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普通

順当な1話という感じ
勘解由小路無花果さんの名前が出るだけでバカ笑いできる



良い

最後のお役目は、神婚成立まで天の神からの攻撃を防ぐこと。そこに対して、「私の命でみんなが助かるなら怖くない…」と言う友奈も、「防人の隊長として作戦の成功だけを考えなくては…」という芽吹も共に葛藤の余地はありながらも、与えられた使命に準ずる姿を見せていた。

でも、勇者たちだけは違った。友奈と一緒に帰るために神樹様から彼女を取り戻すという理由で、この戦いに臨んでいた。そして、そこに思うのは、勇者の勇ましさとは仲間を想う勇気なのかもしれないということだった。

しかし、勇者を援護する千景砲が失敗。それは神官の言うように300年も耐え忍んできた人類の限界のようにも思えるものであったが、しかしそれも神への信仰の力に依拠したもの。人類の人類としての戦いはまだ始まっていないようにも思えるものだった。

だから、「人として生きること、みんなと共に生きることを諦めちゃいけない」という楠芽吹の言葉が印象的だった。そして、人のため神に抗うことを心に決めた今の芽吹もある意味で勇者であったと思う。それに、そんな芽吹の言葉に心を動かされ、神と一つになるのではなく、人らしく「生きたいっ…!!」と叫んだ国土亜耶の台詞。それは、まさにここからが神と人類の戦いの始まりを示す宣戦布告のように聞こえていた。



とても良い

新たに大赦から課せられたお役目は、結城友奈の「神婚」だった。「祟り」だけに終わらない友奈に背負わされた運命に、夏凛はどうしようもなくて心が折れそうになっていた。

そんなかつてのライバルを見かね、楠芽吹は「勇者なら堂々としていなさいよ!」と怒りを露わにする。しかし、夏凛は夏凛で「勇者たちだって落ち込んで苦しんで、いっぱいいっぱいになることだってあるのよ…!」と痛切に言い返す。

だけど、そんな芽吹の辛辣にも聞こえる激励と、運命に苛む勇者の友達を助けたいという思いの間で、夏凛に中に思い出されるものがあった。それは、「為せば大抵なんとか成る」という勇者五箇条の一つ。そんな「神樹様の勇者」として強いられた理由ではなく、みんなで作り上げた「勇者部の勇者」としての奮起する理由に、夏凛は立ち上がる力を貰えたように見えた。

それに、夏凛の「芽吹だから元気出た」という言葉も、「私は『芽吹たちとの選抜を勝ち抜いた勇者』であり、だから芽吹の言葉が力になるんだ」と言っているようだった。さらに、その後に続く「私も紹介したいの、私の友達を!」という芽吹に向けた言葉も、まさに夏凛が神樹様の勇者ではなく、みんなの勇者部の勇者であり、「人間の勇者」であるということを高らかに示しているようだった。



とても良い

西暦2019年7月、現れたのは6体のバーテックス。そして、迎え討つ乃木若葉と高嶋友奈の二人の勇者は、始めから出し惜しみしない全力で挑む。

圧倒的な数的不利は状況は、まるで神の前にちっぽけな人間の「生きたい」という願いなど存在しないも同然ということを示したいのだろうか、勇者たちの「切り札」もなかなか通用しない。

だけど、「勇者なんてただ辛いだけ…。だけど、そんな諦めそうな自分にこそ負けられない!」「人間だから弱さや悪に堕ちやすいけど、でも人間だから戦うんだ!」という友奈のように、人間には人間だからこその単純なロジックではない強さがある。そんな人間の複雑さは、ともすれば郡千景のように破滅を加速させてしまうこともあるけれど、そんな人間だから時に神の摂理さえ超越した力さえも発揮できるのだと思う。

そうして、友奈はバーテックスを打ち倒せた。勝利して、人類を救うことができた。だけど…、それが高嶋友奈の最期だった。普通なら死んでいるはずのボロボロの身体でも彼女が戦うことができたのは、きっと摂理を超越した人間の底力があったから。友奈の前に守るべきもの、倒すべき敵がいたからなんだと思う。だから、それを果たした今、緊張が緩んだように友奈は事切れてしまったように感じた。

