すごーい、感動!
すれ違ったときに正面から向き合うというのはすごく勇気のいることだけど大事なことだと感じた。
メンタルヘルスにいい話だ。久しぶりに胸の奥が温かくなる感覚を味わった。
in factから終始泣きっぱなしだった。このテーマをよく1話でやりきったな。
橘…………!!!
10話までで、それぞれのエピソードを通じてみんな真剣にアイドルという夢を見てるのを見てきてて、その一方でPは大人の事情をどうにもできずにごまかして接することしかできてこなくて
10話でその2つのラインが混じって、その結果、自分の力をほとんど貸さない形でファーストライブをかなえてしまって・・・
っていうのを見てきたからこそ、Pは彼女たちを子ども扱いすることができなくて
そして多分その筆頭がありすだったのかな
そのありすが今回最後に、子供も大人も本当は一緒っていう結論に達っすることで、PもU149というユニット名を受け入れることができた
発表当初はその意味について思うところはあったかもだけど、EDのホワイトボードの寄せ書き?を見ていると自分たちの名前って受け入れていて、そしておそらくPもそうなんだろう
U149というタイトルは少し考えると多分身長の事だなってわかるし今回でそれが確認されるんだけど、それは裏返すとここでの意図通りに視聴者も暗に子ども扱いというか、子供が主役だっていう色眼鏡をかけさせられていたのだなあって
多分演出意図の1割も汲み取れていないけど、エモくて考えさせられて、ここまでのストーリーの集大成(まだ最終回があるけど)という感じで、すごい良かった
第三芸能課のみんなが各々の夢を書き綴ったホワイトボードに、「思案中です」と一人書いていたのが橘ありすだった。その姿は、夢を見ることを恐れているように見えていた。
そんなありすの中には、二つのずっと思いがあった。それは「大人らしくちゃんと現実を見なきゃいけない」という思いと、「子どもっぽいかもしれないけれど、アイドルになりたい」という思い。大人になりたい子どもとして、ありすはどちらかを選ばなければいけないとアンビバレンスな内で悩んでいた。
だから、ありすは大人でもなければ、子どもでもないのだ。そして、そのどちらにもなれずにその狭間をふわふわと漂う。それ故に、ありすは子どもな第三芸能課のみんなにも相談できないし、プロデューサーや親といった大人にも相談できずにいたのだと思う。
心の中で「大人と子どもの違いってなーに?」とありすは問う。それは、どっちつかずの自分がいったい何者なのか、「大人になりたい」けど、「子どもっぽく夢を見たい」という私は何なのか?はたまた、そんなことが許されるのか?という疑問の表れだったように見えた。
そして、それに答えを与えるのならば、子どもから大人へ羽化しようとする「思春期」そのものであるというように思う。
そんなありすに、良い意味で子どもみたいな大人のプロデューサーが向き合ってくれた。大人と子どもの狭間でどうしようなく孤独で、夢と現実の間で迷っているありすに、そのどちらでも良いと教えてくれた。大人でありながら、子どもでも良いんだと。
大人も子どもも同じで、大人だって子どもみたいに夢を見ていいし、それを叶える姿は間違いなく大人である。そして、アイドルは夢をお仕事として叶える究極の存在で、それこそありすがなりたい大人で子どもらしい姿なんだと導いてくれた。
凄まじいものを見せられた
in factってさ 曲単体でも凄いパワーがあるんだけど、それに加えてすごくハイコンテクスト?な映像を見せられてドワ~~~ってなったな 語彙力無し
内容が1話と思えないぐらい濃かった 見返せば見返すほど新たな発見がありそう
仲間達と活動する事を通して、アイドルというものを楽しいと思えるようになったありすが両親としっかりと向き合いその思いを伝えてそれをちゃんと受け止めてもらえてよかったなと思った。ありすは大人びていても両親ともっと一緒にいたい気持ちももちろんある、家族3人で一緒に過ごしているシーンが描かれたEDムービーも良かった
挿入歌として流れたソロ曲のin factの意味も「実際には〜」という意味があり、歌詞の内容も踏まえて本当の事を言えずじまいだったありすの心情というものを表現していたと感じた。余談だがこの曲を7th大阪の現地ライブで聴けたのはいい思い出
