#キュアハート生誕祭 として視聴。
昨年もこの回を観ていたようだった。
キュアハートのイズムを観るなら、日常回よりも節目の回がいい。
大貝町の人々がジコチュー化しなかったAパートは、「ドキドキ」とは即ち愛だったというタイトル回収にあたる。
その愛を胸にしたキュアハートが、レジーナが対峙。レジーナの目は青く、レジーナ「本人」との対話であったことが印象づけられる。
マナとの友情も、父親であるキングジコチューへの感情も、等しく「愛」であったことを認め受け入れたレジーナ。
意外なことに今回の脚本はシリーズ構成氏ご本人ではないが、シリーズ全体が持つ大事なメッセージが損なうことなく伝わってくる。
「どこにでもいる、オカルトマニアの女の子!」のっけから吹いた。
オカルトマニアの女の子はどこにでもいないw
そうそう、変なあだ名をつけると、相手は傷つくかもしれないね。
対象層に合った、身近ないい話。継続。
#キュアサマー生誕祭 として。
重要回ではないがいつも以上にまなつの表情が豊かで、まなつの様々な一面を知ることができる回。
この回大好きだけど、先月観たばかりだから感想はそうそう変わらないなw
「あ…あなた。なんか変だけど、けっこう良いやつね」
とエルダが言う。そうだね。
本日の夜実況。
ローラが見つけたまなつとの思い出は、記憶を奪われることがどれほど悲しいことであるか、このことに説得力を持たせている。
女王を大いに尊敬していて後継者になることを目標にしていたローラが、記憶を奪われていた件ばかりはさすがに食ってかかった。何故そんなことをする必要があったかについては、未だ女王からは断片的にしか語られていない。
この話はシリーズの核心なのでまだ続く。ローラはとりあえず怒っていい。
かたや、まなつ。
「いま一番大事なこと」をする理由、会った人に最初に名前を尋ねる理由が遂に明かされた。
涙なしには観られないところ。
それにしても「永遠のあとまわし」って、まんま、すごくダメなやつのフレーズだよなw
本日の夜実況。
「本作には根っからの悪人は登場しない」という評をよく見かけるけど、この回のトリオを観てもそう思うのだろうか?
トリオのキャラがブレているのか、意図通りの描写なのかは分からない。しかし、このどす黒い悪意を観ていると気分が悪くなる。
「記憶を吸い出す装置」、グランオーシャンにそんなものが何故必要なのか。
王国の暗部が暴かれる?という引きは興味深い。
本日の夜実況。通称「やらかし回」。
まなつは皆の意見も聞き、もっと慎重に行動しないといけないのか。
いやいや、猪突猛進っぷりがまなつの持ち味だから今のままで良いのか。
良いところも悪いところも全てひっくるめて、良くも悪くもこれがまなつなのだという話か。
改めて観るとちょっと分かりにくかった。
最後にやる気パワーが戻った理屈はよくわからなくて、微妙にご都合主義な感じ。
アクアポットからやる気パワーをふりかけるシーン、「え、これでいいんだ?」って感じで面白かったけどw
相変わらず八重森は苦手。身近に居ても好きになれない子だが。
いつの間にか理解者になり、見返りもなく手伝ってくれるようになってた。
上げてきた成果物は、本来なら料金が発生して当然のもの。ちょっと見直した。
水原にあれこれ口出ししていたシーンはちょっと引いたけど。
本日の夜実況。
プリキュア達の立ち位置を俯瞰する、ちょっと重要な回だったのかも。
ローラの夢に、まなつは「ずっと友達で居ること」と付け加えた。
他愛のない願いのようだが。のちのち意味を持ってくるなと、周回した今は感じる。
まほプリの「ずっと仲良しでいたい」と願った、終盤には大きな意味を持っていたあの「魔法」の様に。
キュアパルフェ生誕祭として。
キュアパルフェが実質的な主人公である劇場版を視聴。
キュアパルフェというキャラクターには、弟をデレデレに溺愛する姉としての一面と、「天才パティシエ」という肩書きを持つプロフェッショナルな一面がある。この劇場版は後者、キュアパルフェの職人としての一面にスポットを当てたエピソード。
大筋ではシエルのパティシエとしての在り方を真面目に伝えている一方で、表現自体はギャグであるという、まさに成り立っているのが奇跡のような怪作。
「シ・エ・ル!シ・エ・ル!」のシーンで熱く燃えろ。
本日の夜実況。
ハトプリ勢を本編に出さなければいけないという無茶振りが、きっとあったのだと思う。
HUGでこの手のコラボを散々見せられてからは、正直「TV本編でのコラボは感心しないなぁ」と感じる様になって。
この33話そのものが、こうした大人の事情による無茶振りをかわす為の回だったとすれば、スタッフのとんちを感じる。
本編に出しゃばらない形でハトプリ勢が登場しているのは悪くない。
注目すべきはやはり、「トロピカれ!新しい技!」なのか。
技を繰り出す時の映像がバンクやこの回からの使い回しばかりで、作画コストを節約しまくってたのがメタに面白かった。
まぁ、秋映画連動回にあれこれ言うのは野暮かなw 評価はなし。
本日のエア番組実況。
#岩田光央生誕祭 としても視聴している、妖魔司教の有能さが光る回。