それでも、まだ残るバーテックス。残された乃木若葉一人で方を付けなければいけない。とはいえ、もう仲間は一人も生き残っていない絶望の最中。それでも若葉には「みんなの魂を生かすため、みんなのことを覚えているために」という自分だけは最後まで戦って生きなければならないという使命があり、だからこの戦いを初代勇者最後の戦いとして勝利することができたのだと思う。

そんな若葉の最後の勝利も結局、人間の論理のない強さだった。特に初代勇者というのは、それまでの世界では説明のつかないバーテックスの突然の侵攻に際して結成されたということもあって、市民にも彼女たち自身にとっても「神なる戦士」というイメージが強かったように見えていた。そして、それが実際は「ただの人間の少女」である勇者たちにとって非人間的なプレッシャーとなっていて、それをきっかけに散ってしまった郡千景のような勇者もいた。

だけど、そんな重圧という逆境の中でも、なんとか初代勇者の代として世界を守りきれた。とはいえ、それも結局は神の力だけではなく、むしろ「人間の思いの力」によるものという印象が深く残った。神の無力さと不条理さ、そして人間の強さなんだと思う。



普通

なんだか思ってたほど悪くはなさそうね、cvはやみんのファザコン冒険者少女良い



良い

彼女が堕ちてしまうまでの物語か……、なぜどうして……



とても良い

使命のために正義を体現する乃木若葉のようにはなれないし、だから人々から持て囃される英雄にもなれない。それが郡千景。

彼女は勇者である前に、ただのフツーの女の子でしかない。だからこそ、勇者・乃木若葉のことが憧れであり、輝いて見えて仕方ない上、それと同時に憎くて堪らないのだと思う。

だけど、そんな千景は神樹さまから勇者の称号を剥奪されてしまい、最後には若葉を庇ってバーテックスに殺されてしまう…。そんな所詮はちっぽけな人間としてあっさり散ってしまった千景の姿は、彼女をあれだけ悩ませた「勇者」という称号は代償としての何のメリットもくれない、ただ辛いだけのものということを痛感させるもので、ひたすらにやるせなかった。

あれだけ人々が「勇者、勇者」と祭り上げたことで千景を苦しめたのなら、神様もそれ相応の力を彼女に与えてくれてもいいじゃないかと思わずにはいられない。結局は「勇者」というのもただの人間なんだ、市民をコントロールするための虚像なんだと思い至るようだった。


さらに、そんな千景亡き後、彼女が生きていた足跡を辿った若葉たちの目に入ってきたのは、生前の彼女が抱えていた孤独とやっぱり勇者の場が彼女にとって唯一の居場所だったんだという事実。

そんなことを踏まえての「みんな苦しんでる、私たちはまだ中学生なのにどうにもできないことばかり」という上里ひなたの言葉や、「私たちも一人の人間であり、辛さの中で戦っているということを分かってほしい。郡千景も勇者だった」という乃木若葉の会見は、まさに勇者の人間宣言として聴こえていた。そして、少女たちは人間のための人間の勇者なんだとつくづく、今更にして気付かされた。



良い

本格現代忍者な世界観、おもしろいな……



全体
良い
映像
良い
キャラクター
良い
ストーリー
良い
音楽
良い

次期リーダー・澤梓

いきなりエースのあんこうチームが撃破されてしまった大洗。だけど、みほを失っても大洗が崩れなかったのは、追い詰められてからの起死回生を狙う「あんこう割れ鍋作戦」を離脱した会長から引き継ぎ、さらにスナイパーのKV1追跡戦のために隊を二つに分ける英断を決めた澤ちゃんがいたからだった。

彼女は知波単戦の時にも既にそのリーダーシップの片鱗を見せてはいた。だけど、そういう力をただ持っているだけでなくて、次なる隊長として大洗チーム全員にその姿を見せたことが、今回みほというチームの支柱を失っても、変わらず戦い続けることができた要因だったように見えていた。

