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毎クール4~10本程度のアニメを視聴。見たアニメの感想は出来るだけ書いていきたいけれど、5分枠の作品とかはあまり書かないかも

サービス開始日: 2016-03-14 (3785日目)

視聴状況

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とても良い

改めて時行の立場の危うさを強調しつつ、新たな戦い方を描くエピソードに
これまでのような命を刀で奪い合う死合ではなく、言葉戦として時行の新たな魅力、対峙した小笠原の強さを描くなんてね
それで居ながら、命が懸かっていないなどとは思わせず、小笠原の一喝によってこれも戦なのだと実感させる作りは流石
小笠原とは何度も相対している。それでも相対する度に彼の強さや魅力が描かれるし、その度に時行は成長を見せる。良い戦表現ですよ

諏訪家にとって時行の正体バレは命綱が切れると同義。重大事だけに貞宗の追求を平静の心地で切り返すは至難の業
事前のとんちきアドバイスにあるように、問答の達人・貞宗を躱すには教養と気遣いから通じる礼儀が重要。貞宗が出会い頭の一括でどちらが達者か見せつけて来たのは象徴的
時行は生まれの良さと付け焼刃でどうにか躱し続けるね。時行にとって躱すとは逃げ、これまでの戦がそうであったように時行は戦を経験して命の輝きを実感すればするほど、戦上手となっていくわけだ

時行にとって戦とは学び。であるなら、貞宗の隙の無い問答はむしろ時行に言葉の戦の切り抜け方を教えるものとなるか。問答が進めば進む程、華麗に躱す時行の言葉は美しい
時行に教えを施すのは貞宗だけではないね。亜也子の田楽は言葉の戦を音で躱す智慧を、そして郎党の貴重さを教えてくれるもの
反面、亜也子は時行に自身の運命を教えられていたというのは良いな。そのような彼女が居るから、時行も彼女に主君として相応しい在り方を学ぶ機会となる
…あと、時行はいつ亜也子に”お手付き”を教える事になるんだろうねぇ、なんて野暮な事を考えてしまったよ(笑)



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普通


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良い

シーナとミミの距離感が近付いた事で相互理解が進み、更に二人の関係性に名前が付けられた感じか。順調に仲を深めていると判るね
ミミには恐ろしい噂はありつつ、言動も見た目も何から何まで幼い女の子。だからこそシーナが近くに感じられない戦争へミミが普段の調子で向かう様が信じられない
こうなるとシーナとミミが仲を深める上で障害となるのはシーナの苦手意識。それを言葉にしてくれるアリは良い娘だね。ただ、その分、シーナが持たないミミに関するイメージもシーナの中に入ってしまったのだけど

どちらにせよシーナの中でミミの正確な印象は定まらない
ならばと頼るのは出会いのやり直しのような第一印象の焼き直しか。初めて出会った場所でお握りを用意して待っていた彼女の傍にやってきたミミ、今度はあの時と違って綺麗な姿。そこにはシーナが苦手とするミミの要素なんて欠片もない。その為か、会話も穏やかでにこやかに
自分達の関係性をルームメイトから友達に変えられた二人の様子は微笑ましい

ミミにとっては初めての友達だから、特別な初めてをしたい。そうしたワクワク感に対して日常の掃除や洗濯を示す様子にはシーナの性格が表れているね
シーナが友達としての在り方を示してくれたなら、ミミだって友達としての在り方を返したい。
シーナやフランが告げた言葉が繋がり、シーナは友達だからと特別に秘密を打ち明けたミミ。それは無邪気なミミには最も似つかわしくない真実であり、彼女が戦争において秘密兵器として扱われる事に納得できてしまう曰くでしたよ…



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良い


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良い

茉里によってララは大地に引き上げられた。だからこそ、ララはあの滋賀で何をするかを決める必要が出るのだろうけど、そのタイミングで始まるのはララを受け止めた茉里の話か
グレイスという仲介があるとはいえ、元人魚で傍迷惑なララを家に住まわせる茉里の人柄は気になるもの。今回は彼女を深堀しつつ、茉里に受け容れられてしまったララが自身の行く末をどう定めるかを描く話となったような
ララを家に住まわせる茉里、その根源にあるのは母との約束か