のちにハドラーは、ザボエラの独断行動を咎めてザボエラを牢に入れるのだが。
この回での出来事を思い出していた自分は、「恩人のはずのザボエラに対して、お前は何様のつもりなのか?」と感じていた。
ハドラー個人の利益に反するというだけで、魔王軍の軍団長として、ザボエラに非があるわけでもなさそうだったのに。
この回は、ゴメちゃんと以前以上に親密になっているポップがいいなと思っていて。
あと、クロコダインの「こんな凄まじい爆発が起きたのに、俺たちは寝入っていたのか!」という台詞は面白過ぎて、何度聞いても吹き出してしまうw
るかが和也のことを、正論でぐいぐい締め上げている時が、この作品では最高に面白い。
思う存分やっちゃっていいよ。
新キャラ、こーゆう人はちょっと苦手。
本日の夜実況は、さんごの誕生日に観たばかりの、さんごを代表する当番回。
だから、感想はそうそう変わるわけもないんだが。
コニーさんが風船を膨らませるシーンはベタな精神論。
豪速球の根性アピールは合理的とは思えないけど、それがさんごの自信や、ひいては成長にもつながっている。これはまぁアリかも。
この風船をはじめ、他にもランウェイ疾走とか、劇中出てきた要素が不足なくうまく消化された「上手い」脚本と感じる。
ところでさんごママは、モデルが心がけるべき「かわいい」を娘に伝授した。
なんか既視感あると思ったら、それはにこにーのアイドル論(「笑顔にさせる仕事なの!」)だったかもしれないw
本日の朝実況。気楽に観られる回として選択。
一部始終を見ていたラテが、とてもよい仕事をしている。レアなお叱りシーン。
このあと「喧嘩のあとに互いに謝ることのほうが大事」という筋に持っていきたかったのだろうけど。
のどかはいい子過ぎるから、喧嘩両成敗の理屈が全く成り立たない。例えば意地悪とか、のどかは謝らないといけないようなことは絶対にしないし、スタンプ集めに付き合っている時なんてもう、逆に人が良過ぎて泣けてくるぐらい。
そこで、最後にラビリンに対して何について謝ったかというと、「分かってあげられなくてごめん」というこの歳にして一段上の立場。
のどかっちは女神なのか!
本日の夜実況。
あすかが受ける悪意や理不尽に胸糞悪くなる。
ヌメリーの作戦も悪意に満ちていて、これまた気分悪い。全体的に鬱々としてる。
あすかの為に必要な回だから、この回単体ではなんとも言えないが。後味がとても悪いのは確か。
「まくらを届けにきた」真相とくるるんオチにかろうじて救われている気がする。村山さんもそう思ってこのオチを入れたのかな。
本日の夜実況は、突発的にスイプリ。
山岡直子さんの作監もあって、頭身の高いスイプリのキャラデザが映える。
音吉のアコへのデレデレっぷりや、奏太のアコへのイケメンっぷりを観るつもりだったが、いま改めて観るとピーちゃんの正体がわかる展開のほうが強く印象に残ってしまうな。
ピーちゃんが後から来たアコにすがる、ピーちゃんの狡猾さが描かれているシーン。
アコが音吉とピーちゃんのどちらかを選ばなければいけない状況で、「おじいちゃんは嘘をついたことがないから」と音吉を選ぶ展開は良い。
傘を持った音吉が迎えに来るアバンの回想が、まさか「ピーちゃんの正体」などという重要展開につながっていたとはw
この実況は、寿美菜子さんのご結婚記念として。おめでとうございます。
キュアダイヤモンドを代表する当番回として、これを選択。
ツッコミどころ多くて楽しい、イラりつのシーンばかりに目が行く。「天使のようなひとだ」など、記憶喪失イーラの台詞が最高に面白い。記憶を失っていたからこそ、本当は六花を可愛いと思っている、イーラの本音が透けて見える。
だが、この回はイラりつだけではなく、自己評価が低めな(超優等生なのに!)六花の自分探しにこそ注目したい。キュアエースに揺さぶられてもブレることがなかった、自分なりの正義を見つけたキュアダイヤモンドが凛々しく美しい。
夕日に照らされたイーラが包帯を解くラストシーンが、妙に格好いい。ここはタナカリオンの良演出。
包帯は六花が巻いたものである為、それが飛び去っていったことは、六花とイーラの甘い日々が終わったことを象徴しているかな。
でもこの回以降、六花とイーラの関係に変化があるのがとても良い。
本日の夜実況。
りんちゃん似の副会長は現会長の劣化コピーで、会長として魅力を感じない。
ローラは確かに問題あるかも知れないけど、この副会長よりは魅力ある会長になれただろう。
こんな無個性なキャラにローラが負けたのはちょっと納得できないなぁ。
風紀委員長は演説でも風紀の話しかしてなくて、安定のひどさだった。
薫と弥彦のキャラがよく描かれていた。特に弥彦。
侮辱された両親の名誉を、自分の力では守れなかったことへの無力感。動機としての説得力を感じた。
首が天井にめり込んで、ぶらんぶらんしてた用心棒に草生えるw
味わい深い表情のチンピラが他にも多く登場したが、憶えておく価値は特にないとして。
#沖佳苗生誕祭 として。
もしおもちゃ達が心を持っていたら?一緒に遊ばなくなった子供たちに、おもちゃ達が憎しみを持ったとしたら?