立ちはだかるカリスマリーダー

とはいえ、継続高校の隊長・ミカはリーダーとしてはもちろん、特に単騎でも恐ろしい粘り強さを携えているあたりに何枚も上手だと思わされるばかりだった。大洗を不意打ちでゲレンデに誘い込んで自分の得意な高速機動戦に持ち込んだり、仲間があらかた撃破されても冷静に雪崩を誘発させることで数的不利を飄々と脱したりと、ミカの熟練した手腕は圧巻だった。

そんなチームを率いながらも、同時に単騎でも強さを見せられるカリスマ性のようなものを持っていることが、やはりみほやミカのようなリーダーの条件であり、まだ澤ちゃんにはないものとして感じさせられた。

率いるのではなく、共に戦うリーダー

だけど、ゲレンデ滑走戦でフラッグ車が撃破されそうな間際に自ら壁として撃破され、「あとはお願いします!」という言葉を残す澤ちゃんも、それはそれで一つのリーダー像を示しているように思えた。だから、澤ちゃんの「健気に頑張る!」というイメージは「隊長のために!」と仲間を奮闘させて強さを引き出すリーダー像であり、それは特にミカにはない強さの資質のように思えた。



普通

とりあえず2話は見る



普通

五条悟 爆誕



良い

乃木若葉と対比される郡千景という勇者は、ただただフツーの女の子なんだと思う。

完全無欠の勇者である若葉は、ただ人類の復讐のためという教科書通りの使命を胸に、時に仲間の犠牲さえ戦いには付き物として毅然に乗り越えることができる。

だけど、千景にはそんなことできない。市民の勇者の犠牲に対する心無い反応にいちいち怒りと憎しみを募らせてしまうし、何よりも世間から勇者である自分たちが英雄として認められないことに苛立ちを抱えていた。勇者になってまでなんて小さな人間だと思えるかもしれないけれど、でもそれは人ならばフツーに抱える感情なのだと思う。

それに、千景には故郷の村で疎外され、迫害された過去があった。これがますます千景の世間への怒りを加速させて、あろうことか市民を攻撃してしまう。すると、今度は彼女の認められない心が余計に深くなり、千景を罪悪感と自己嫌悪が蝕む。

そうやって、徐々に千景の居場所は消えていく。そして、フツーの少女である千景の「本当に大切な人、私を愛してくれる人とずっと一緒にいたい」という素朴な願いすら脅かされてしまっていた。

だから、ただでさえ人類の敵・バーテックスがどうとかに信念を持たない千景にとっての本当の敵は、乃木若葉なんだと思う。世間から英雄として認められ、千景にとっての大切な存在である高嶋友奈の傍にいるという若葉は、何よりも千景の居場所をこの世界から奪うもの。千景にとって、彼女以上の敵などこの世にはないのかもしれないようにさえ思えてしまっていた。



普通

サスペンス…シュールコメディ……??なのか

とりあえず2話は見る



普通

全体的にテンションが低い!!!



良くない


良くない


とても良い

そして、今度はさらに過去の話。300年前の最初の勇者の一人・乃木若葉の残した勇者御記という記録に秘められた回想。

それは、かつてこの世界には西暦という時代があったということ。そして、そんな中に突如バーテックスが現れて、人類は四国に逃げ込むことになったということが記されていた。

そこに思うのは、大赦は外の世界という物理的な秘密だけではなく、時代という人類の記憶や魂といったものまで覆い隠していたということへの不信感だった。

そして、そんな大赦は「勇者」たちに命を賭してバーテックスから街を守らせる。さらに、その果てに、乃木若葉を「復讐のため」と仲間の死に涙も流さないような人間にしてしまったことは、人類に対する神の罪のようにしか思うことができなかった。



良い

外海へと奈恵を間引きに向かう中でバーテックスに襲撃された防人たち。芽吹が単騎でそれを引き受けようとすると、みんなが「一人で背負わなくてもいい!」と力を貸してくれた場面は、楠芽吹の弱さを浮かび上がらせていたように思う。