一部の相手にしか呼ばれたくない名前である「ありす」という呼び名をPにも呼んでいいと言い、こうして距離の縮んだPとありす。大切な両親から授かった名前だからこそ、本当に信頼している相手にだけそう呼んでほしいという意味もあるのかなと思った
上司や取引先といった“大人”の描写、主人公が立ち向かう困難としてではなく、アイドル(とPくん)の成長描写の輪郭を持たせる要素として描かれていて良い。
ありすもプロデューサーも、大人らしくありたいという呪縛に悩んでいた。
しかし、心の景色での旅と回想、そしてプロデューサーの流す涙を通じて、ありすは子供と大人に違いなんてないことに気づく。
プロデューサーもありすにそのことを気付かされ、変わっていく。
あまりにも美しすぎる描写に感動。
次回からは一皮むけたプロデューサーが見られるかもしれない。
劇場版みたいだった
大人と子供のことで葛藤するありすちゃんとP
1話との対比がいい。
PはU149に決着をつけられるか。
ありすは大人びていて気遣い屋だが、そうしている内にそれが日常になり気持ちを言えなくなっていたんかね…本当はちゃんと話したいし、ちゃんと見て応援して欲しかったのにね
大人は泣かないというありすの固定観念を崩したPの涙
思うようにならずとも、我慢して受け入れないといけない現実にPも一杯一杯だったな
ありすパパの腕を取ってる仁奈が気になるww
うん なんというか 言語化が難しいんだけど 好きだな この回 どう言語化すればよいのか わからないけど
子供ってラベル貼らないと、初見の人間は分からないし売りにくい。大人の何が偉いんですか。
アンダーフィフティーンってのはだな!?(オタク特有の声がデカくなる結城晴さん)
一人だけ仕事も迎えもない橘ありすさん。
「大変だな!片付けとかご飯とか、自分でやってるのか?」←ここ風野灯織朝コミュってコメあってよかった
「大人は…泣かない」と止まる時計。12の文字が普通の時計で言う8の文字あたりにある。時計の12時に当たる最大値は18くらい?「大人」と呼べる年齢までの残り時間?
うわココで「in fact」入れてくるの……。。。展開から歌詞のハメ方が完璧で………。
親から直接言われていないことを勝手に汲み取れる程度に、子供は賢いんだって…。
大人が泣く姿、子供には中々見られないし、子供に見せたくないけれど、だからこそ信頼に足る言葉になる。
思い出が線で紡がれるシーンは、もう映画みたいで……。
橘ありすさんの、敬語ではない、子供としての発言が聞けるだけで。
階段の上で待つ子供だけど子供じゃないアイドルのみんなと、大人だけど大人になれないプロデューサーの構図!!!!!!1話との対比!!!!!!!!ウオオオ
市原仁奈さんがありすパパの腕掴んでたの何!?!?父NTR???
ありす・・・
1話とは思えないような密度だったわ
in factの歌詞と背景でありすの気持ちを全部表現したのスゴイでしょ
歌ってスゴイ表現力あるよねと改めて実感したわ
大人の時計はちゃんと18歳成人になってるっぽい
大人の会話、今度は飲み屋ですか・・・
大人は外面あるから素面のオープンスペースだと話合いできないんだよな・・・
屋上でありすが語りだすところの感情の押し殺し方、大人っぽい話し方、良い演技ですね
喫煙所や居酒屋と違って、屋上での会話ってなんか青春ぽさ・青臭さを感じさせるよね
なんだろ、演出とか絵の見せ方に新海監督味を感じた
水たまりを革のローファーで走るのが、ありすの感情の高ぶりを表してると思うんですよね
「お仕事と夢を見るのって全然別々のことじゃなかったんだって」おじさんにはもう眩しくてさ・・・
ユニット名、シンデレラガールズになったりしないかな・・・
大人なのに子供のように泣くプロデューサー。
誠実で、真面目な人だよなあ。
夢をあきらめてほしくない、応援したいという思い……
ありすと両親の話し合い。
素直にアイドルをやりたいと伝えたありす。
その気持ちをしっかり受け取った母と父。
なんかもらい泣きしてしまった。
ありすの決意、昇り始めた階段で投げかけた言葉。よかったな。
ソロ曲「in fact」好きなんだよなあ。
(P業はずいぶん前に廃業しました。)
子供だけを集めたユニット「U149」。そのコンセプトからやはり"子供"ということを売り出さなくちゃいけない。でもはたしてそれでいいのか?立派なアイドルたちを子供扱いしていいのか?そもそも、大人と子供の違いってなんだ?
