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Project-Itohが始まった時、一番不安だったのはハーモニーの映像化だった。ハーモニーのキモは「小説という媒体で描かれていること」だ。文章で語られるからこそ「etml」の設定とギミックが生きてくる。それを映像にしては、ハーモニー本来の魅力が損なわれてしまうのではないか?
そう思ったのである。
いざ見てみると、スタッフの「原作の魅力を損なわないようにする努力」が伝わってきて、そこまで悪くない映像化であると感じた。膨大なテキストの原作からうまく内容を取捨選択しつつ、根幹にある物語性は決して失われていない。
映像化としては、ある程度成功した作品と思える。

しかし、物語を2時間に詰め込んだことによる「ツケ」は確実に作品の各所に現れている。その代表が「全編にわたって多すぎる台詞」だ。
映画版「ハーモニー」は、昨今のアニメ映画としては非常に台詞が多い。SF的設定の解説は勿論、語り手であるトァンの心情描写、各キャラクターとの会話など、台詞の量がかなり多い。「説明的」に感じるほどだ。
代表例が、序盤の日本に帰国したトァンとキアンのレストランでの会話シーン。二人の会話中、ずっとアングルとカメラを変えながらレストランとその周囲の風景が流れ続ける。これらの膨大なセリフは原作既読者なら「原作のテキストが膨大なので、しょうがない」と思えるだろうが、映画版から入った人にとっては「セリフばかりで退屈」と受け取られかねない。
確かに「描写不足で視聴者の理解が追いつかない」よりは丁寧な説明があったほうが断然いいし、一種の「会話劇」として楽しめるようなシーンもあるのだが、少し「説明的」な感じは否めなかった。

Project-Itoh第一弾「屍者の帝国」と比較すると、先のように原作再現に拘った分、「一本の映画としての粗」が出てきてしまっている印象がある。屍者の帝国は映画化にあたってストーリーのメイン部分の改変や登場人物の削減などでうまく2時間に収めつつ「エンタメ方向に寄せた、もう一つの『屍者の帝国』」を作り上げた感じがあるのだが、本作は原作のエッセンスを損なわないことに注力した分、「映画『ハーモニー』にしかない魅力」というものが欠けてしまった気がしてならない。
「原作再現」というのはアニメ化において間違ったことではないし、「2時間で原作を追体験できる映画」と考えれば悪いことではないのだが「原作の映像化」以上のもの、或いは「原作にはなかった『映像化』ならではの一捻り」を期待しているとガッカリする。

しかし、もともとの出来が良いのでストーリーが破綻しているわけではないし、映画として評価できる部分も多い。
とことん有機的で病的なまでに白く彩られた日本、ヒマワリの群れや終盤のロシアの雄大な自然など、美術に関しては「屍者の帝国」もそうだったが素晴らしいし、特にディアン・ケヒト外縁の市街はよく描かれている。
作画も屍者の帝国に比べると少し汚い感はあるものの全編にわたって安定している。

総評すると、決して映画としてのデキが悪いわけではないのだが、映画化に際して一捻り入れて、初見の人にも楽しめるよう工夫しつつも原作既読者に対しても異なるアプローチを示した「屍者の帝国」と比べると、原作のトレースにこだわりすぎ、かつetmlなど重要なファクターが希薄化したことで「原作既読者向けのアニメ化」という、アニメ化によくあるパターンにハマってしまった感は否めない。



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「前編と後編のキャラクターが集まって、正体を表した巨悪を討つ」という展開は王道ながらグッとくる。
Selector勢は前作を踏まえての成長が感じられてそれだけで嬉しいし、『destructed』以降の彼女たちの日常が見れたのも良かった。何より、「『Selector』では潰し合うしかなかった彼女たちが、カーニバル打倒のために力を合わせる」というシチュエーションそのものが燃える。
そしてLostorage勢と力を合わせてのカーニバルの打倒とセレクターバトルの破壊を目指す展開は、今までの彼女たちの悲しみ、苦しみ、不和を見てきただけに格別のカタルシス。
(そしてそんな中でもブレないアキラッキー、いいと思います)
最後、夢幻を倒すために白窓の部屋に降りたピルルクをルリグたちが援護するシーンには涙腺が緩んだし、そのあとセレクターバトルから解き放たれ、日常に戻っていったルリグの描写で涙腺に追い討ちをかけられた。こういうの弱いのよ…。
清衣に主人公の座こそ譲ったものの、るう子&タマ、すず子&リルの旧主人公にもちゃんと見せ場を作っていたのもグッド。

