挑むに当たり欠けていたのは何だったのか、挑んだ末に欠けたものは何だったのか
長い旅の目的であるゼニスを前に表出したのはパウロとルディの違い。それはどちらも何かが欠けている為に生じる差異
けれど、あの激闘を最後まで見た時、パウロは欠けてはいけないものは全く欠けていなかったのだと思い知らされたよ……
生死不明のゼニスを目撃してからのパウロとルディの心情は真反対
パウロはみっともなく取り乱しているが、ルディは逆に落ち着きすぎている。パウロは冷静さが欠けていて、ルディは親愛が欠けている
でも人は一つの要素だけで語れるものじゃなく。パウロは情の厚さに満ちている。だから落ち着けば仲間への感謝や親としての覚悟を示せる
パウロが言った「死んでも母さんを助けろ」は確かに親の台詞ではない。けれど、戦いの終盤を見れば全く逆の覚悟も持っていた事が判る
パウロは死のリスクを負っても息子を助けた、そして助かった息子を見て笑みを浮かべた
駄目な父親だと嘆く彼は確かに色々欠けていたかもしれないが、親として持つべきものを全て満ちていたのだと判る…
似た事はリーリャにも言えるのかな
彼女は冒険に着いていく事は出来ないしアイシャ妊娠の経緯も倫理的に宜しく無い部分はあった。けれど、アイシャを守り育てたし、パウロの死を知った直後に嘆くよりルディを抱きしめる事を選んだ。彼女も親として満ちているのだと判る
なら、息子として様々が欠けているルディは親としての全てが欠けてしまったゼニスをどう親に戻してやるのだろうね…
全国進出が確定し部としての進路は定まったというのに久美子の進路は未定のままなのは意外な印象
定まらないものは他にも。またもや事態を仄めかす真由、久美子との関係に不安を覚える麗奈
けど、それは定まっていないように見えて、実は定まっているのではないかと思えた面白い回でしたよ
定まらないようで居て、それこそが最も良い形というのは滝や緑の発言に垣間見えるね
毎年メンバーが変わる学校の吹奏楽は楽団として定まっていない。けれど、教育現場という人を積み上げる場所においては最も正しい
渦中の生徒にとっても今の毎日は不定形で不安。でも、未来に至る種蒔きであるならば最も正しい形
ならば、これまでずっと揺らいでいるように思えた真由の辞退発言も実は定まった形、信念に基づいた発言なのかもしれないと思えたよ
あれは気遣いが抜けきらないようで居て、己がその場にいる許しを部の長に求める我儘な発言だったのかもしれない
ならば別の我儘を持つ久美子と組み合う筈もない。二人は根本から対立している
久美子の進路はずっと定まらないまま。あれだけ大勢の助言を受けながらも未定というのも珍しい
でも、眼の前に有る形に定める事が久美子にとっては間違いかもしれなくて
みぞれの発言やこの回で久美子が定めたであろう方針は6話での梓の発言に通じる要素があるね
久美子にとって我儘な『感覚』こそもっとも正しい形
最も定まらない形をしているのは人の心
久美子が多くの助言を必要としたのも、滝が顧問に不安があったのも、真由が久美子に絡み続けるのも、麗奈が久美子との関係に弱気になるのも。全ては心が揺らぎ続けるから
その中で久美子は麗奈との関係は不変であると定めた。それこそが彼女の絶対法則
だとしたら、次のオーディションに向け定まったであろう彼女の心はどのような選択をさせるのだろうね……
あと、話の本筋とは全く関係ないのだけど、おめかしの方向性が真逆なのに仲が良い夏紀と優子の様子には身悶えしてしまったよ
あれ、めっちゃ尊いんですけど……!
