思いだけじゃなくて、みんなそれぞれの思いで動いていた。
喜翆荘を畳むという女将の決断に、これからを考える喜翆荘のみんな。巣立ちのときへ向けて、一回り大きくなりながら新たな自分へと変わっていく時なのかもしれない。
そして、緒花と孝一の関係もそれは同じなはず。だけど、「片思いを諦めない!」という決意を形した緒花には、どこか迷いも覗かせていた。「別に自分の人生は大変なものというわけでもないし、孝ちゃんのこともただの一方的な片思い…」というモノローグは、変化とは真逆の定性さを表していた。
一方で、孝一は緒花の母・皐月から、喜翆荘で働く緒花の様子を映像で見せられる。そして、そこに映るのは孝一の知らない緒花の姿、初めて見た働く緒花だった。緒花自身は自分のことを変わらないままと思っているようだけれど、孝一の目には確かに変化があったし、だからこそそこに追いつきたいという孝一の決意もあったように見えていた。
望むと望まずとに関わらず、時は流れ、変化も変化自身の方からやって来る。それは喜翆荘の終わりにとっても、緒花と孝一の関係にとっても同じ必然のことなのかもしれない。