ぶっきらぼうなのに優しい茉里の中核にあるのは母との喧嘩であり約束か
幼い頃、母に負けた茉里は母との約束を守っている。そんな彼女はステップアップの際には母に勝つ必要があったのかな?だからボクシングを始めるお願いの際もわざわざ目を逸らしたら負けの喧嘩をした。なら、彼女にとって母が死んでしまった事、その瞬間にボクシングから目を逸らしてしまったのは取り返しようのない負けか
それ以来、脇目も振らずにボクシングに打ち込むのはそれこそ目を逸らしたら負けてしまうから
でも、それって言い換えれば目を逸らさない喧嘩の負けから目を逸らしているようなもので

試合中に長浜が発した「どこ見てんねん!」はまさしく今の茉里を象徴する言葉。彼女は目を逸らしていないつもりで何も見てなかった
ララの「嫌われてるの?」なんて、茉里がいつの間にか母に迷惑かけてた頃の嫌われ者に戻っていたと示すようなもの。それは母との約束を破っているも同じで
ボクシングを正しく見てないのに、茉里を正しく見たララの言動で目を逸らしてはいけない相手をしかと見定められた茉里の表情は良かったね

そうして茉里が何を見るべきかを定められれば、近くで彷徨うララが何を見るべきかも見てやれる。そうすればララだって自分の中にあったのに目を逸らしていた感情を吐露できる
人間が怖くて目を逸らしてしまっていたララ、人付き合いは上手くなさそうだけど目を逸らさない強さを持つ茉里。そんな二人が出会ったのは茉里の特異な感覚故か。ララを醜いと言わず、おもろいから好きだと言ってくれた茉里。トキメキを覚えたララはどうやら茉里を通して本当の愛を見出していく事になるのかな?



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とても良い

前回に続き穏やかな日常風景。本作で不穏さも明確な旅の目的も無い日々が描かれると珍しさを覚えてしまうね
でも、こうした日常をこそルディが望んだ守りたいもので。魔大陸に飛ばされて以来、常に大変だった彼が手にした穏やかな日常の尊さを改めて感じ取れるような内容だったね
皆が居て、家が在って、新たなペットも加わる。特に魔物をペットにするなんていうイベントは穏やかさの極みか。妹が隠し育てていた魔物を夫婦で許す展開は良いね
…この流れで御神体を処分すればよかったのに(笑)

現状は確かに穏やかだけれど、それは数々の困難を奇跡的に乗り越えた上で成り立つもの。だからか吸魔石の研究に気を抜けないし、ロキシーから新たな魔術を習う算段も必要となる
そんな焦りを覚えるルディに周囲の親しい者達が穏やかな日常の体現者として接してくれるのは良いね。彼らが居るからルディも余計に焦らなくて済む
だからこそ、このような穏やかな日々を崩すような異変など生じ得るのかと疑問に思い、恐れのような感覚を抱いてしまう
願わくば、夢のように幸せ日々をルディが守り続けられれば良いのだろうけど



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普通


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とても良い

ああ…、ソルコクタニは残酷に聡明な女性だね。モンゴルが生き残る為に世界を知り、子孫へ受け継がせようとする彼女は未来のモンゴル皇后としてこの上ない人物。けれど、それはモンゴルにとってのみ
彼女は『原論』がどのような積み重ねで本の形になったか、本がどのような背景で届けられたか、『原論』を読めるシタラがどのような想いでそこに居るかを想像しない
それは残酷なまでの征服者としての在り方。智識の体現者だとしても、シタラの味方となる事はなく、結局ソルコクタニもシタラの復讐相手となるか…

けど、シタラという奴隷少女一人が為せる復讐などたかが知れている。いつしか時は経ち周囲の奴隷はモンゴル生活に慣れ、チンギス・カンもシタラと無関係に死んだ
なら、世の中もシタラの想いとは無関係に進む。そこから弾き出されないようにするにはモンゴルの暮らしに馴染んだフリをしなければならない
そうなればシタラは事態に関係ない大勢の内の一人となる為にモンゴル皇帝の継承が意外な形で進んだ展開に目が惹きつけられる作りとなっていたね

チンギス・カンも聡明な人物だったのか、慣習に則った継承ではなくモンゴルを生き残らせる為の継承を行ったようで。また、父の考えを理解して自分ではなく兄が継承する事こそ正しいと捉えられたトルイも聡明と言えるか
但し、誰もが聡明になり得るわけもなく、また沢山の頭がある蛇が兄弟結束なんて考えだけで一つ頭の大蛇に成れるわけもなく
ソルコクタニの懸念もそういうものか。これはシタラの立場を考えないソルコクタニの征服者としての聡明さがシタラを信頼させているんだろうけど、この極秘任務はシタラの停滞した復讐を動かすものとなるのかな?