相性最悪の巨大怪獣を前に限界を超えても戦い続ける保科の姿には驚かされた
そこには諦めを勧める言葉に反発する中で培った根性があるのだろうけど、それ以上に防衛隊員として守る為には引くなど許されないのだと彼の誇りが見えたよ
保科の誇りが独り善がりにならないのは偏にミナの存在が有ってこそ
保科に不得手が有るようにミナにも不得手が有る。それは向き不向きでなく、守る為に求められる役割・能力の話。だからミナの到達は保科の勝ちになる
そして続々到着する隊員が己の役目を果たす事で防衛隊全体の勝ちへと繋がるわけだ
でも、彼らは所詮人でしか無くて。10号の奥の手は怪獣の能力の具現
それに匹敵するのは人間でない役割・能力を持つカフカしか居なくて
人々を守る防衛隊を守る為に自らを顧みず危険に身を曝してみせたカフカの侠気には感動を覚える
そんな彼に向けなければならない銃口の哀しさが際立つラストでしたよ…
こういう話を見る度に主要キャラにお金持ちが居る作品は避暑行事等に無茶苦茶が出来て便利だなぁなんて思ってしまう
まあ、見方を変えれば特殊に過ぎる家庭環境に生きるひすいは他者との隔絶が存在する人物と言える訳で。それだけにオカ研の集いで友人達と境無く遊べたのは良かったのかな
特にひすいにとって最も壁がある対象は男性で。それは蔓深家が森太郎の登場に驚愕した点から察せられる話
一緒に海で遊んで名前で呼ばれるようになって、最後は小さな境を隔て混浴。壁が有った筈の象徴である男性の森太郎に、勇気を出して異なる環境に飛び込み多くを手にしたと嬉しそうに語る彼女の姿は心温まるものでしたよ
アニメとは絵にどれだけ嘘を含ませられるかが勝負だと、そんな事を勝手に考えている私にとって本作はとんでもない大ホラ吹きだと良い意味で捉えられる作品に思えたよ
現実離れした演出や表現が随所に見られるのだけど、そもそもが人に似ているけれど全く異なる力を持つウマ娘が主題という時点で現実に反していて。誰もが判っている事実を劇中に持ち込ませない為の仕掛けとして、現実離れした演出表現はとても効いているように思えましたよ
特にアグネスタキオンが新次元に至る際の演出や各レース終盤における競り合い表現等は思わず鳥肌が立ってしまったほど
ウマ娘としての本能、走らずにいられない衝動
ただ走るだけなら何処でも何時でも出来る。だからレースタイトルを目指して走るなら別の衝動が必要になる
ジャングルポケットが最初に抱いたのはフジキセキの走りから着想した最強への憧れ。それは自分がそのような立場になると云うだけでなく、強者への焦がれも含ませるからレースに負けても気持ちの良い走りを表現させる。前向きな衝動を伴う走りはそのまま彼女の強みとなり、彼女がどんどん強者へと登り詰めていく様子には納得しか無い
また、ダンツフレームやマンハッタンカフェ等もそれぞれの衝動を伴ってポケットと競り合っている。そういうった関係からは彼女らが良いライバルになっていると言える
ここに全く別の衝動を伴う形で現れたのがアグネスタキオンとなる訳か。走りへの本能を自覚的な彼女は未知の可能性に執着しレース結果よりも自身の走りがどこまで到達できるか探っているかのよう
その意味ではタキオンは誰とも競っていない。自らが辿り着けるかもしれない未だ存在しない走りの探求を衝動としている。それは競い合う相手にすれば堪ったものではないね。特にあのような形でレースから遠ざかられたら
タキオンという仮想の走りを追求した輝きはレース場に残された者にとっても幻を見させるものになったようで
タキオンの引退は観客にタキオンの走りをもっと見たかったと思わせる。タキオンの不在はポケットやダンツに行き場のない競争心をもたげさせる。面白いのはタキオンがレースに居ない現実はタキオン自身にも不満足を覚えさせた点か
タキオンのあまりに早すぎる走りは残された者にとって追い抜けない幻想。本来のレースはライバルや自分自身に勝つ事に拠って栄光を手にするのに、現存しない可能性と競っていては辿り着くべき境地も判らなくなる
そこでフジキセキが仮復帰の形でポケットを導く展開はとても良かったなぁ。思えばポケットにとって初期衝動の塊でありながら入学時点では引退していたフジキセキは存在しない強者のようなものだった。それでも近くに居て導いてくれるから良い先輩となった