「おもちゃ」の定義を広げていけば、「同じおもちゃで遊び続けられるわけではない」とは、むしろ実は大人にこそ言えること。ある意味、大人にこそ刺さる今作のお題なのでは?…とも感じる。
うさぴょんが言った様に、たとえ遊ばなくなったからと言って、決してそのおもちゃを大事にしていないわけではない。よい思い出がもしあれば、おもちゃ達もその思い出を共有してくれていると願いたいものだ。
中盤には、プリキュアたちそれぞれに合った見せ場がある。
ラブの見せ場は、カンフー人形と試合うシーン。少林寺木人拳を思い出してしまうな。「コバルトの地平線、燃え尽きるまで」である。
本日の夜実況は、自分が考えるトロプリ最高の回。
神作画にも色々あるが、この回の特徴は躍動感あふれるアクション。これぞアニメーションの神髄といった感じ。
各回にあまりエピソードを詰め込まない、分かりやすい脚本が信条のトロプリ。
節目の回だけあって重要な伏線が多くあるが、説明的な台詞で溢れてしまうこともなく、目まぐるしいアクションを思う存分楽しめる。
「プリキュアのアクションって、こんなに格好良かったのか」と、誰もが再認識するはず。
本日のエア番組実況。
大迫力の戦闘シーンも見どころだけど、今日の話はサブタイ通りに「父との決別」について。
「今更生き方は変えられん。大人とはそういうものだ」は話題になることが多い台詞であり、改めて自分の考えをまとめておく。
バランとよく似た立場の、かつての同僚たち(「大人」たちと言っても良いが)を見ていきたい。
たとえばクロコダインは、「オレは男の価値というのは、どれだけ過去へのこだわりを捨てられるかで決まると思っている」と言った。なんという優等生回答、ワニキは良識ある大人だ。
かたやヒュンケルは、レオナに「あなたには残された人生のすべてを、アバンの使徒として生きることを命じます」と言われた。ヒュンケルは死んで詫びるつもりだった様だから、レオナに命を救われたと思っているかもしれない。この誓いは当然守られている。
彼らに比べると「今更生き方は変えられん」は、いかにもダメな大人の台詞だ。自分の価値観を柔軟に変えられないやつは、実際に社会でもダメな大人と言われるだろう?甘えるな。
人は誰しもバランのような頑固さを持っているだろうから、自分もその「ダメさ」に共感は持たないこともないが、「名言」はちょっと違うだろうと思ってて。
バランは怒りで冷静ではなかったにしても、つまりは「力ずくで止めてみろ」と言ったのだろう?それは大魔王が好む強者理論と何も変わらない。
部下全員にこの戦いに参加させ、その圧倒的な戦力差にも関わらず戦いでは引き分けた。自分に有利なルールでゲームを始めたにも関わらずだから、勝負の上では負けと言っていい。
かような大人に贈るべき、もっとも相応しい言葉はなんだろう?
そう、「わからずや!」だ。おれも全く同感だよw
本日の夜実況。
自分のこのシーズンでの推し、キュアパパイアの重要な当番回。
文化祭での活躍も含めたトロピカる部での活動は、みのりんが表現者として一皮むける為に必要なこと。
再起というゴールにむけて構成上意味のあるステップになっており、慣れないルージュをひき、自分を奮起させているシーンはそれを象徴している。
4話や15話で、みのりんの再起を一番応援した理解者はローラだったと言った。
この回も、ローラのお節介が心地よい。
熱い共闘を期待するも、マジンガーZの活躍のほうが多く消化不良なところはある。
兜に「何故戦うのか」と問われた不動は、人の心の美しさを訴えた。
自分は悪魔だが、愛する人の為に戦うのであると。
自分は人を憎んだ漫画版のデビルマンよりも、人を愛したアニメ版のデビルマンが好きだ。
たとえ機械獣に苦戦していても、そんな誇り高いデビルマンが観られたことには満足した。