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良い

あまりのショックに一人になる事を望んだユル。そんな彼の下へ空気を読まず寄り添ってしまうのは動物の良い処か。流石にパグ相手じゃ怒れないもんな(笑)
ユルは村なら一人に成れたなんて嘯くけれど、村でだって一人じゃなかったと回想は示してくる。親が居なくなったと嘆くユルにダンジは傍に居ると誓った。それはツガイとして命令されたからか座敷童の優しさか。どちらにせよダンジは多くの時においてユルの傍に居たのだと信じられる。
一人になれば行き着く考え方は単純でも、一人じゃ生きていけない。そう思える内容でしたよ

一人になろうとしても、何だかんだ一人には成れない
その点はダンジにも示されるね。正体バレ、彼とてショックは受けている。だからユルに会わずに去った。そんなダンジに宇宙人ツガイが“お手伝い”との名目で傍に居るのは良いな
他方で、皆で食べる筈の鍋料理がデラを除いて食べられたのは可哀想に(笑) 一人にはしないのが鉄則だけど、一人でも平気そう奴なら問題ない…のか?

一人でも問題ないというのは人質奪還時の配置にも言えるか。左右様はユルと離れるのを不安がるが、太鼓判を押すハンターとしてのユルを信頼した形か
しかし結局ユルは攫われてしまう。それはまさしく一人にすればひょんな事から生死の境を彷徨う境遇に陥れられると示すもの。アスマによる死への誘いをユルは跳ね除けられるのかな?
また、イワン的には左右一対でユルの傍に揃っている状態は宜しくないようで左右を欠けさせてユルから離そうとする策略は通るのかな?

あと、劇中劇としてなんてシーンをテレビで流してるんだ(笑)
あの回をお茶の間で流してたら家庭が凍り付くでしょ、絶対……



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とても良い

本作は制作が自由だね。まさかの講談師スタートとは
続編1話の振り返りなんて普通は作中人物にナレーションさせるものだけど、講談として語る事で本物語が歴史に基づいていると感じさせるね
…のに続く本編が時行に鯛を食べさせたいからと奔走する逃若党の斜め上な活躍が描かれるなんて、本編も自由すぎるよ(笑)
まあ、そんな破茶滅茶な行動も実態は鎌倉奪還ルートの偵察だったというのだから抜け目が無いのか、何なのやら…
ただ、そうした望外を実現したとして、時行が最も寂しがっていた要素には誰も手が届かなかったのは印象的

時行は鎌倉で食べた鯛を懐かしむ。狐次郎達は必死の努力で鯛を届けたけど、時行が真に懐かしんでいたのは邦時と鯛を分け合って食べた日々。けど、今は鯛を独りで食べ、その前日には逃若党の面々は時行に何も告げず出掛けていた
時行は狐次郎達の献身を有難いと言うけれど、変わる日々に涙を流す彼に本当の意味では寄り添えていないような
そんな時行を更に傷付ける如く描かれるは変貌する鎌倉の様子か。支配者が変われば、土地も変わってしまうもの。それを本作はコミカルに、けれど残酷に描いていたね

鎌倉の新たな支配者として名乗り出た足利と廂番衆は反逆者を冷徹に殺し、カリスマと計算に拠って鎌倉支配を行き届かせているね
他方の京では新たな改革が行われつつ、武士にとってその改革は不都合な為に新たな改革の呼び水となっているという…。支配者の遷移はそのまま時代の変遷へと繋がり、もう後戻り出来ない変貌をこの世に顕す切っ掛けとなるのか
但し、時代の移り変わりにおいて恐ろしいのは前時代の遺児が民の不満を吸収する形で立ち上がること
逃げ上手の時行が革命の時代から逃れられるのか、それともまた別の革命を巻き起こすのか?歴史は既に結末を描き終わっているけれど、それでも時行が逃げた先に何が在るのかを期待させられる本作は本当に素晴らしい作りですよ!