けれども、それでは不定形の憧れでしかなくて。だからこそ形有る実感として初期衝動を再確認する為には彼女との並走がポケットには必要となったのだろうね
見えないものとばかり競っていては衝動の楽しさなんて味わえない。見える相手とこそ競り合いたい
それはきっと誰にとっても同じ話。ポケットが気持ち良い走りで最強を目指し続けるから彼女と競り合うカフェやダンツにも良い影響を与えて、タナベトレーナーが指導するウマ娘達にも良い走りを齎す
それはきっとレースから離れてしまったタキオンに関しても同じ話で
実現できなかったが道を開いた可能性で満足出来た筈だったタキオンがポケットというライバルの存在により再び走り出す描写には感動してしまったよ
本作は『ROAD TO THE TOP』からの流れが濃い作品、それだけにあの作品にて素晴らしいレースを繰り広げてくれたウマ娘達の新たな姿を見られたのは嬉しい限り
中でもあの作品にて最も印象的だったテイエムオペラオーが世紀末覇王として君臨している姿には興奮を覚えてしまったり。まあ、その一方でナリタトップロードがオペラオーに敵わない姿には寂しさも覚えてしまったのだけど
いわば前作の強者が新作でボスとして存在する形。それは言い換えてしまえば旧時代の覇者なんて表現出来るのかもしれない
本映画ではタキオンが可能性の追求により新次元を示してみせた。そしてポケットがタキオンを乗り越える形で新時代の扉をノックした。なら次に訪れるのは時代の移り変わり
本映画では時代変化を感じさせる描写が幾つも有った
そもそもポケットがフジキセキという前世代に憧れて最強を目指したのがそうだし、タキオンという時代を作ったウマ娘がレース場を去ったのも時代の移り変わりの一端。他にも別時代のウマ娘が画面に所狭しと映り、時には状況と関連の有るウマ娘の言動が描かれるのは時代の流れを感じさせるものが有った
でも、当初のポケットは時代の移り変わりを拒む側だったような。だからタキオンの不在に耐えられず、走らないフジキセキの助言も効かなかった
それが変わったのがフジキセキの仮復帰で。過ぎ去った時代の者が再び時代に挑もうとする在り方は新たな時代を開こうとするポケットを勇気付けるものになる。見えない壁によって先へ進めなかった彼女に壁なんて無いのだと思わせる力となる
そうした諸々を感じ取れたからこそ、ポケットが時代に取り残されそうなタキオンの前で世紀末覇王を打ち砕くクライマックスには感動してしまったよ。加えて走りへの本能を取り戻したタキオンがレースに復帰するというラストも良かったな
まさに新時代の扉が開かれたわけだ
本映画は力加減を間違えたような弩級映像が随所に見られるのだけど、それら全てはポケット達が目指す最強へと通じる迫力へと繋がっているように感じられて、伝わってくる熱量にこちらの脳まで焼かれそうでしたよ
非常に満足出来る内容に感無量といった所
仁菜は家族と一定の和解を見た。桃香はこのバンドでやっていくつもりだし、すばるも遂に祖母にバンド活動を伝えた。智の問題もいずれ解決出来そう。ルパも良い顔をしている
何も後腐れはない、正しい方向へ進んでいる、素晴らしいライブも出来た。なのに違和感を捨てきれないのは何故だろうね?
存在証明を示すステージは今の彼女らにとって破格のものに
かつて対立した人やら先輩にも認められ全てが好調。それもこれも彼女らが藻掻いて藻掻いて反抗して成果だね
負けるもんかという叫びが彼女らのバンド音楽の骨格を為している。その感性がトゲナシだけでなくダイダスにも宿っていたのは驚き
ダイダスは桃香や仁菜が手を伸ばしても手に入らない煌めきの具現。事務所に推されて輝く彼女らに反抗心は無いかに思えた
でも桃香との決別シーンに表れたように彼女らにも矜持があって。それがステージングに反映されたのは良い意味の驚き
思わず彼女らのファンになってしまいそうだったよ
世間に大人にダイダスに負けるもんかと反抗して鬱屈をロックの形で表明し、全ての感情をぶち込んだトゲナシのライブは最高の一言!
棘の表出だけでなく燃え盛る思いの丈を噴出させるが如きステージングはこれまでのどのステージよりもこちらの感情を揺さぶってぶち抜いてくる最高のライブだと思わせてくれるものでしたよ!