バトルは相変わらずの淡白さではあるが、清衣の「Selector組はレベル5グロウを知っている」という設定をきっちり活かしたカーニバルへの対策はおおっ、と思った。

清衣に再びのセレクターバトルを決意させた新キャラクター・レイラはひとえ・遊月を倒した序盤こそ良かったものの、その後は若干存在感が薄味になってしまったのが、鬼頭明里氏のクレイジーな演技が素晴らしかっただけに残念。

気になったところもあるものの、シリーズの大団円には十分すぎるクオリティの一作。
アニメだけでなく、カードゲームの方にもそれなりに付き合ってきただけに感動もひとしお。



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まとめ方が雑で総集編映画としての出来は悪い。内容も「infected」「spread」からほとんど変化がなく、新鮮味に欠ける。
なんとかして90分に収めたかったのか原作で重要であった部分もバリバリカットしており、基本設定(キャラクターの設定や背景、WIXOSSというカードゲームは少女たちの間で「勝てば勝者の願いを叶える」と噂されていること、3度カードバトルに負ければ願いが「反転」することなど)の解説もおざなりだ。僕はアニメ版を見ていたからいいものの、アニメ未見者にはさっぱりな内容であることは予想に難くない。
ちより・文緒関連のエピソードはともかく、「繭」関連の話が数分のダイジェストで処理された時は思わず唖然とした。
とにかく、物語のキーポイントをガンガンすっ飛ばしているので、一つの話としてまとまりがなく、わかりにくい。泣かせたり、燃えさせたりしようとしているシーンにも、全く感情移入できない。
「カットしてまとめた」というよりは、「とにかく90分に収まるように刻んで、最低限物語の体を成すように雑に詰め込んだ」というのがしっくり来る。タイトルの「Destructed(破壊された、爆発した)」ってそういう意味だったのか?と思ってしまうくらいだ。
そのくせアニメの「カードバトルの描写は最低限」という特徴は受け継いでいるので、「ストーリーは諦めてバトルだけ楽しむ」という逃げ道もない。

新規パートは、アニメでは「敗者の定め」と言わんばかりに問答無用で消滅してしまったウリスが掘り下げられている。新規パートの出来は基本いいが、ここにも問題がある。
ウリス(in伊緒奈)は中盤で新キャラであるハナレとセレクターバトルするのだが、ここでハナレが幸であることに気づかないのはちょっと不自然。ハナレには十分幸の面影があるし、何より劇中で一衣はルリグ化したユヅキに気づいているのだ。ウリスだけハナレに気づかないのは不自然だ。せめて「ハナレに幸の面影を感じる」ぐらいの描写はあっても良かったはずだ。

ここからは「良かった探し」。
まず、新規パートの出来は前述のように安定しており、ウリスの背景が掘り下げられ、ラストで救済がなされたことは評価ポイント。るう子の原作であまり生かされなかった「かつて両親と不和があった」という伏線を拾って、冒頭の幼少期の幸との出会いに繋げたのは「そうきたか」と関心した。
また、エピローグのるう子と人間に戻ったタマとの再会、緑子・花代の元ルリグ同士の会話にもグッと来るものがあった。こういうのはアニメでもっとやって欲しかった部分で、このシーンだけは「劇場で見てよかったな」と思う。
あと、入場者特典でカードとミニ色紙がもらえたので「1800円まるまる無駄にした!」と思わずに済んだ。少し強引ではあるが「追加パートを900円で見て、ついでに900円でカードと色紙を買った」という逃道を心の中に作れた(笑)。

総合すると、「雑な総集編」これにつきる。
その内容から原作未見者には全くお勧めできないし、原作ファンも無理に見に行く必要はない。「追加パート(+劇場の視聴環境と特典カード)に1000円以上の鑑賞代を払えるか?」というのが大きな判断基準になるだろう。



