サービス開始日: 2020-08-10 (2024日目)
2回目なので、以下、雑多なことだけ箇条書きで。(特にまとまりはない)
多分、次回以降は円盤で。
本日の夜実況。
いちかのやわらかな表情、良作画と思いました。
井野真理恵さんが直々に作監しているだけはある。井野さん作監の回は、なんとこの最終回だけ!
ラストシーンで登場した、ノワールとルミエルに似た子供たちは転生した本人たちとのこと。
ルミエルがノワールの求愛を拒絶したのが、物語のそもそもの始まりだけど。ルミエルは「ノワールのことが好きか嫌いか」にだけ答えればよかったところ、「プリキュアとしての使命が云々」などと、変なところで真面目なことを言い出したのがいけなかった。話がスケールアップして、ふたりとも光だか闇だか小難しいことを色々言ってたけど。
「好きなんでしょう?」といういちかの問いかけは、元々はそんな簡単な話で、他のことは割とどうでも良かったでしょう?とでも言いたげ。そんな、とんちの利いたオチでもある。
前回の感想とあまり変わらないので、以降は割愛。
ジャンプコミックス31巻収録分。
ラーハルトが大魔宮に「推参」したのは、サブタイ通りにバランの遺言からだったとわかった。
「ディーノを私だと思って、助けてやってはくれまいか」とは、ラーハルトが知っていたバランのものとは異なる主張。だからバランは、一見真逆なこの願いを「命じた」のではなく、ラーハルトの意志に委ねた。
かつてバランは、「いまさら生き方を変えられん …大人とはそういうものだ」と言った。(32話)
自分が犯した罪への精算に前向きなクロコダインやヒュンケルに比べると(特にクロコダイン)、この台詞はいかにも「ダメな大人」の主張であると自分は感じる。だがその一方で、裏ではこんな一手も打っていた。自分の生き方は変えられないが、ディーノの力にはなってやりたいという矛盾を抱えて。
この出来事が時系列上いつの行動だったかにもよるけど(原作でも特に明言されていない)、不器用なバランの精いっぱいの誠実さと感じた。
ラーハルトもラーハルトで、融通の利かないところがある堅物。そのラーハルトが、バランに改めて「息子」と呼ばれたことに涙を流していた。
まったくよく似た「親子」である。ダイとは義兄弟といったところか。本来の意味でも仁侠的な意味でも。
とてもよいシーンだが、ひとつだけ言いたいことがある。
バランはガルダンディーとボラホーンが、少しでもディーノの役に立てると思っていたのか?
この連中がイイ奴であったかの様な回想もあって、吹き出してしまったw
もうひとつの見どころは、ダイとレオナのシーン。
「いっしょに戦ってくれ!!! 同じ危険な目にあうなら…おれといっしょにっ!!!」
ダイがそれを狙ったわけではないだろうが、ダイと常に共にありたいと思っていたレオナに対して、これ以上の言葉はきっとない。まさしくクリティカルヒット。
レオナがデルムリン島での最初の冒険を思い出すのが胸熱。
ふたりとも、あの頃とは立場が変わりすぎた。大魔王の手で消滅させられそうな地上は、今や彼らの双肩にかかっている。
レオナが言う様に再び同じメンバーで、ダイが望むような楽しい冒険ができるといい。
そうだな、「破邪の洞窟」の深層なら、今のふたりのレベルでも十分な手応えがあるのでは?
振り返り。
Cパートで3人娘が話題にしていた、烏丸師匠が苦戦しているシーンを確認したかったこともあり。
終始余裕だったようにみえた烏丸師匠も、問題のシーンでは確かに額に汗を浮かべている。
弟子たちのフォローを受けて苦境を凌ぎ切ったあと、振り返って満面の笑みを浮かべる烏丸がとてもよい。
烏丸萌え。(って、最近は言わなそうだけどw
初見ではそこまでではなかったけど、改めて観たらとても良かった。
前回ラスト。師匠の破門宣言の通り、弟子たちそれぞれの独り立ちが描かれるのかと思えば、元の鞘に収まってしまったw
玲美が「リセットしたかった」と言ったけど、その言葉の通りにそれぞれ新しいことに挑戦してほしかった…とは思う。
サブタイの通り3人は既に、資格を持ったC級ヒーラー。
堂々と治療行為を行っていた、機内での治療シーンは頼もしい画づらだった。
その流れのまま、FULLサイズの絢爛なOP曲がED。グッドです。
合宿という非日常の経験が、歌を豊かにしたこと?
自分の弱さを受け入れ、メンタルがより強固になったこと?