一方で言語化困難な小さな違和感が気に掛かる
ヒナは仁菜の友人だったのに何らかの理由で彼女を間違っていると責め立て別の道を選んだ
今の仁菜は間違いなど無く進んでいるように見える。それだけに「間違ってない」と言い切れない彼女の独白はヒナの件も合わせ、どうしても気になってしまう…
様々なキャンプ場へ出向く彼女らにとって移動手段は道中の楽しみ方を左右するもの。そこへ一石を投じるアイテムが
ロードバイクとはオートバイ等に比べたら一段劣る印象を抱いてしまうけど、あおいが自由に乗りこなす様子を見るに、これはこれで道中を楽しくしてくれそうな印象を覚えますよ
一般的にイメージされる自転車とは乖離した性能を持つそれは使用者を興奮させる物のようで
最初は近場のコンビニへ行くだけのつもりが、千明が居るキャンプ場まで向かわせてしまった
パンクやらお尻やらの反省点はあおいを辟易させるものにならず、むしろこれから味わう様々な道中を楽しみにさせるものになりそうな
合流したリン達の足はスクーターに車、軽い気持ちで離れた場所まで行動できる
遠くに見えた笈形焼きまで足を伸ばせば蘇るのは昔の思い出。小さな頃は親に連れて来て貰っていた。今では自分で来られるように
遠くに有った景色を楽しみつつ、遠くまで来れた自分の変化をも楽しんでいるように感じられたよ
移動手段の豊かさはそのまま次に訪れたい場所への想像をさせるものに
また明日会う約束、大文字焼き、レトロ電車、来年の花見…
なでしこ達がこれからの様々を楽しみに感じているように、視聴者的には次回描かれるお花見キャンプで繰り広げられるだろう楽しみへの期待が膨らむ回であるように思えましたよ
「覚えていない」と言われたからってロキシーの眼前で嘔吐するルディヤバくない……?
さておき、その擦れ違いは二人の成長の違いが関わっているような。ロキシーはあの頃と変わらない見た目、ルディは好青年へと成長した。ただ、問題なのは変わっているのは見た目だけじゃないという点が後々響いてきそうな…
それでも変わっていない点も有るから、ロキシーは戸惑いつつ在りし日のような関係をルディと再構築出来たのだろうね
構って欲しくてウロウロして、頼られたら嬉しそうに近付いて。ルディ視点では変わらない師匠との懐かしい交流。でも、ロキシー視点では逞しく変わった青年との慣れぬ交流となるわけだ
その違いはそのまま想いの違いへと直結するね
端から見ている分にはロキシーの中でどのような想いが醸成されているかは容易に判る。パウロの助言もそれを示唆するもの
ルディはエリスではなくシルフィを選んで今の生活を手に入れた。その時の選択を思えば、更に別の役割を持つ少女を傍に置く事は可能と言えるのか?これはこれでルディにとって一つの試練となりそうだ
でも、その前に次回タイトルが不穏…
滝に質問できる時間も活用できず、部員への説明も不満が残り、幹部間での燻りも明らかになった。今の北宇治は全てが正しく回っていない
解決策は何なのか?その真っ当過ぎる疑問の果ては「全国金を取れる演奏とは何なのか?」という苦悩へと行き着いたような
誰も答えを持っていないから藻掻くしかなくて無様になる
滝を信じるか、信じないか。久美子と麗奈を分かつその問題は他方で信じた先に何があるのか?という隠れた疑問が存在する
麗奈は信じれば金を取れる、1・2年は信じても金は取れないとの認識差。そこに部の経営論が絡むから問題の根源を曖昧にさせた
誰もが北宇治で金を取りたいと思ってる。でも、北宇治に無かった手法が誰をも迷わせた
混迷を極める諸問題をずばっと分離してくれたのがあすかとは…
彼女は正論と我儘の二択を授けているね。でも、久美子に最も響いたのは別、誰もが迷っているという点。また久美子とあすかの関係における成功談
久美子があすかにぶち撒けた言葉は正論等では全く無かったが、彼女を動かすに充分な熱量を持っていた。根源の話には正論をぶん殴る力が有るのかもしれない
久美子が本番前の語るのも正論でも解決策でもなく、情けないまでに迷いながらも全国金を求める根源的な欲求
だから苦労を共にした緑や葉月が真っ先に呼応して、それが部全体に伝播していく。何故なら全国金を取りたい想いは皆同じだから