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とても良い

やはりミミがあの場に居るチグハグ感を強く感じさせる作りとなっているような
シーナはミミにされた医療行為ではないキスの意味を深く考えてしまうけど、当のミミにそんな考えはないし、皆が医療行為かそういう意味でキスしているかなんて判るわけがない
シーナのドキドキは戦争へ子供を送り出す機関においては浮いている。けど、戦争へ滅多に行かない14歳クラスなんてそんなものでもあって
模擬戦を不向きな授業として重く感じるシーナと、戦争の練習として軽く捉えるミミの差はそうした環境だからこそ強く浮き出てくるね

模擬戦は練習だから命の遣り取りをするわけではない。そんな環境で誰より先に相手を倒すなんて発想は持ち難い。けど、ミミは華麗に見えつつも圧倒的な力と速さによって標的を追い詰めていくね。ミミの戦い方は誰とも違う
そんな姿を見れば、ミミが居れば自分は戦争に行かなくてもいいなんて考えるかもしれない。それが14歳クラスにおける普通
だからこそ、練習に紛れ込んでしまった本物の敵、本当の戦争への向き合い方にミミとそれ以外の差が明確に出てしまうわけだ

シーナは敵に気付かず重症、ミミは躊躇いも余計な恨みも込めず処分。機関の目的を考えればミミの方が正しいけれど、14歳クラスではミミの方が浮く
そうしたチグハグ感があっただけに、ミミが今度こそ医療行為としてのキスをシーナに施したのは印象的。ミミはシーナに正しく接した
だからか、二人は少しだけ距離が近付くね。キスをしたからではなく、繋がったから。その後も重症体験で通じ合う様子は戦争へ送り出される機関ならではの光景か
周囲から浮いているミミだけど、シーナに懐く様子は普通の女の子。でも普通の女の子は戦争へ行って敵を冷徹に殺したりなんてしないわけで
ミミの秘密をこれからどう描いていくのか楽しみですよ



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良い


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とても良い

滋賀、なんて恐ろしい場所…
という冗談はさておき、ララにとって滋賀が恐ろしい場所である事は確か。何故なら彼女は200年前の深海からやって来たのだから
彼女にとって滋賀の何かもかもが恐怖の対象、滋賀を恐れる異物・ララを受け容れれる縁となるのは限られる。変わり果てた姿であっても魔女グレイスは彼女に道を指し示す存在となり得るし、ララが地上へ無事に降り立てるように殴った茉里はララの縁となり得る存在だと判る
けど、茉里の貴重さを理解しきれないララは滋賀という地上で安全に生息できるだけの何かを持たない。だから彷徨うしかなかったのだろうね

地上という場所に拠り所を持たないララにとって家族との繋がりを示す指輪は唯一の拠り所。でも指輪は見つからない。何故なら滋賀でどう探せば良いか判らないから。おまけに故郷である筈の水中すら彼女を拒んでしまう。それはララに水中が帰る場所ではないと突き付けてくるかのよう
だからこそ、彼女を地上へと引き上げた茉里の行動は際立つ。おまけに茉里は地上にしかない温もりを与えてくれた。それは不器用でもララに新たな拠り所となり得るもの、地上での生き方のヒント
また印象的な点は、かつての王子はララの尾鰭を見て「醜い」と言ってしまったけど茉里は尾鰭を見た上で彼女を自分の家に招き入れた。その行動に秘められた王子とは違うかもしれない何かを拠り所にしてララはあの滋賀で本当の愛や皆への祝福を見つけられるのかな?



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良い

前回がルディと別れてからエリスがどう過ごしていたかの物語なら、今回は高難易度ダンジョンから生還したルディが取り戻した日常をどう過ごしているかが描かれたと言えるのかな
クリフに話したように、ルディがあの冒険で失ったものは多い。それでも今はシルフィやロキシーを娶り、ノルンやアイシャ、リーリャやゼニスと暮らせている。失ったけれど、得たものだってある。そうした新たな日々を確認するかのような仕切り直し回だったね

ルディ達は再び学業の道へ。懐かしい学友達とも再会できる。印象深いのは冒険を経てルディが変化したように、学友達にも変わった面が見えた事か。最たるものはクリフか
ミリス教徒である彼は自身の重婚に良い顔をしないだろうとルディは懸念する。実際の彼は怒りはすれど、その理由はノルンを心配してのものだし、彼に失望せず生活を扶けられる腕を授けてくれた。失った代わりに得た腕は大事な友人の名を冠する魔道具。ルディの日常が人との縁によって成り立っていると象徴するような代物ですよ
と、良い感じの日常を過ごせているのだから、あの御神体はいい加減に処分した方がいいと思うんだ。本人居るんだしさ!