互いに腹を割って本音をぶつけあって、互いの良さを吸収したこと?
さなぎが殻を破るのに必要だった要素は、どれだったのだろうね。
もちろんサブタイがその正解なんだろうけど、ちょっと腑に落ちない。
次回は最終回だが、解決編であることを願うw
互いに言いあっているシーンでは、亜弓さんとマヤが泥にまみれる取っ組み合いシーンを思い出してしまった。
まぁ、自分がガラスの仮面を語るのはおこがましいけど。
本日の夜実況。
様々な姿を持つエリシオが最終決戦に選んだのは、ノワールとルミエルが悪魔合体したかのような姿。善と悪を併せ持った管理者…であるかのようにも見えるがそんな事はなく、ふたりとも人間的な葛藤を持っていたただの普通の人。大好きや大嫌いを持ったただの「人」。
エリシオの心は実際には無ではなかったから、エリシオは自分が望むような管理者にはなれなかった。たとえ「管理者になりたい」という様な抽象的な望みであったとしても、何かを望むことそれ自体が「心を持っていた」ということなのだろうな。
スイーツがエンプティフードであるとひまりが言ったのは、33話だったか。劇中でいちかが言う「大好き」なしには存在し得ないもの。
でもそれを言ったらこの世界では、人も妖精も何かを「大好き」と思う気持ち故に存在しており、言わばエンプティフード同様の希薄な存在だった。「大好き」を奪われた全ての人間や妖精があやうく消滅しようという状況で、それを覆したのはやはりプリキュア自身が生み出した「大好き」だった。
まったく、スイーツから始まったこの物語に壮大なオチがついてしまった。プリアラの「大好き」はスタプリの「イマジネーション」と大体同じ?
救いようのないチンピラ、悪人だったはずのグレイブが善人ヅラしていたw
本日の夜実況。
本放送当時は「ペコリン、おまえが何とかしろw」と無茶振りする実況を好んだ。ペコリンに望みを託したのはホイップだったが、とはいえペコリンがこの状況を本当に「何とかしてしまった」ことに驚いたものだ。
ペコリンが守り続けたドーナツのキラキラルから、初回を思わせるクリーム爆発。フレプリとは異なる形で、ドーナツが終盤のキーアイテムになっているのが熱い。
ただ、未熟なペコリンを救う形で、キラキラルがトリガーとなる奇跡がその後も複数回起きたり。
一旦はゴミ箱に捨てられた全員分のスイーツパクトが(集積所とはいえ)都合よくゴミ山の中に埋もれていたり。
ご都合主義を感じる展開が、ちょっと多いなぁ…とも感じた。
「仲間がいればこそ職人として高みを目指せる」という心に響くメッセージもあるけど、そんな事よりとにかく楽しい一本。EDの「トレビアンサンブル!!」最高。パリの人に怒られそうなオチww
悠木碧の好演怪演。ゲストキャラのクックが当て書きとしか思えない。(実際はどうだか知らない)当時、「せっかくプリキュアを好きになってくれたのだから、プリキュアを目指してほしい」と思ったものだ。
本日の夜実況。
ノワールの妙に人間的なところが好きだ。要するに小悪党なんだが、悪い意味ではなく。
そして小悪党だから、部下にも足元をすくわれる。「とても良い」は、このノワール様に対して。
「わたしだけにスイーツをつくれ!」という求愛は名台詞。ネタとしても汎用性高い。(とかいうと怒られそう)
ノワールを救うとホイップは言ったが、それは結局、どうやってもルミエルにしか出来ないことだ。現役プリキュアたちに出来るのはせいぜい、ノワールをなだめてお帰り頂くことだけという、消化試合のような展開。ここに来ての下克上は必然だったのかもしれない。
本放送当時、エリシオがスイーツノートを焼いた43話の胸糞展開に強い苛立ちを感じたが、2周目ぐらいからは終盤の展開を楽しめる様になった。
本日の夜実況。
ちょっと面倒くさいキャラだったゆかりさんが、こんなにも柔和な姉キャラになり、成長したなと思う。
日常パートは良エピソードだが、戦闘にはノルマ感が強く脈絡がない。
坪田さん、このあたりをうまく処理できればHUGももっと良いものになっただろうに。
日付変わっちゃったけど、本日の夜実況。
突発的に観たくなる回。みのりが出る回は大体良回だけど、この回では言わば主役だけあって特に良い。
みのりが本当に生き生きしていて、「二人のお姉ちゃん」それぞれが大好きなのがよく伝わってくる。
有名すぎる「8話」に埋もれて省みられることの少ない不遇の回だけど、無印8話にも決して劣らない良回。