これまでと異なる形で告げられた次の曲の開始、関西大会で彼女らの曲は終わらないのだと感じられたよ
天使だからとか、雪女だからとか、そういう理由じゃなく何か足りてない部分のあるとわやのえる。その在り様はネガティブなものでなくポジティブな人柄に繋がっていると思うのだけど、それはそれとしてこれまで足りてなかった要素が加わる瞬間は何時にない輝きを放っている
そんな風に思ってしまう回なのでした
とわは怒らない、というよりニコニコしている時間が多い彼女は、だからか森太郎にも善い日常を提供している
彼女が怒ったりネガティブな感情を抱くだなんて想像が難しい。だからこそ、森太郎がのえると仲良くしている風景を見てむくれている珍しい表情には思わずニヤニヤしてしまったり
なのに、その感情を引き摺れず自分に戸惑うなんてやはり可愛らしい人ですよ
友達という存在に過度に幻想を抱き、その対象が現状は森太郎に限定されているのえるはとわ達に面白い認識を抱いていたようで
確かに友達の友達って何時の段階で友達になるか難しいけど、だからってあのタイミングで暴露する感情じゃない(笑)
のえるはまず友達作りじゃなく、自分が他人に抱く感情の整理から始めた方が良いような気がする(笑)
人型怪獣という最近のトピックスに対し保科が思いを馳せていたら、新たな人型怪獣が基地襲撃を仕掛けてくるというね…
こういった部隊系の作品で基地が襲撃されるEPは割と終盤に多い印象である点を考えると今回の襲撃が常識から外れたものであると嫌な程に伝わってくるよ…
基地襲撃、ミナの不在、知性ある人型怪獣、大量の翼竜…
どれを取っても容易ならざる案件。かと言って、すぐにカフカの出番とならず、各隊員が協働して殲滅に当たる様子は燃えるし、協働で倒せない敵をキコルが圧倒的パワーで捻じ伏せる様には更に燃えるね
また、他とは全く異なる戦闘模様となる保科と怪獣10号の戦いには魅せられる
これが隊長格なのかとも、これがナンバリングされた怪獣なのかとも、どちらの意味でも驚嘆させられる
だとしたら、戦闘力とは別の意味で周囲を驚かせる変化を見せた怪獣10号が持つ恐ろしさに保科は果たして並び立てるのだろうか?
桃香や智の意識は改善されバンド活動に後腐れは無くなった。その上にスカウトの話まで降ってきた。後は上手くハマればトントン拍子で行けるかも知れない
そんなトゲナシ最後の問題、仁菜の家庭環境。東京(川崎)に逃げている間は家族からも逃げられた。けれど、親から接触してくるなら逃げ場は無くなっていく、衝突するしか無い
でも、家族を捨てた仁菜に家族と向き合う理由はない。頑なに、又は盲目的になっているからこそルパの言葉は響くね。問題は解決できる内に解決すべし
アパートや桃香邸の逃げ場が封じられた事は猛牛型の仁菜にはむしろ丁度良い。家族とケリを付ける為の闘牛場が出来上がる
家族との会話は重苦しい。特に向き合うこと無く言葉を交わし、「自分は間違ってない」と訴え合う様は会話にすらなってない。だから続く学校でのやり直しも必要な形式を満たしていない
紙切れも父親の誠意も仁菜の心は満たせない
何故なら仁菜の心は桃香の曲を聴いた時にどうしようもなく救われているから
それは家族にとっては遣り切れない話だろうね…
仁菜は確かに傷付いて家を出るに至った。新たな道に進もうとしている。なのにそこへ家族の絡む余地は無い
出来る事があるとしたら、仁菜が実家に居る間に気付く事が無かった愛の所在を教えてやる事だけか…
どれだけの衝突が有ったとしても、そこに間違いは無いのだろうから
家を家と思えない仁菜に実家に留まる理由は無かったから以前は家出した。でも、愛を認めたならそれは出立となる
全ての鬱屈が無くなった訳ではない。それでも以前とは違う心地で自分が叫ぶべき居場所に戻れたなら晴れやかな気持ちになれる
新たな境地に至った仁菜のカタルシスがロックへとどのように昇華されるのか、これからが楽しみに思える回でしたよ
前回に続き、お花見キャンプより一足先に春の訪れを堪能するようなEPに
本格的なソロキャンをしているのではなく、それぞれが別行動しているだけである為に早春の楽しみ方も様々に映し描いていると感じられたよ
