本日の夜実況。
いい意味でとっちらかった、ある意味すごくまほプリらしいカオス回。
くそまじめなシャーキンス、ギャグに絡むと程よい化学反応を起こす。
「パプパプうるさいぞ!」は至言。
TVerにて視聴。
前回の視聴で言いたいことは大体言ってるから、今回も余談。ハドラーについて。
変身後のイケメンっぷりに注目されることが多いハドラーだけど、個人的には改造中ハドラーも好き。
ポップがのちに「開き直ったやつは強え」と言ったけど、既に開き直っている様に感じる。ミストバーン相手には少し卑屈なところがあったけど、少し苦手だった相手にも堂々たる駆け引きが出来る様になってる。いいね。
禁呪法を堂々と使ってしまうところは変わってないし、そもそも今行っている超魔改造も禁呪法同様の反則だろう。皆があまりにカジュアルに禁呪に手を染めてしまうから忘れてしまいがちだけどw、禁呪を使った者は本来、「卑怯者として仲間外れにされてしまう」はずなのだ。
目的の為に手段を全く選ばないという、本質的な部分では変わっていないところもある今のハドラー。卑怯な手でも使う時は使う、その必死さにはある意味共感できるところがある。
本日の夜実況。あまりみどころはない回。
花火回での天候と同様の予兆。世界が「終わりなき混沌」にゆっくりと蝕まれているのが、周回勢にはわかる。
オルーバが、キュアップ・ラパパの「ラパパ」に気付いたのも同様。
「ベストセレクション」放送にて視聴。
言いたいことは前回分に大体書いてあるので、以下余談。ブロックにキャスリング能力を与えたのは誰だろうという話。
それは普通に考えれば、ハドラーか大魔王バーンかのどちらかになる。駒に元々備わっていた能力ならば大魔王由来だろうし、禁呪法により生命と一緒に与えられた能力であるならハドラー由来ということに。
ところが今回、キャスリングについて二人とも記憶にない様だった様にみえる。
何の裏付けもない説だけど、「駒は元々、神々の兵士だった」と考えれば一応矛盾はなくなる。
大魔王は神々から駒を盗むなり奪うなりしたが、その時点では、ルーク本来の能力を認識していなかったと。大魔王が駒を入手したのは、別にチェス遊びをしたかったからではなくて、そのまま兵士としての運用するつもりだったのか、或いはダイの剣のように武器として打ち直すつもりだったのか。
一応、「チェスが趣味である」という描写もあるから、ものすごく贅沢な道楽だった可能性もなくはない。
以上、キャスリング能力について知っていたのが、ブロック本人だけだったことに対しての妄想。
本日の夜実況は、タイムリーなエイプリルフール回。
嘘に尾ひれがついて収拾つかなくなっていくやよいちゃんが、本人には悪いが面白いw
4/1は普通は春休みだと思うけど、それは言わないお約束。
教科書通りの教育的な側面からは「嘘をつかない」こと以上に、結果的に嘘になってしまったことにも「素直に謝る」ことが大事かなと。
まぁ大友だったら、コメディとして楽しんでしまっても構わないと思うけどw
TVerにて視聴。
マァムは自分の父親譲りの腕力に、武闘家としての資質を感じたというが。
それだけでなく、身のこなしも相当なもの。縦横無尽、マァムの大暴れに目が釘付けである。
このあと閃華裂光拳が有効な敵があまりおらず、この技に活躍の機会が多くないことは悔やまれる。
ザムザ戦でのこの活躍をみれば、同じ超魔生物であるハドラーが相手でも大いに善戦したのではないかと想像。
本日の夜実況。
作画が妙に特徴的と思ったら河野さんだった。幼女作画に定評があるという、幼いみらいの表情が良いw
魔法の存在だけでは到底説明できないモフルン。何か大きな秘密を持っていそうというオルーバの推理はさすが。
とはいえモフルンの秘密、結局最後までわからないのだけどね。
TVerにて視聴。
ポップの覚醒が始まっている感。
ポップが見せた素養のうち後々大切なのは、五指爆炎弾よりむしろ、呼吸を止めてダイを救出するまでの作戦を立てたとんちのキレのほう。
TVerにて視聴。
冒頭、ダイとポップが、剣が必要な理由をマァムにに説明するシーンが熱い。
視聴者がそれを知ることにも意味がある。アバン先生が言った様に、力なき正義は無力なのだ。
本日の夜実況。
リコがちやほやされる生徒会長を想像するシーンは、ちょっと面白かったw
まぁ真面目な話、別に動機はそれでもいいよね。承認欲求なるものが悪であるという風潮が嫌い。「みんなの役に立ちたい」という善意との両立は出来るし、動機は何だっていいと思うんだよ。
あと、前回の恩からか、まゆみと勝木さんがリコの選挙活動を助けてくれたのはよかった。リコ、人望は普通にあるんじゃないかな。