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とても良い

ファーティマが殺された背景があんな下らない理由だなんてね…
強者は弱者からすれば詰まらない理由で力を振るう事がある。だからシラは強者に取り入って生き残ろうとしている。それはそれで智慧の使い方
ならシタラはどうするか?ムハンマドの教えを思い出して自分の生き方を定める彼女の表情には力とはまた違った強さがあったな
力としては弱者かもしれない。でも智識なら強者に成り得る。たった一人で強大な力に対し復讐を誓ったシタラの智慧がモンゴル帝国をどう掻き乱していくのか楽しみですよ!

覚悟を固めたとはいえ、今のシタラは全ての智識を有する訳ではない。特にモンゴルについて学ばなければならない。その中でペルシアとは異なるモンゴルの智慧に驚きを覚えられるのは彼女の知的好奇心が為せる技か
でも、智慧は水平線の如くどこまでも広がり、そして場所によっても見え方が異なるものか
長春真人の授ける智慧は正にそういうもの。日食とは天の事象であるが故に誰にとっても等しい現象であるように思えてしまう。でも、日食の際にシタラが空ではなく地面を見て智慧を得たように、日食こそどう見るかによって異なる智慧を得られる数学的な現象であると判る。まさに世界は広い、観る物は多い

シタラはそもそも不老不死について確かめたくてあの場へ参じた。他方で彼女は不老不死を得たかった訳ではないね。あくまで智識として
シタラは不老不死に一面的な見方で焦がれているわけではない。他の見方を知った上で拒んだ。それは智者の在り方
だからチンカイも智識として賢者に相応のお返しをしたのか。チンカイが言うにはモンゴル国は若い為に学ぶ事が多いという。でもきっと長春真人とて老いた身でも学びが多いのだろうと察せれる作りは良いね
ならば、若い女性でありながら『原論』を求めたソルコクタニはシタラを通してどのような学びを得て、それを力とするつもりなんだろうね?



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ハナは結局話すべきではない伝言をデラに話す事に。これは彼女が言うように、関わるつもりになったとか責任を取るつもりでいるとかよりも、ユルが自分を家族のように信頼してくれているのだから、自分も相応の信頼を返そうとした形か。でも、全てを明け透けにするのも正しいとは言えないから、まずは父親役に相談したと
ハナのこうした判断を含め、信頼の幅がテーマとなりそうな回だったな

今回登場したツガイは…あれ、なんて呼べばいいんだろう?さておき、あのツガイは当初黒服であった為にユルから警戒された。影森の関係者かと
その疑念が解けるのは自らの変装を全て外し、来歴を全て詳らかにしてから。彼らとしては相談できる相手が欲しかった、それは言い換えれば信頼できる相手が欲しいようなもの
相手に害意が無いなら、左右様も敵対行動は不要。一定の信頼を返せる、互いに信頼の幅を広げられるというわけだ

逆に狭まったのがダンジ相手か…
幼馴染のダンジにユルが疑念を抱く理由なんて皆無だった。駆けつけてくれた彼にすぐ寄り添える程に。けど、彼は自分に正体を隠したツガイであり更に偽アサの片割れか…
唯でさえ生まれ育った故郷という集団を疑わざるを得なかったユルにとって、無条件の信頼を寄せていたダンジやその母すら疑念を向けざるを得ないのは容易に整理できる状況ではない。心が闇に侵食されるのも仕方ないというもの
今のユルは信頼の幅を失った状態。ここで逆に信頼を広げようとするデラの行動はユルにどう影響するのだろうね?



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初視聴
『反逆のルルーシュ』は爆発的なヒットと成ったが、他作品は同様とは行かず。というよりルルーシュというキャラが受けすぎてしまった為に彼以外を主役としても大ヒットまで届かない本シリーズの新作。そんな中で『奪還のロゼ』第一話からは『反逆のルルーシュ』の受けた要素を盛り込みつつも、新機軸を打ち出そうとしていた印象
正体を隠して暗躍するロゼ。取り戻したいものは友人か国か精神か。強制的に相手を従わせるルルーシュと違って、相手に択を突きつけるロゼのギアスは果たして誰の願いと成り得るのか。新たな物語を見届けたいものですよ