本作はグループ行動も楽しければ単独行動も楽しめる作品ですよ
一足先にという点では新学期になれば本格登場する後輩組も顔出しされたね
まだ本格的にキャンプ活動に絡んでいるわけではない二人からはキャンパーの匂いはしない。それだけに彼女らがどのようにしてキャンプの楽しさに目覚めていくかをワクワク期待しててしまう。まあ、その光景に関してこそ、春を待てという事なのだろうけど
春探しは意外なものをもリンとなでしこに見つけさせるね
リンは小さい頃の思い出の場所を、なでしこはレトロ電車の設置場を
特になでしこにとってはレトロ電車の情報が次のキャンプ目的地選定にも活きてくるのだから、こののんびりとしたお出掛けは想像以上の拾い物が出来たと言えるのだろうね
千明は場所取り兼ねてのソロキャン、趣味人な彼女だからこそ一人時間の過ごし方も趣味を突き詰める形に
カクテルにパラコード編みとは、少しの工夫で高尚な趣味かのよう。…そこで少しの失敗が含まれているのは彼女らしいけど(笑)
それにしても、出鱈目回想でもないのにあおいはどうやってあの場に混ざり込んだのやら(笑)
アルとバーニィが協力してガンダムを誘い込む罠を作り上げる様子は緊張感よりも微笑ましさを感じられ、基地に潜入した時の事を思い出させる
あの時の二人は兄弟ではないのに、本物の兄弟みたいで
でも、そんなのは嘘っぱちで。平和を守る為に吐いた嘘を信じ込ませる大人になる為の物語。その終幕はとても寂しいものに感じられましたよ…
ガンダムと戦うのはコロニーを核ミサイルから守る為だった。なのに直前になってその理由が無くなるというのは皮肉と虚無が入り混じっている
一見するバーニィの死は無駄死にという事になってしまう。アルはガンダムを恨まずに居られなくなるかも知れない
だからこそ、バーニィの嘘と真が入り混じったビデオレターが響いてくるね。戦前には見せなかった本音と嘘、戦後に禍根を残さない為の嘘と本音。どちらもアルを慮ったもの
バーニィはコロニーは守れなかったかも知れないが、アルの心は間違いなく守っている
アルがこのバーニィとの関わりを通して、少し大人になったと察せられる描写があるのは良いね
サイクロプス隊に心寄せている間はガンダムなど安易に憎んだ敵だった。なのに乗っていたのは隣人のお姉さんクリス、憎むなんて出来やしない
クリスは自分の役割を教えず、アルを悲しませたり心配させたりしないようにしている
なら、アルだってクリスを悲しませてはならない。バーニィの嘘を信じる彼女に優しい嘘を吐く彼の姿からは最早戦争を無邪気に喜ぶ少年の様子は感じられない
結局、この物語で描かれたのは戦争の一端でしか無く、ガンダムとザクの戦いなど戦局に何の影響もなかった
それでもアルという少年が戦争を理解するには充分過ぎるもので。校長の話を聞き涙を流す程の悲しみを抱いているのに誰にもその理由を言えず、むしろ友人からは「戦争はまたすぐ始まる」と励まされる
周囲より一足早い成長を迎えてしまった彼が後の宇宙世紀をどのように生きたのか、どうにも思いを馳せてしまうラストでしたよ……
久しぶりの親子の対面は以前とは少し異なる光景となったようで
あの時はどちらもまだ子供な部分が有った。しかし分かれて過ごしていた時間が互いを成長させているね
パウロは確かに相当参っている。けれど自暴自棄にまで至らず相手を見る眼を残している。それがエリナリーゼへの謝罪にも繋がったのは大きい
時間がそれぞれに成長を促したなら、皆が揃った状態で得られるものも前進を含ませたものになる
ゼニスの安否や迷宮に関する情報は全く進展が無かったが、ルディが旅の過程で得た書物が攻略を進めさせる。更にルディの結婚や兄妹の再会はずっと離れ離れだった家族の時間を再始動させる
彼らにとって時間経過が良い意味で影響しているのだと判る
一方で不安な時間経過と言えるのがロキシーの消息。ヒントも何も無く迷宮で1ヶ月間も行方不明、ルディにすればもっと長い期間彼女と会っていない。彼女の事で判るものなど多くはない
だからこそ、迷宮内で覚えた僅かな違和感からロキシーの居所を探り出し、ピンチな場面にて颯爽と助け出してみせたシーンには感動してしまったよ!
