「アンは一人になれたら泣けるに違いないと思った。あんなにも愛し、あれほど自分に尽くしてくれたマシューのためにも、一滴の涙も流すことができないとは、全く途方も無いことだった。前の日の夕方、アンと一緒に歩いたマシューは今や頑として侵し難い安らぎの色を額に浮かべながら、下の仄暗い部屋に横たわっているのだ。しかし涙は出でこなかった。涙の代わりにあの前と同じなんともいいようのない鈍い痛みのような切なさがこみ上げてきてアンを苛み続けた。」
☆☆
「わしゃなあ、アン。1ダースの男の子よりお前にいてもらう方がいいよ。いいかい、1ダースの男の子よりもだよ。エイブリー奨学金を取ったのは男の子じゃなかったろう?女の子さ。わしの女の子だよ。わしの自慢の女の子じゃないか。アンはわしの娘じゃ。」
☆
中年二人の会話が沁みる…
「お前、さっき前みたいには書けないって言ったよな?本当は書けないんじゃなくて書かないんだろ。昔とおんなじような気持ちでなきゃ書いちゃいけねえと思ってんだ。そうじゃねえと過去の自分に失望されちまう… おまえを邪魔してんのはおまえだよ。」
「私は最善を尽くしたんだし、闘う喜びっていうことの意味がわかりかけてきたような気がするわ。一生懸命やって勝つことの次に良いことは、一生懸命やって落ちることなのよ。」
「マリラ、私はちっとも変わってないわ。ただ少しハサミを入れたり枝を伸ばしただけなんだわ。本当の私はその後ろにいて、今までと全く同じなのよ。本当よ、マリラ。どこへ行こうと、どれほど外見が変わろうと、心の中ではこれから先もずっとマリラの小さなアンなのよ。マリラとマシューとこのグリーンゲイブルズの小さなアンだわ。」
☆
小さい頃読んだ漫画版では感動して、劇場版ドラえもんの中で一番好きだった作品。本来の映画版を見るのは、おそらくこれが最初だと思うが、結論から言うとがっかりだった。魔界大冒険が思いの外良かったのでハードルをあげてしまったのかもしれないが、ともかくも作りが大雑把で安っぽいという印象だった。ストーリー進行では特に後半、早送り劇のようにばんばんシーンが飛ぶし、ロボットの動作音などはあまりに安っぽくて萎える… ザンダクロスはかっこいいけれど。
それでもやっぱりストーリーの最後は感動的なSFになっていて好きだ。もう一度漫画版も読んでみたい。
追記: 魔界大冒険では散々な扱い (ほぼスカートめくられ役) だったしずかちゃんが今作では主役級の活躍をしてて喜ばしい。
「それに私はっきりわかったの。恋人とか殺人とか駆け落ちといった、たわいもない事を書いて面白がっていた時代はとっくに終わってたんだって。」
時を経る事の寂しさ。誰しもが成長し子供の無邪気さを忘れていき、誰しもが老い無理がきかなくなっていく。決して戻る事のない時。
☆
辿り着いた宇宙よりも遠い場所で見つけた母のパソコンには、報瀬があの時以来出し続けていたメールが一通も届いていなかった。そのことは、母が確かにあの時までここにいて、そしてあの時からもういないんだという事実を何よりも明らかに物語っていたんだろうな…
最終回では、貴子が最後に「きれい」といったもの見せてくれる事を期待したい…
ドラえもんの中でも雰囲気作りがしっかりした作品だなあと思う。小さい頃、漫画版を読んでドラえもんやのび太が石にされるのが恐ろしかった事を思い出した。他にも、タイムリープ的な要素もあったりとストーリーも面白いし、美代子さんはかわいいし、劇場版ドラえもんの中でも好きな作品の一つだ。