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FSSの事を除けば本作は「絵が綺麗で音響にこだわっている2流アニメ」だ。
確かにこだわりは伝わってくる。永野護の思い描く世界が手書きアニメーションで動いている姿は素晴らしい。アニメーターの負担を減らすためにディテールを簡易化するなど「妥協」したデザインではなく、永野護が一切の制約なしに描いた「永野ワールド」が、CGを使わずに映像化されているというだけで価値があると言ってもいい。
音響もいい。特に、主役機であるカイゼリンの駆動シーンはカイゼリンの威容も相まって、観客を圧倒する。
永野センセイの「やりたかったこと」が、ビンビン伝わってくる。

しかし、それを除くと本作は実にだるい。前半が過ぎると物語は冗長で、眠気を誘う。逆に後半のテロリストの襲撃・カイゼリン起動以降は、唐突な展開が多くなってくる。
基本はトリハロンとベリンの旅路がメインなのだが、これがダレる。彼らは旅をして、その途中で湿っぽい話をしたり、村に立ち寄って休憩したり、安いギャグシーンをしたりするが、テロリストの襲撃シーンまで本当に「それだけ」なのだ。わかりやすいエンタメっぽさが皆無で、眠い。
その上悪役も悪役で思わせぶりなことばかり言って、結局テロリストのボルドックス2騎をけしかけただけで帰ってしまうため、魅力もないしそもそも必要性に疑問がある。何より、「敵をやっつけてめでたしめでたし」というカタルシスがない。トリハロンが倒したテロリストは結局「鉄砲玉」にすぎない。敵の正体は一応終盤に示唆されるが、それだけで終わってしまう。
そしてそのだるさとか諸々を乗り越えた果てにあるラストシーン。物語の最後は、なんと文章のダイジェストで締めくくられてしまう!「トリハロンは皇帝になりました」「○○はこの後に大成して××になりました」というダイジェストで物語が終わり、エンドロールが始まった時は唖然とした。「これからも物語は続く」という終わり方なのは理解できる。だが、それでも限度というものがある。まるで「やることやったから後はいいや」という永野センセイの本音が聞こえてくるようだ。

本作の見所といえるGTM(ロボット)の戦闘は、一瞬ながらカッコイイ。
しかし本作の花形であるはずのGTMの戦いはたったの一度きりで、わずか数分で「カイゼリンの圧勝」という形で終わってしまう。FSSを知っている身として、一瞬で終わった理由は理解できる。GTMは強大な力を持つゆえに、実際の勝負は一瞬で決してしまうということはわかるし、リアルの話をすれば、あんな線の多いロボットを長時間のアニメにしたらアニメーターが死んでしまう。
だが、事情を鑑みてもあまりにも花がなさすぎる。現実を考えるなら、多少妥協してもわかりやすい娯楽的シーンは必要だ。
これに加えて、鳴り物入りで登場しておきながら結局あの「ザ・バング」の始祖であるはずの「破烈の人形」は、戦いを遠巻きに眺めていただけで帰ってしまう!

結局まとめると、GTMは「娯楽として作られていない」のだ。
例えるなら「映像で見る永野ワールド」といった感じで、従来のアニメ映画的なカタルシスは、全くない。

本作は例えるなら「壮大な同人作品」のようなものだ。分かる人は、ものすごい楽しめる。なにものにも代えがたいベストムービーになるだろう。
だが、そうでない人にとっては単なる「キレイなだけのアニメ」になるだろう。僕にとって、GTMは後者の作品になった。FSSを読み込み、デザインズを買うぐらいハマれば、僕もGTMに100点をつけてやれたのかもしれない。



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東映アニメの、それも「プリキュアシリーズ」のスタッフがトップに立っていることもあってか、内容は基本的に王道かつライト。
特に主人公である、陸上部の伊純がわだかまりを乗り越え成長していくストーリーなどシンプル故に心に響く部分もあり、昨今の大人向けアニメとはまた違った直球の面白さがある。
約100分?の短時間で物語を進めるために用意されたであろう「現実世界の人々と心を共有する時の谷の住人『同位体』」が各キャラの心情を解説してくれるおかげで、ストーリーにおいていかれることもない。

作画は全体にハイレベル。特に黒星紅白のキャラクターデザインの再現度の高さには驚いた。
「時の谷」のビジュアルも、「ポポロクロイス物語」的なファンタジックかつファンシーな感じを出していてグッド。
数は少ないがアクションシーンもなかなか。
そしてプリキュアシリーズで培ったであろうノウハウを活かした3DCGのダンスシーンは素直にいい出来。伊純ら5人のキレのあるダンスシーンもそうだが、前半にあるポッピン族のダンスも見所。カワイイ2頭身キャラが、ちゃんと「踊っている」。これは他のダンスアニメでは見れない光景だろう。