何と言うかシルフィとは違った方面での真ヒロイン登場といった印象でしたよ
炭治郎の前では柔らかな表情が出来るのに、他の隊士には手厳しく淡白な態度を崩さない無一郎の姿は近寄り難さを意識してしまう
それは思わず改善させたくなるが、これが稽古であると理解しているが為にむしろ無一郎への理解補助に徹した炭治郎は良い仲介役となったね
夜間行われた柱同士の稽古で示されるように、隊士への稽古は柱の稽古にはならない。それは実力差を考えれば仕方ないかも知れないが、本来はこちらにも意味があるべきで
炭治郎があの顔をした時には少しビビったが、まあ良い結果にはなったのかな?
剣の腕では競えなくても、紙飛行機なら楽しく競い合える
隊士の底上げを行って、一人でも生き延びられるようにする柱稽古
だから稽古にすら付いていけないと思わせたら失敗で
剣の実力とは別の方面だけど、誰よりも長く飛ぶ無一郎に食らいつこうと皆が楽しく研鑽したあの瞬間こそ、確かに柱稽古の意義を感じられたシーンであるように思えたよ
実力者だった久美子や奏の序列が下がった事で静かな激震が確かな罅割れを生み、そこから全と個、公と私、レギュラーと非レギュラー等の対立が見えてくるのは面白い
久美子はこの分断を感じさせる問題に北宇治の部長として向き合うかそれとも黄前久美子という個人として向き合うか、そういう点が問われた訳だ
今回の騒動では久美子自身もショックの渦中にいるという要素は大きいね
本人に思う処は有るのに北宇治の部長として振る舞わなければならない
唯一『私』として悩む姿を明かせたのは親友である麗奈に対してだが、彼女は滝に恋する『私』や変わらずソリを取った『レギュラー』としての立場が久美子より滝を優先する心情を生んでいる
割れる雰囲気の中で滝を肯定し続ける麗奈の振る舞いはより分断を意識させるものになるね。麗奈のスタンスが様変わりしたわけではないのだけど、なら何が変わったかと言えば、その原因を滝に求めると分断に繋がる構図となっている
幹部間ですら生じる意見の食い違いは部全体で起きている事態の縮小版。滝への肯定や否定が北宇治の実力主義スタンスを揺らがせている
麗奈との素を曝け出すような対話は互いの本音を明かしつつも、それぞれの根源的なスタンスをも明示するものとなったね
麗奈は『高坂麗奈という実力者』として、久美子は『黄前久美子という部長』として、役割に準じる己ではなく、役に就く中で形作られた自我を衝突させた
だからどちらも間違いではないし、それがしばしの別れを呼ぶのも覚悟の上
唯一、みっともない『私』として憤りを見せてくれたのが秀一か
なのに『公』として久美子が返したのは強がりなのかな…。久美子にとって今の秀一は泣き言を言える相手じゃないようで
泣き言を言えないなら役に準じるしか無い。そう考えると、同じく役に準じて平時と調子を変えない滝から引き出すべきは公私どちらの言葉だろうか?
部長として黄前久美子として、彼女は滝に何を聞くのだろう?