なまじ力が備わっている上に正義感も強い。だから、芽吹は一人で全部救える、一人で全部救わなきゃと思ってしまうのだと思う。もちろんそれは強さでもあるのだけれども、そういう隙のなさはある時一気に砕け散ってしまう弱さのようにも感じられた。



普通

まんま主人公のアタック対象が男女逆転したみたいな感じだ



良い

噂通りのグッドなおねショタだ……、転生魔王様もまんざらではなさすぎるじゃん
そして、聖剣(聖剣とは言ってない)(ただのバズーカ)

最後にセブンスアサルトガーデン……名前もそうだが、街としてあまりにも石鹸アニメすぎる、近未来魔導学園都市じゃん……



良い

お役目の真実と恐怖に一人また一人と去っていく防人の少女たちだけど、大赦からはまるで使い捨てを見越していたかのように次々と人員が補充されていく。そこに、浮かび上がるのは楠芽吹の違和感。

ただでさえ、誠実でストイックな彼女の行き着く先は、そんな大赦の不倫理を許さないということ。防人たちも勇者のように使い捨てではないと認めさせることだった。

しかし、そんな芽吹の意気込みをいなすかのようにして、大赦は国土亜耶が生贄として必要だと召し上げて、今まで外界に植えてきた神樹さまの苗も回収しなければならないと告げる。

そんな今までの努力と犠牲が全て無に帰るかのような現実は不条理ではあるが、良くも悪くもと常に目の前のことに全力な楠芽吹と符号するかのような運命にも見えていた。



良い

今回、前線に赴くのは勇者ではなく防人。2年前の勇者選抜試験で夏凛に及ばなかった勇者候補たちが、バーテックスのいなくなった外界を復興するための人員として選ばれた。

しかし、結局は勇者になれなかった者たちの性なのか、取るに足らないはずの「星屑」と呼ばれるバーテックスの素にさえ、恐怖に腰を抜かすばかり。そんな防人のリーダーとなった芽吹だけど、「車輪の下敷きにならないように」という父の言葉を背負い、ひたすらストイックに大赦のお役目に尽くす彼女には、どこか張り詰めすぎた脆さも感じるようだった。



良い

勇者たちの戦いは終わりを告げて、勇者部はその反動のように失っていた青春を取り戻す日々を送っていた。バンドやキャンプにサバゲーと、フツーの女子中学生の日常は笑顔の絶えない柔らかな時の流れの中にあった。それに、今やバーテックスとの戦いで失った友のことも良くも悪くも癒えない古傷として思い出されるものだった。

というはずだった……。再び現れた大赦の神官は束の間の平和の終わりを知らせるもので、サッーと血の気の引くような絶望感を感じさせられた。



良くない

フツーにゲームを楽しんでどうするんだよ……、視聴者も楽しませてくれよ……

しかし、最後の引きがちょっと気になったので、とりあえず2話までは引っ張る



とても良い

報われない過去に頑張り方を忘れてきてしまったカメラマンの主人公・眞賀孝哉と、楽しいだけで頑張れて次こそは行ける!と信じてレースに参加するF4レーサーたち。そんな冷めた空気と燃えるような熱のコントラストが、グッと交わる瞬間が印象的な物語の幕開けでした。

この物語でフューチャーされる小牧モータースは、中でも金のない信念と渇望だけでやってるようなもの。だから、きっとレーサーの浅雛悠の一つハンドルを切る手にも全部の思いを懸けるような集中力があって、それ故の「応援なんていらない、一人で走るんで」というツンとした発言だったのかと後から振り返ると思ったりもする。

でも、そんなに本気だからこそ、ミスってバーストしてしまった悔しさも本気のものになって、心を打たれるとかそういう前に「美しい……」「綺麗……」という感情が前に出てくるような彼の泣き姿だったように思う。



とても良い

一人で文化祭の料理の準備をしようとする民子は、もう完全に意地を張ってしまっていた。ところが、緒花たちもやってくると、なんだかんだと揉め事の発端であるオムライスをお昼に作ることに…。