ここからは問題点。
ストーリーは先程「シンプル」と評したが、正直に言うと「薄っぺらい」感は否めない。展開は早目でトントン進むのは良いのだが、その分一つ一つのエピソードは薄い。まるで総集編映画のようだ。
「悩みやわだかまりを抱えた5人の少女」とは言ったが、明確にそれが描かれているのは主人公の伊純だけ。他3名はなんとなく冒頭で示された以上の深さはなく、キーパーソンである沙紀に関しても引っ張っておいて、結局「同位体のルピイに全部解説させる」という浅い掘り下げで済ませてしまう。
それも「沙紀はダンスが好きだったけど、その腕前を妬まれ孤立しダンスからも背を向けてしまった」と1行で説明できるような薄さ。肩透かし感は強かった。
中盤の4人の団結もなぁなぁに済ませてしまっていて、「伊純の熱意がチームを纏めた」というシーンを作りたかったのだろうが、なんか軽い。
また、「ポッピン族(同位体)は5人の少女と心を共有している」という設定も、解説には便利だが都合良く使われている感も否めない。特にラスト、ポコンが伊純の心を本当に読めるなら、あのリアクションは変だ。

また、予告でも強調されていた「ダンス」の要素だが、これが中盤以降は浮いてくる。時の谷を支配する黒幕の居城で活躍するのは少女たちが時の谷で手に入れた特殊能力だし、ラストも黒幕との決着をつけるのはフィジカルなバトルだ。ダンスは「黒幕を倒した後の『ついで』」感がある。
極端な話、本作から「ダンス」を抜いても物語は成立する。

だが、何より気になったのは全く告知されていなかった「『次回作』への伏線」。全くのオリジナルタイトルで、いきなり次回作の構想込みというのはいささか蛮勇と言わざるをえないし、見ている側としてももやもやする。結局意味深な言葉だけ残して消えたレノとか、「いつ再登場するんだろう」と思ったら結局最後まで(時の谷においては)登場せず、その思惑も語られなかったのでひたすらモヤモヤした。
エンディング後の映像を見るに「レノの正体は『次回作』で」という構想だろう。手法は理解できるがモヤモヤは晴れない。

決してつまらなくはないのだが、ストーリーの薄っぺらさと欲張りな「次回作」への伏線のせいで素直に楽しめなかった一作。面白くなりそうな素地はあっただけに、料理の下手さが悔やまれる。



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「少年と少女のひと夏の冒険」という、エンタメ映画の王道を行く筋書きの作品。「ぼくらのウォーゲーム」「サマーウォーズ」など多くのヒット作の礎になった筋書きであり、本作はそこに「魔法」というエッセンスを加えた作品となっている。
シナリオ作りも奇をてらわない直球勝負で、同じくこの手の冒険エンタメ映画にありがちな「愛と勇気の物語」に仕上がっている。

ヨヨとタカヒロの冒険は笑いと楽しさにあふれていて見ていて楽しい。魔法の描写や細かなキャラクターの動きはufotableの本領発揮と言えるいい出来だし、決して悪い出来ではなく、監督が言ったように「子供でも見れる(いい意味で)」し、大人が見ても発見のある作品に仕上がっている。
しかし、細かい部分を見ると粗と既視感が目につく印象で、その積み重ねが個人的に得点を落とす要因になってしまった。

本作は原作こそあるものの「原作の名前を借りたオリジナルストーリー」なのだが、全体的に「原作付きTVアニメの劇場版」とでも言える作りになっていると感じた。
冒頭から物語はポンポン進み、一気に「魔の国」への現実世界の侵食、ヨヨの現実世界への転移などが矢継ぎ早に行われる。その中で本作の専門用語も次々登場し、混乱してしまう。しかもそれらに関する細かな解説は最後まで行われない。
要するに「(正確にはTV版などないが)TV版を知ってること前提で、見に来る人はファンだから説明はおざなりでも平気だよね」というアニメ映画によくある作りに似ているのだ。
テンポの良さは大事だが、本作に関してはやや飛ばしすぎている印象。もう少し説明に尺を割いても大丈夫だろうと思った。

