この世界の音楽のトレンドは分からないが古典派・ロマン派の作風を網羅しているとあれば圧倒的天才に見えるのは間違いない。
「月光」と言えば第1楽章だが(そもそも評論家が1楽章の印象から呼んだ題である)シドの性格なら第3楽章も気に入りそう。
シェリーの時と違いローズにはまた軽いノリで手を貸してそうな様子。
珍しくシドでもシャドウでもない顔で動く。
ジミナセーネン、ドエムケツハットなど異世界だからとはいえイカれたネーミングセンス。
宗教女扱いしていた割にローズにも優しい。もしかして宗教辞める決意の話だとでも思ったのか?
英雄の血肉で認証を突破したいのかと思ったがそんな面倒な事はしなかった。
ツーバイフォー、タオルのアレ、ギャグの差し込み方が段々鋭くなっている様な。
退屈な会議シーンを風呂で行う事でその性質を一変させるという驚くべき発明はアンジュ・ヴィエルジュの功績だと勝手に思っているが、このサウナにも同じ志を感じる。
「捨てられないもの」はこれまでの物語からすれば強さ(への憧れ)だが、実は捨ててないものがあったという事なのか、それとももっと別のものを捨ててなかったという事なのか。いずれにしろ同じ殺し方を採るのは明らかに復讐であり、シェリーの命運にかなり思うところあった様だ。(道中もなかなか気を配っていたし。)
親の敵となりここも罪を背負うシャドウ。シェリーの目的も恐らくは復讐だ。親の醜さを知るか復讐の呪いを負うか、どちらが幸せと誰ぞ決められよう。
シェリーが哀れでならないが、シド(とシェリーも?)の内面的な問題を扱おうとする姿勢が打ち出されている様に見えて良い回。
しかしシェリーの芝居は声と画がマッチしていて良い。
本当に心停止していたとは酔狂極まる。
「蒸気機関を超えるブレイクスルーに…」割と工学的な質の研究者なのだろうか。
しかしこの手の作品はいい人が死んでいても主人公が呑気なのがやや気になる。
わざわざ一度血糊の小技を前半でやってからのこのヒキ。どこまでも行き届いている。
シドが塩すぎて可哀想だが報われてほしいシェリー。アバンが凄まじい色気。
そういえばアレクシアはぶった斬ったものの別れさせてはあげたのか。
建築の話触れるんだ…というか「どこかモダン」どころじゃないけど。ある程度意図されたものだとは判明。
突然の劇画調などなかなか期待を超えてくる作品である。
シェリーとのロマンスはさっさと始まらないのか?
「𝓘 𝓪𝓶 𝓪𝓽𝓸𝓶𝓲𝓬」と最後の「お前が大丈夫か」と言いたくなる場面(更に追い打ちの✨エフェクト)で確信したが、やはりシュールギャグとして観るべき作品。
それはそれとしてアレクシアが基本の型を振るのはなかなか愛らしい場面。シャドウが傷を負わせた斬り上げもちゃんとここの三つ目の型である。
表情は可愛くなったが相変らず凶暴で良い女。
明らかに東京駅モデルな時点で少々感じたが、近世~スチームパンクかと思いきや掃き出し窓のマンション、満員列車、食堂、体育館など混沌とした都市景観で面白い。これほどの工業が中近世社会とどう融合しているのか。
シドが意外にモブ要素の方にも拘りがある。
アレクシアも悪い顔の映えるいい性格をしている。また道着姿がかわいい。
中二病的なものかと思えばグラップラー刃牙並の猛者である。
力の象徴としての核兵器。
ベートーヴェンのいわゆる月光を弾いている。音楽関係の知識がなければ気にならないだろうが穏やかな小節でめちゃめちゃ体が動いていてちょっと面白い。
試練を破壊してそのまま出るイングリス。なかなか型破りである。
結果として唯一正規に突破したラフィニアが地味に際立っている。
破壊工作を見過ごしていいのかという気もするが、このくらいの時代感なら街の独立性が高くて別の地域に波及などしないのかもしれない。
この作品はあまりフォーカスしていなさそうだが、TS物は必然的にジェンダー的なトピックが入るのが面白いところ。
しかし一生分も記憶があるとなかなか性自認は揺らぎにくいのだろうか。
1クールに複数TS物があるとはやはりTS黄金時代なのか?
主張するハイライト・線などはあまり今時の画風ではないが、可愛いシーンがちゃんと可愛いので気にならない。
あまり目立つのを気にせず面倒事をしばくので穏やかに観られる。
おじさんと少女で戦う感じの話。ロボットアニメが絆パワー系に展開した類型。髪が光るのは古くはドラゴンボールだが最近だとRFAを思い出す。
クウミは人工の御巫で…だとか巨獣が実は悪い奴ではなくて…とかが透けて見えるが果たしてその辺を超える「世界の秘密」があるのか少々期待を持ちにくい。
姉の後を追い同じ力を求めるアルガルド。なかなか保守派が根強い様子。
ユフィの処遇についての話でも見せたが、政治に通じまた自信に溢れるアニスは正に王者の風格であり、一層「魔法適性があったら」という言葉の信頼度を増している。皮肉なのは恐らくそうした話(魔法に拘らず能力を評価する)を囁くのは恐らくリベラル派の人間であり、一方でアルガルドを支援しているのは明らかに保守派の魔法省周辺である事だ。
アニスフィアであるからこその台詞が詰まった良い回。
今回は三つ編みにパンツスタイルでやんちゃな装い。
相変らず1カット内の芝居が濃い。「一人ゲーム大会決定~」のところなど凡百の作品は2動作くらいしか描かないだろう。
洗い物をする2人とリビングの3人を後ろから映す場面も近景・遠景のどちらかしか動かさないのが恐らくは普通だ。
一方で枕投げの辺りは第6話でもやや片鱗があった戯画的(手塚漫画的)な造形が顕著でかなり異質。そういう意図なのか(円盤で修正されないのか)気になるところ。芝居的にもリミテッドアニメーションのやり方になるので、普段の緻密な芝居とは折り合いが悪いと思うのだが。
内容的にはまひろ側が同性という事で遠慮がなくなるのに対してみはりがなかなか慣れないのが印象的。まひろが全体的な社会性の復活を志向しているのに対して、みはりが一歩退いてプロデュースしようとしていると解釈しても良いだろう。そうすると明示されざる「お風呂はお姉ちゃんと入りたい」的な台詞があったという示唆が一層味わい深い。