そして、緒花たちみんながアイディアを出して作ったオムライスを食べてみると、民子の舌にも美味しい味。すると、それなら何とか教室の設備でも美味しくオムライスを作ってやろう!と途端に民子もやる気も出したようだった。そして、そんな民子の姿は、不可能を可能にするまさに彼女の目指すプロの料理人の姿に見えていた。

そして、これらの文化祭を巡るクラスメイトとの衝突と仲直り、恋愛、将来の夢はまさに青春の光る1ページを刻んでいた。



良い

来たる文化祭!緒花と民子のクラスは姫カフェをやることに。そして、カフェの料理班はみんなの期待を受けて、民子がリーダーとなっていた。

しかし、なんだか上手く噛み合わない料理班の打ち合わせ。民子は仕事と同じで本気で美味しい料理を作りたいという中で、学校の設備でオムライスを作りたいという要望は認められなかった。

だけど、そんな提案をしたクラスメイトにも恋心に絡んだという譲れない事情がある。でも、民子はそんなクラスメイトに「仕事と恋愛を混同するなんて最低!」と言ってしまった。自分だって徹さんが来るからとやる気を出していたにも関わらず…。

そんな民子の一生懸命は、確かに頑張ってるかもしれないけど、独りよがりの中途半端なものにも思えるようだった。そんな民子のプロ意識は、高校生らしくもなかったけれど、かといって大人というわけでもなかった。



良い

喜翆荘や外では口下手で照れ屋な菜子だけど、家では実は甲斐甲斐しく世話を焼くような明るい子で、それこそが自分らしい菜子の姿。だから、そんなギャップに菜子は自分で納得できずにいて、余計に自信のなさを募らせてしまっていた。

そして、どんなに変わろうとしても変われない自分に、菜子は女将からの給料アップという評価も自分の不甲斐なさの裏返しと捉えてしまっていた。そんな菜子はもう、自分らしさを求めるあまりに、逆に自分らしさを失ってしまっているようだった。

だから、女将の一言が菜子に響いたのだと思う。「仕事にはもっと頑張りなさいと言うために給料アップをする余裕なんてない。菜子らしい気遣いを認めているんだ」という女将の言葉は、菜子に自分らしさを改めて気づかせるものだったように聞こえていた。

それは、決して自分の家で見せるような菜子らしさとは違うけれど、喜翆荘での菜子らしさというのも確かに自分らしさ。そうして自分に自信を持つことができた後の菜子は、今まで秘められていた気遣いの魅力も、可愛さの魅力もいっそう輝き出しそうに見えていた。



良い

皐月からの電話は「あの映画の話、怪しいから受けちゃダメ!」というものだった。それを受けた女将は驚くことなく、むしろそんなもんだと分かっていたようだったけれど、喜翆荘を継ぐ若旦那・縁に任せたことだと答えは変わらなかった。

そして、案の定に映画のプロジェクトの破綻が告げられて、喜翆荘からの出資金も持ち逃げされてしまい。しかし、若旦那はそれでも後悔してないと胸を張り、女将もいつもと違って「今日は母さんでいいよ」と若旦那を労るようだった。

きっと、それは若旦那が本気だったから。結果としては勢いよく空回りしてしまったけれど、この経験を踏んだ若旦那は喜翆荘を継ぎゆく者として成長できた。チャレンジの結果は意図したようにはならなかったけれど、意図しない成果も得られた。努力は決して無駄にはならないと、そんなことを物語っているようだった。



良い

湯乃鷺に舞い込んできたのは、この温泉街で映画の撮影が行われるという話。しかも、メインの舞台は喜翆荘だという。

若旦那が今回の話をリードするわけで、すると当然女将にもお伺いを立てるのだが、いつもならこういう話をビシッと切り捨てる女将も二つ返事で快諾。喜翆荘のみんなもどこか浮かれ気味で、なんだか若旦那も妙に頼もしく見えていた。

どこか上手すぎる話に不安に思うところもないわけではない。しかし、若旦那の大学の映研の頃の夢や憧れも込められた今回の映画の話なだけに、いつもの小手先ではなく、若旦那もこの映画に本気で懸けているようだった。だから、良くも悪くも何かが起きるそんな予感は確かなもののように思えた。



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