ストーリーも王道だが、ひねりがなく伏線も弱い。ちょっと頭を働かせれば「亜紀がヨヨの絵本を知っていること」「亜紀の『ヨヨ『も』魔法使いなんだ』という台詞」から「亜紀の両親が魔の国の関係者で、物語の核心に関わってくるだろう」ということは序盤から予想できるし、ストーリーは最初から最後まで「予想の範疇」を出ることがない。
また説明不足は中盤以降も深刻で、おヨネの「12年前の魔法(現実世界へ転移する魔法陣)がまだ残っていたか」という台詞の意味や「石が暴走することでなぜ現実世界と魔の国が繋がるのか」「亜紀の父は『願いを叶える魔法をゲームに応用した』と語ったがどういうシステムだったのか」「なぜ、『利己的な願い』を望んだ人間は魔物に変わったのか」「石を守っていた謎のロボットはどこから来たのか」「ビハクの鈴が割れるとなぜ巨大に変わったのか」など、物語の核心に係る事実さえ曖昧なまま物語は突っ走っていく。
この手の話にあまり理屈を求めるのも酷だとは思うが、個人的には減点対象。この一種の「ご都合主義」的な流れを許せるかで、点数が変わってくるだろう。

クライマックスに関してはリアルタイムで見ている時は燃えたが、「『ゲーム』が物語の鍵となる」「最後は大勢の名もなき人達の『思いやりの願い』が主人公を救う」など、「サマーウォーズ」との類似点が多く、そこが気になってしまった。
また、タイトルには「ヨヨとネネ」とあるのだが、これは詐欺。活躍するのはヨヨばかりで、ネネは魔の国で水晶球とケータイ越しにヨヨやタカヒロと話をするばかり。タイトルが本当だったのは序盤の水の化物との戦いと、クライマックスだけだ。

つまらないわけではないが、個人的には所々にある粗が目についてしまい、高得点はつけられなかった。「細かいことは気にしない」タイプの人なら、もっと高得点になるかも。



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「青春の影」やTV版にあった「影」は抑えめで、夢に向かうWUGの明るい姿、I-1のセンターを追われた志保の、I-1から派生した新ユニット「ネクストストーム」での活動、志保に勝ちI-1センターの座を奪いながらも、その重圧に押しつぶされそうになりながら耐える萌歌など、WUG以外の「再起」も描いている。
この展開はTV版、そして前作「青春の影」からの総決算らしくて楽しめた。終盤、アイドルの祭典で夢に向かい頑張ってきた少女たちが一堂に会し、雌雄を決するラストは特にグッと来る。

また、TV版、前作とWUGメンバーの中では印象の薄さが否めなかった菜々美に焦点を当てたのも良かった。

しかし内容自体は申し分ないのだが、尺の短さとエピソードの詰め込みが嫌な相乗効果を起こして、一個一個のエピソードが薄味になっているのはいただけない。各エピソードは掘り下げればもっと面白くなりそうなのに、尺が短いせいで、主軸となる「WUGの『アイドルの祭典』に向けての活動」「光塚とWUGの間で気持ちが揺れる菜々美」などのエピソード以外は印象が薄くなってしまっている。
53分は濃密な内容を描き切るには短すぎるし、特にアイドルアニメの華といえるライブシーンが犠牲になってしまっているのは痛い。
ライブシーンはアニメ的にわかりやすい見所でもあるし、WUGの活動の集大成でもある。そこをぶつ切りにしてしまうのはいかがなものか。

あと、TV版からずいぶん丸くなった丹下は評価したいのだが、最後まで持ち逃げに関して何も謝らなかったことにはモヤモヤ。バーでは勝子と丹下のやりとりで「私達と同じで(WUGも)生命力が強いってことかな」となんか美談っぽく落とそうとしていたが、全然美談ではない。申し訳なく思うなら一回くらいは頭を下げろ!
それが出来ないなら「間接的に丹下の持ち逃げの原因になった勝子が罪の意識を感じてWUGに謝って…」という展開にも出来たはずだ。