対立候補のゆうとくん。よく気付くところは確かに、会長に向いてると思うけど。
荒れた花壇を自分で直してるのを見て、何でも一人で抱え込んでしまう生徒会長を想像してしまった。
この回でよいとされていた会長像や、「ミトメール」につながった達成にあまり共感できなかった。
TVerにて視聴。
リラックスして観られる回はデパート回以来か。
待ちわびた武闘家マァムの登場だ。キレのよい動きが、武術大会予選の時点で既に格好良い。
予選でこれなら、実戦ではどうなってしまうのか?と、放送当時は期待したものだ。
TVerにて視聴。
サブタイになってるだけあって、この回のザボエラは良い仕事している。もしマトリフが来なければ、ザボエラの思い通りの結末になっていたはず。
偽マァム(マムエラ)に最初に違和感を持ったのはメルルだった。嫉妬ゆえの違和感と思っていたようだけど、その直感にもっと自信をお持ちなさい。
ゴメちゃんが珍しく、ポップと一緒に居たのがよかった。あの世でのやりとりを経て、ふたりはすっかり仲良くなったようだ。
本日の夜実況。
はーちゃんもみらいもリコも、ついでに水晶さんも、まゆみの告白へのお手伝いにノリノリ。
これぞまほプリという楽しいエピソード。
まゆみと勝木さんの当番回でもあり。
いつもは微妙に狂気を感じさせる勝木さんがw、思いのほか思いやりのあるいい子だったとわかる。
まゆみの告白の話をしているのに、強引に魔法つかいの話題につなげていたのは、まぁ平常運転なんですけどw
今回の敵側の当番はシャーキンス。
慢心しがちな性格ゆえに雑な作戦が多かったラブーと比べると、プリキュアという未知の敵に対する用心深さがまるで違う。真面目な敵は好きだ。
TVerにて視聴。
ヒュンケルが「隙を見せたほうが負ける」と言ったが、その通りの展開になった。
その隙はポップのメラによって作られた。なんという劇的な幕切れ。
バランは「いまさら生き方を変えられん」と言った。
何度でも言うが、過ちに気付いたら大人は反省するんだよ。それはただの甘えだ。
狂気から醒めはしたけど、正気に戻って頭がぐちゃぐちゃ。別の意味で正気ではないのだろうな。
ひとり反省会でもして、頭を冷やすとよろしい。
とてもレアな、ゴメちゃんの台詞が聞ける回でもある。
ポップがあのまま歩いていったら、竜の血でも蘇生することはなかったのだろうな。
TVにて視聴。先日観たばかりの回だけど。
ダイの攻撃を受けるたびにリミッターが外れていき、最終的には全力でダイを殺そうとする竜魔人バラン。
もしこの姿をソアラが見ることがあったら、何を思うだろう。
親友ポップを殺され、同様に怒りに我を忘れているダイ。
「ぶちのめしてやる」と言ったが、その怒りはどの程度か。バラン同様、目の前の敵に殺意を抱くほどのものか?
狂気に満ちた戦いの描写、その作画はただ凄まじい。
告白は高木さんの側から、既に何度もされていた。この事実を西片に気付かせたのは、またしても木村。
きっかけは木村だったにしても、気付いてしまった自分の気持ちを伝える為に行動した西片は、思っていた以上に誠実だった。高木さんには「逢いたかった」としか言えなかったけど、今日のところはこれで十分。
ミナ・ユカリ・サナエの3人娘は、西片の勝負や高木さんの「からかい」の根底に愛があったことに気付いていた。
今までのまるまる3期分。からかい、からかわれた全てのやり取りが愛だったと総括する、納得の最終回であった。
浜口、おまえww
本日の夜実況。
娘への愛情表現が苦手な仕事人間であるリコパパに、ちょっと親近感。
みらいパパとはーちゃんが、そんな不器用なリコパパの背中を押すシーンはよかった。
「ミトメール」とはキャリッジの12精霊の封印が解かれること、それぞれのことを言うらしい。
感情面での何らかの達成が「ミトメール」につながり、全ての封印を解除すれば終わりなき混沌に対抗できる力になる。
この世界観に既視感があると思ったら、それは我々にも身近な、MHの「12のハーティエル」だった。
12精霊同様、まほプリには無印〜MHのオマージュと思われる要素がいくつかある。
TVerにて視聴。この回について、特にポップについて。何か書こうとしてもまとまらないですね。
それでも前回の視聴では、ポップがそれを選んだ動機について何かを書こうとしていた様だけど。
ダイの紋章が拳に移ったのは母ソアラの意志であるというが、真偽はわからない。仮にソアラの意志であったとして、親子3人で穏やかに暮らすことを誰よりも願っていたであろうソアラが、本当にこの場面を望んでいたのか?