殺伐としたサブタイやイントロとはうらはらに、ハートフルな回だった。
10話に何が起きていたのかという真相。つまり、最後の「はかれない」が回収された。
過度に「意識高い」わけでもない、程々に前向きなオチは粋だと思った。
そうそう、このぐらいでいいんだよ。
桃ちゃんは最後のネタ、あはれ大噴火とあはれジェニックで締め。
水瀬さんもざーさんも、他の皆さんもお疲れさまでしたw
阿波連さん、ふつうにかわいい格好をするとかわいいのに。
いつも奇行に走りがちな阿波連さんのかわいい私服がやっと見られた。
それはまぎれもなく「デート」だったが、言われるまで気付いていなかったのが可笑しい。
次回死闘必至か。
そういえば「はかれない」キャラは、阿波連さんではなく大城さんになっていた気がする。
ここね推しの自分にとって、待ち望んだ単独当番回。
印象的な笑顔がたくさんあり、この子は本当に表情豊かになったなと感じた。やらかしはご愛嬌。
ここねに足りなかったものを教えてくれたのが、家族同然の轟さん。ささやかな気付きだけど、ここねの成長を確かに感じた良回だった。
出来る執事と言っても、セバスチャンはやりすぎでギャグになってしまう。(実際なってたw)実際に居そうなちょうど良いぐらいに有能な大人、それが轟さん。密かな趣味が飯テロ投稿という、お茶目なところもあり。
本編の台詞や「ソロもぐ」というハンドルからもわかる様に、「食を楽しむ」本質により近いのはむしろ独食であるという。そこにネガティブな描写がなかったのが新しいと感じた。
本日の夜実況。
あまり回数を見ていない回だけど、今回改めて良回と認識した。
いちかの勉強を教えるシーンが、いちかの母親の写真を見ることにつながっていて。
Aパート、いちかの「おかあさんはヒーロー」という言葉へ同意するシーンが、きちんとBパートにつながっている。
あきらの医師という夢。
初めはみくの為だったかも知れないけど、医療そのものが夢になったことに説得力がある。
「医師はヒーロー、いちかママは格好良い」あきらはそう思っただろうか。
いいじゃないか形から入ったって、それで人の役に立てるなら。
ジャンプコミックス、30〜31巻の収録分。
31巻の表紙裏コメントは稲田先生。週刊連載の忙しさから、本とかレーザーディスク(時代を感じるw)を積みがちという話。
この回はサブタイ通り、レオナが「すべての戦いを勇者のためにせよ」と命じる回。大破邪呪文同様、レオナ最大の見せ場のひとつ。
アバンがレオナの魂の力が「正義」であると見抜き、後任者を任せられるほど信頼することができたのは、レオナが「フローラに選ばれた人だから」という理由もあるのだろうな。
もっとも、フローラが自分の輝聖石をレオナに与えた時は逆に、「アバンならきっとこの人を選んだであろうと、私が確信できる人」と言っていたけれども。
山岡直子さんが総作画監督であるという情報が放送前から公表されてたが、レオナの作画には強い意気込みを感じた。
山岡さんは、自分の推しキュアのひとりである、キュアグレースのキャラデザをされた方でもある。この方のディレクションによると思われるレオナは本当に美麗だった。
アバンとの会話に関する、レオナの回想。
レオナ「同じ生命を賭けて戦うなら『勇者のために』!!」
アバン 「!?」
レオナ 「ですね!!」
特にこのレオナ。満面の笑顔は見とれてしまうほどすばらしい。
原作ではこれほど印象的なシーンとして描かれておらず、まさに作画と演出の賜物だ。
このレオナの回想の中に、(少しややこしいけど)アバンの回想がある。
かつてロカ・レイラ・マトリフが、身を挺してアバンを先に進ませた時のこと。この3人に、原作になかった台詞が加えられているのも良い。
スピンオフ「勇者アバン 獄炎の魔王」もあり、連載当時よりも先代パーティのキャラ掘り下げが進んでいる。ここでは「獄炎」でのキャラ解釈が逆輸入されているのではないか?
レオナの見せ場だけじゃなく、戦闘シーンも見ごたえある。
ポップ・マァム vs ミストバーン。いつもは自分で作戦を考えるポップが、この場ではマァムに意見を尋ねているのが可笑しい。
ミストバーンは「ロン・ベルク級の相手ならいざ知らず」と2人を見下したが、特にマァムは、実際にはロン・ベルクにも劣らないであろう実力を隠し持っているはず。この話はいずれ改めてするけど、「私たちをなめると痛い目に遭うわよ」というマァムの台詞が、その「実力」を指していると感じてしまうのは考えすぎか?