作画も最後まで「汚くはないが綺麗とは言えない」微妙なクオリティから脱することはできなかった。ライブシーンを除いても「アイマス輝きの向こう側へ」「劇場版ラブライブ」など同じ劇場版アイドルアニメと比較してしまうと無視できない差が浮き彫りになる。

「青春の影」のレビューでも書いたが、本作はなにかと「山本寛」という名前だけで嫌な先入観を持たれがちだし、主流のアイドルアニメに比べると総合点では劣ることも確か。しかし決して駄作と言えるほどの低クオリティではなく、見るべきところは確かにあるし、こういう「主流から外れた『異端』」があってもいいとは思う。
だが、やはり最後まで、TV版、前作も含めて「あと一歩」感は否めなかった。面白いのだが、素直に「面白い!」と断言できるようなクオリティにはあと一歩及ばない。そんな「惜しさ」がつきまとう作品だった。
本作を最後にその活動を停止したシリーズだが、ここで終わってしまうには惜しい。是非、本作のサブタイのように「Beyond The bottom(どん底を越えて)」して、再びアイマスやアイカツなど「正道」のアイドルアニメと戦ってほしいものだ。



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友人たちと二度目の鑑賞。
展開にいちいちコメントを入れながらみんなでワイワイ見るのも、一人で映画館で見るのとはまた違った面白さがある。

二度目の鑑賞にもなると、一度目に見えてこなかったものがいろいろ見えてくる。今回も楽しめたが、前回と違って明確に気になったのが「『過程』を描くことがおろそか」ということだ。理屈よりも「こういう画を、こういうシーンを作りたい」という感情が先行しているように感じた。

例えば前半のNYでのμ'sの行動。
シーンの一つ一つは面白いのだが、後半に尺を割きたいこともあってか、「繋がり」として見ると疑問を浮かべるような部分があるし、「どうしてそのシーンに至ったのか?」という過程が飛んでいるところもある。
タイムズ・スクエアで行われる「Angelic Angel」のライブシーンはまさにそうで、ライブ自体は素晴らしいのだが、そこに至るまでがバッサリ抜けている。
(劇中の)ラブライブ運営サイドから「NYでライブをしてラブライブにハクをつけて」というお願いを受けた、という理由付けは冒頭でされているが、そこまでにあったはずの「ライブに最適な場所を探す」という過程がなかったかのように無視されている。
凛の「この街は何かアキバに似てるよね!」という言葉も凛の説明もあって理屈はわかるのだが「そんなに言うほどNYの住人と接したか?」と思ってしまう。

この「過程をすっ飛ばす」という悪癖を強く感じたのが、クライマックスのスクールアイドルを集め、アキバを貸し切っての一大ライブ。クライマックスの展開としてはこれ以上なくいいのだが、ここはよく考えなくても変だ。
まず、μ'sはスターになったとはいえ、彼女らは所詮学生にすぎないし資金力を持ってもいない。スクールアイドルの先駆けといえるA-RISEの助力があったとはいえ、アキバを丸ごと使えるほどの力は絶対に持っていないだろう。かなり非現実的なシーンになってしまっている。
アキバ一帯を貸し切るなんて、それこそラブライブ運営が目指していた「ドームでライブを開催する」よりも非現実的ではないだろうか?ドームはスケジュールを押さえれば使えるだろうが、秋葉原は生活圏で交通路もある。そこをセットの設営などで何日も潰せる、というのは無理があるだろう。
更に、劇中でも主に三年生組に「もう時間がない」と言わせているにも関わらず、「各校のスクールアイドルを集める」「アキバライブ用の新曲を作る」「ライブ用の振り付けを考え、しかもそれがライブに参加する全員に行き渡っている」「ステージを作り上げる」という作業が全て完了しているのもご都合主義感がある。μ'sとA-RISEの会話を聞く限り衣装はありあわせで間に合わせたようだが、それでもこれだけのことを短期間にこなしたなら、「殺人的」という形容すら生ぬるい超過酷スケジュールになってしまうだろう。

「最高」だの「最悪」だの同じラブライバーの中でも賛否が割れる一作ではあるが、個人的には「そこまで持ち上げられる作品でも、貶められるような作品でもない」というのが素直な感想。
ただ、僕のような理屈重視(笑)で作品を見る人にはちょっとモヤッとするところはあるかもしれない。こういう理屈を「些事」と割り切れるような人であれば、もっと評価は上がるかも。



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