必要以上に亜季や依に突っ掛かり学生バンドらしからぬ演奏を披露する志帆の思惑は誰にも見えてこない。そうまで頑なだとまるでこちらに落ち度があるかのように感じてしまう。亜季が陥ったのはそういう心境
亜季と志帆だけなら解決の糸口が存在しない関係、そこにバンドメンバーとして依達が関わる事で突破口が開く展開は良いね
SSGIRLSとローレライが本格的に対立を始めるなら、両者に関わるひまりも自然と因縁に関わってくる
亜季にとってSSGIRLSの関係が突破口となったように、志帆の後輩として懐くひまりの関係も突破口。無遠慮な興味ではなく知る為に聞こうとする姿勢。そんなひまりだから志帆も容易に明かさない過去を話してしまったのだろうね
原作既読組としては、キョウを出すならどこまで映像化するのかと気になってしまうが…
世界一のバイオリニストになると自惚れていた志帆の前に現れた『本物』キョウ
それは志帆の心を折るだけでなく、存在理由すら否定する大きな壁
キョウの居ない場所を新たに戦う場所と選んだのは代償行為か反逆行為か。キョウと持ってしまった関係が志帆に突破しなければならない壁を作らせてしまったのだとしたら因果なものですよ…
闘牛めいた突進で相手の事情に突っ込む仁菜の棘は以前に言及されたけど、少し似た棘を持つのが智だったのか
方やバンドを固める突進型、方やバンドを壊す直言型。仁菜は自分は間違ってないと暴れ続けるが、間違っていると突きつけられた智はそうは行かない。人に対して臆病になってしまうと…
思った事をズバズバ言ってしまうのに、だからこそトゲナシに対して何も言えない智。そんな彼女にルパは良い同居人として寄り添っているね
でも彼女は智の為だけに行動しているわけではなくて
また、それ以上に自分の為に行動しているのが仁菜かな。クーラーが壊れたからって2件もメンバーの家を梯子する精神はそうそう真似できるものではない(笑)
なら仁菜は他人の気持ちや言葉を一切効かないタイプかと言えばそうではなく
その証明と言えるのが智にギターの腕前を聞いたシーンだね
仁菜はルパではなく智に聞いた、彼女の感想を知ろうとした。そこで智だけが逃げたなら、ズバズバ言ってしまう性格が間違っているのではなく相手と向き合わない姿勢が間違いという事になる
仁菜は智に否定されたのに、すばるにも桃香にも聞きに行った。それは闘牛的でありつつ、諦めない本気を感じさせる。その本気がバンドを強くさせる
智だって臆病を飲み込んで、本気で向き合えばバンドを強くさせられる
「詰まんない」の直言に「だよな」と返してくれるバンド、智がほんとうの意味でトゲナシトゲアリの一員になった瞬間に思えましたよ
冬は終わり春の季節。そこで直ぐ様に春キャンへと移っていくのではなく冬の間にできなかったキャンプ模様に想いを馳せる様子が描かれていたね
ソロキャンの醍醐味は一人時間を楽しみつつ寂しさをも楽しむ事。その意味ではキャンプ中のリンがなでしことの約束を思い出すのは春と共に訪れる楽しいキャンプを想像させる描写となったような
リンのソロキャンはとても静かなもの。他キャンパーとの交流があってもそれはメインとならない
印象的だったのはそこに在るものから無いものに想いを馳せる行為。捨てられたゴミからキャンパーのマナーを想像し、キャンプ場からなでしことの約束を思い出した
…流石にイタリア人は別枠だと思うけど(笑)
リンのキャンプはそういった時間
なでしこのドライブは春の足音を探しに行ったかのよう
前々から春の訪れを待ちわびていた彼女だから敏感になる桜の咲き具合。今の時点で充分楽しんでいるように見えるけれど、彼女が最も楽しみにしているのはリン達とのお花見キャンプなわけで
なでしこはなでしこで此処にあるものを通してまだ無いものを楽しみにしている
それぞれの姿勢で春のキャンプを待ちわびている二人
また、視聴者にとっても、まだ見ぬお花見キャンプを想像させる余地が生まれる時間となったような
特にリンやなでしこが用意した美味しそうな食事はお花見キャンプで披露されるだろうキャンプ飯への楽しさを沸き立たせていた用に思えますよ