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もはや3期だからか、初回冒頭からとんでもなくアホなノリ。浴衣呑みと風情あるイベントが企画されたかと思えばやっぱりアホなノリ。勿論終盤に至ってもアホなノリ
酒と全裸が混ざり合い、ダイビング要素なんて果たして描かれるのかと心配になってくるくらいに清々しいおバカギャグ。でも、そうしたノリが面白いのだから堪らないものですよ



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原作既読
魔法を習う機関が舞台というメルヘン設定ながら、そこでは、戦争の為に孤児が集め育てられるというのはギャップのある話。そうした環境では死が有り触れたものになるから、過剰な反応が為されない。なのに哀しむ為の葬儀は行われるチグハグ感
それはシーナにも見て取れるね。彼女はルームメイトの死の扱いに納得出来ないと感じるけど涙は流せない。また彼女の痕跡を消すかのような片付けはすんなり出来る
そうしたチグハグな状況・心情においてミミの登場はとびきりのチグハグとなり得るものだね

クラスメイトの戦死がどこか現実感あるものとして扱われないのは、遺体が無い事に加え、戦場が遠い場所だから。また、シーナがルームメイトの死をどこか嘆ききれないのはシーナがルームメイトと同じように戦場へ行ける程には強くないから
だとしたら、沢山の血を纏ってシーナの前に現れたミミは戦場の具象であり、また招集令は戦地へ赴く存在が同クラスに居るのだと皆に実感させるもの
なのに、普段のミミにはそうした血の匂いは感じさせないね。戦争も痛みも無関係かのような無邪気さを感じさせる

むしろミミは一見すると平穏の象徴に思えるね
お握りを美味しそうに食べ、質問する時は服の裾を引っ張って、フランをおっさん呼ばわりする子供さ、キスシーンを見れば興味津々
でも、そんな平和な幼稚さはあの機関では異質でちぐはぐ。特に秘密兵器なんて噂があり、機関の常識を知らない様は平穏ではない機関だからこそ浮いてしまうもの
外見と中身が一致しない。キスという恋愛行為の中に戦場の血が混ざっていたミミの在り方は戦場へ行ける程には強くないシーナにどのような感情を実感させるものとなるのだろうね



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多くの人が知る『人魚姫』の物語、それは昔のお伽噺であるが為にどこか古めかしい。そんな物語を本作はこれまた最近の画風から外れた古めかしい絵柄。故にオーソドックスで無かったり、耳馴染みの無い要素が目立っていたような
本作では対義語を巧く使っていた印象。人魚達は人間を醜いやら呪われてていると侮蔑し、自分達こそ美しいと表現する。けど、王子はララの尾鰭を見て「醜く悍ましい」と表現する。美醜の基準が人魚と人間で対立していると判る
一方で呪いの対義語と言える”祝福”は人魚として道を踏み外すララに対してしか使われていなかった点は興味深い。だからこそ、本作は本物の”祝福”を目指す物語なのだと思えたよ

ララの周囲では皆が人間を醜いと蔑み自分達こそ美しいと誇る。でも、幼いララは人魚の世界に目を輝かせたりはしないね。むしろ人間の世界を垣間見て目を輝かせる
そんな彼女が何を美しいと感じているかなんて言うまでもなく。彼女が助けた王子をどう見ていたかなんて判りきった話で
でも、人魚と人間の世界は分かたれているし、人魚は人間を侮蔑している。ララが人間に近付くには人魚を辞めるしかなく。そんな判断を果たして”勇気”と呼べるのか、与えられるものは”祝福”か?どこまで信じて良いか判らないグレイスの言葉はララに真実を見定める機会を提供する者となるね

王子に真の姿を見られた際、ララは「私って醜かったんだ」と嘆く。これは王子にそう呼ばれたとの面もあるだろうし、人間を愛してしまい人魚から外れた自分を評する言葉でもあるのかも
人魚から外れたララの”勇気”はララだけの破滅で済むと思うもの。けど一族に与えられる滅びは人魚が人間になってしまった事で得てしまった人間が持つ”呪い”なのだろうか?
だとしたら、ララは家族を助ける為に”祝福”を掴む必要があって。深海から陸…どころか空へ打ち上げられたララ、そんな彼女を助けるどころか殴っちゃった茉里。人魚と人間の出会いはこのお伽噺にどのような”祝福”を授けるのだろうね?



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