それらの問題についに踏み込んだ回でしたね。
まずはありすの視点。両親の真面目な姿を見て、大人とはこういうもんなんだと思い込むありす。夢を追い続けていいのは子供までなんだと思い込みありす。大きくなるにつれて、甘えてはいけないんだと思い込むありす。この気持ちが、アニメーション、演技、場面転換からこれでもかってくらい伝わってきた。ありすではなく橘と呼んでくださいって言っていたのも、大人になろうとする気持ちの表れだったんだな。
親と一緒にいる時間が短くなり、甘えてはいけないという気持ちがますます強くなるありす。親に迷惑をかけてはいけないと。だからこそ、アイドルを夢見ることを親に伝えていなかったんだな。夢を見ることは子供がやること、だから甘えになってしまうと。その甘えを親に見せて嫌われたらどうしようと。ありすが逃げ出したのがちょい唐突で、その理由が最初はよく分かんなかったけど、個人的にはそのように解釈した。
ただ、そこからPの涙を見て「大人でも夢を見ていいんだ」って気持ちが切り替わる理由は正直よく分かんなかった。Pの涙から、大人でも夢に対して本気で泣けるんだと気づいたから?でもありすってPのことを大人扱いしてたっけ?何回見ても、ここだけはよく分かんないんよな。
まあでも、「in fact」のアンサーソングとも言われている「to you for me」がEDで流れた時は泣きそうになりました。ありすの気持ちの切り替えが伝わってきた
そしてプロデューサーの視点。大人の現実的な世界を今までたっぷり受け、真剣に夢見るU149たちが子供扱いされたことに腹を立てる。夢を追うことは子供なのか?と悩むプロデューサー。大人として振る舞いたいのに、その気持ちがジレンマとなる。「大人と子供の違いってなんだ?」その答えは次回出るかな?
なんかいろいろ考えてしまって感想がまとまらないけど、とりあえずこんな感じで。一話分の感想書くのに1時間もかけたの初めてかも。「in fact」の歌詞を改めて考察もしちゃった。ここまで深くのめり込めるのは、やっぱり俺ってアイマスが好きなんだなと改めて思いました。
大人の世界。演出的に悪意は出てしまうけどマーケティング的な正解を上が目指そうとするのは間違っていることではない。まあそれだけが大人ではないということで…。
ありすちゃんは年齢からすると大人びて見えるけど、その実は甘えたいし見ていてほしいし臆病というのが演出からめちゃくちゃ伝わる回。Pのキャラクターとしての個性も素晴らしい。
演出の強い意志が画面からビシビシ伝わってくる。絵コンテ・演出は「Just Because!」でも監督としてよいお仕事をされていた小林敦氏。
アバンタイトルを見ただけで、今回は力の入った特別な回であることがわかる。構図にもカット繋ぎにも工夫があり、漫然と作られたところが少しもない。「in fact」への入り方の絶妙さには、見ていて鳥肌が立った。
特に見応えがあったのは、水槽、雨、海、川、水たまり、そして涙といった、あらゆる水の様々な表現。ユニークな海の表現も良かったし、鏡のようになった水たまりもよかった。
そして、第1話のラストシーンと似たシチュエーションが形を変えて繰り返され、シリーズとして美しい螺旋を描く。第1話では一人で歩道橋を降りてきたありすが、今度はU149のみんなが作る輪の中へと歩道橋を駆け上がっていく。ドラマとしてはここで完結したと言ってもよかろう。
あとはもう彼女達のステージを見届けるだけだ。
いや、もう鳥肌立ちまくりでした。すごい。
1話ごと評価付けるとしたら2023年のアニメの中で本当に冗談抜きに最高傑作の回だった。
『劇場版アイドルマスター シンデレラガールズ U149』
24分でこれが綺麗に収まってるの嘘みたい。
ありすの両親がかなり真面目なタイプなのに、ありすはそれ以上に真面目で「しっかりしなきゃ」という責任感が強いからこその葛藤だよね……
あの両親を見て育ったら"大人"ってこういうものなのかなって思ってしまう。
そりゃ小学生だから甘えたい気持ちが絶対どこかにあるわけで……
いやもう何言えばいいか分からない。放心状態です。
ここまで丁寧に描いてきた子供の世界の描写から、大人と子供の関係、違いについて踏み込んできた。
冒頭のプロデューサーと大人たちの関係でストレスを与えてから、両親との関係を引き締めつつ昇華する良構成。
丁寧なカメラワーク、抽象世界描写、ラストシーンの1話との対比など、語るべきポイントが数多くある傑作回。