ポップのイオ連射からの閃華裂光拳にかけての目まぐるしい展開。
イオ連射は大魔王が好む戦法でもあり、それをミストバーンにお返ししている展開にニヤリとする。
マァムが立てた作戦通りの、閃華裂光拳までのシナリオは完璧で(いつもながら、みかこしのシャウトも素晴らしい)、それだけにこの一撃が効かなかったのは痛恨だ。閃華裂光拳には、もっと活躍の機会があると良かったのだが。
本日の夜実況。
ゲスト登場の「ゆり」「かなこ」コンビのキャラデザがすばらしい。(一度プリキュアを演じて後のシリーズで別キャラでゲスト出演したのは、今のところはかなこ役の宮本佳那子さんだけ)こんなとびきりスペシャルな要素があるのに、今から苦言を言わなければいけないのは心苦しいが。
スイーツノートはひまりが登場した頃から持っていた、キャラクターデザイン(性格なども含めた広義のキャラクターデザイン)の中核にあったアイテム。立花先生が言っていた様に、ノートはひまりの叡知そのもの。知性派キャラであるひまりにとっては、それは「ひまりそのもの」と言っても言いすぎではない。
スイーツノートを失ってひまりが得たものは自信、要するにアイデンティティか。自分は28話がとても好きなのだけど、あの時とよく似た葛藤を今回もう一度繰り返しているのは茶番と感じるし、また、今回ひまりが得た自信もすぐに忘れられてしまう気がする。「スイーツノートを失う」などという大イベント、脚本の観点からは切り札のようなプロットのはず。その引き換えにひまりが今回得たものが何だかとてもふわふわしていて、どうにも安すぎると感じる。
また、ひまりにとっての「孤独」がネガティブに描かれているのも気に入らない。
趣味とは本質的には無価値で、なんの付加価値もない故にそれ自体に価値があるもの。趣味(スイーツの科学)を極めることと、人とつながれることはそれぞれが素晴らしいことだけど、全く異なる別の価値でしょう?
これらの異質なものをレッツらまぜまぜして、スイーツの科学そのものに興味を持っていたはずのひまりに「スイーツで人とつながれる」と言わせてしまっていることに違和感。大げさに言えば、オタク気質への否定とも感じられる。
立花先生とひまりの、その後の関係が描かれていたシーンはとてもよかった。
田村奈央さんのご出産記念にて視聴。
いつもなら出産や育児に関係した当番回を観るのだけど、キュアマシェリにその様な回はないのでw
よく見なくてもびっくりするほど雑なんだけどw、それを補うほどのパワーにあふれた回。
本日の夜実況。
この回も繰り返し観ていたら好きになった。
あおいの誕生日によく観ている回らしく、感想はあまり変わらないとして。
悩みを打ち明けられて、むしろケツをたたくミサキさんは鬼だと思った。これが実にいいw
28話であおいは心の弱さから闇落ちしたけど、ミサキさんと甘い関係ではないからこそ強くなれたのではないか。
本日の朝実況。みなみ最後の当番回、前後編の後編。
クリスマス回は「クリスマス台無し回」になりがちというプリキュアのジンクスがあるが、この回はそうでもないw
最後の当番回にふさわしく、みなみが自分の意志で進路を決めたのが素晴らしい。
海洋学者という新しい夢は、海洋開発という家業とも関連が深く、みなみが言うほど親不孝ではないだろう。
この歳になると、あすか先生にも感情移入してしまう。
「野生のイルカと友達」とは奇跡のよう。みなみとティナは互いの個体識別ができ、その上での「友達」であるわけで。そんな、中学生ながらとんでもない資質をもったみなみと、一緒に仕事をしたいと思った気持ちはわかる。
自分たちは似ているとみなみに言った、あすか先生。(36話)一緒に仕事をしようという誘いを一度は断ったみなみが、振り返って門戸を叩いてくれた。どんな気持ちだっただろう。
本日の夜実況。
プリアラで一番好きな回。通称、姉弟デレデレ回である。頻繁に観ているから、感想は特に変わらないとして。
元々敵側でも同僚だった、ジュリオとビブリーがスタッフとして対面しているシーンが可笑しい。
街のパティシエたちがぶち切れていた時の、ビブリーが機転が良かった。常に悪態をついてるけど、気は利くんだよね。