ふたりの戦いは親子喧嘩などという生やさしいものではなく、次回以降、まごうことなき「殺し合い」にまで発展する。ソアラはそれを知った上で、人の道を踏み外したバランを止める為に息子に力を与えたというのか?
TVerにて視聴。
ヒュンケルの説得が、むしろバランの怒りの火に油を注いでしまった。かつては「正義そのものがオレの敵」と言っていたヒュンケル、バラン説得という役目を果たせる可能性が、万にひとつでもあったのはヒュンケルだけ。
それに対する「おまえらがいかにキレイ事をならべても、ソアラは生き返りはしない!!」というバランの叫びはある意味どうしようもない真理であり、説得など不可能だったのではないかと思えてくる。
それにしても竜魔人の禍々しいキャラデザ。キャラデザというのは、原作以上に毒々しいカラーリングや変身シーンも含めての話だけど、本当に秀逸。
神々は、ときに野心を持った者に制裁を与える為に竜の騎士を生み出したという。のちに大魔王が「神々の正義とは結局、力によって守られた独善だったに過ぎない」という旨の批判をするが、この「代理者」の悪魔の様な真の姿を見れば納得せざるを得ない。なるほど、この禍々しい姿の悪魔こそが、神々が言う正義であったという一面もあり。
ところで竜の騎士には、神罰の対象を自らの決定する資格も与えられていたのか?たとえ実際には私情であっても、神々の意志という大義名分で。
本日の夜実況。
特に重要な展開があるわけでもないけど、日常回としてテンポがよいまほプリらしい回。
はーちゃんが「幸せの妖精」という、ある意味本来のお勤めをする。
相手の性別問わず、気さくで天真爛漫なはーちゃんは、男子を勘違いさせる子だと感じる。
本編と一応関係はしているけど、脈絡なく始まるサッカー対決。当のフェリーチェは大真面目。
そして要所で、勝木さんが美味しいネタを持っていく。
重要な展開はないと言ったが、シャーキンスの初陣は重要かも知れない。
「顔色が悪い」と言うにはあまりにも不健康そうな緑色の顔面、時代がかった真面目な武人口調に吹き出してしまう。
最終回の感想に書いたけど、美麗な作画に圧倒された。
特に不足も感じず、1クールでちょうどよいボリュームだった。
後夜祭という晴れ舞台、ダンスの衣装はなんとセーラー服。しかし不思議と、セーラー服以外にはあり得ないと思える。
そう、満を持してのセーラー服でのステージ。一歩間違えれば珍妙な場面になってしまいそうなこのシーンの映像美に圧倒された。特に、相方の木崎さんがバイオリンにスイッチするシーンには鳥肌が立った。
セーラー服は物語の始まりだった。
バイタリティあふれる学校生活を回想を経て、最後もやはり、セーラー服をまとってのステージで締めくくられた。
OPの詞にある様に、関わったクラスメイトたちを友達にしていった、小路の行動力の象徴がセーラー服だった様に思える。それは、劇中には登場しなかったアイドル、福元幹への憧れであり、卒業生である母親から受け継いだ想いでもある。様々なものが「明日ちゃんのセーラー服」に詰まっている。
福元幹と言えば、ステージでの伴奏が彼女の楽曲だったのも良かった。
まんまとCDを買わされてしまうではないかw もっとも、自分は配信で入手することのほうが多いのだけど。
TVerにて視聴。
息子の名前をバランに尋ねられ、ソアラは「ディーノ」と即答した。前もって決められていた名前だからだと思う。
人ではないバランは家族を持つことに実感を持っていなかったし、身ごもっていたのはソアラだけが知っていた事実だから、この時点でソアラは家族3人での生活をバラン以上に強く望んでいた。
息子の名前を既に決めていたことも含め、家庭を築くことを夢見ていたのはむしろソアラのほう。
直前の雨中のシーン。
ソアラの「お願い、私たちを置いていかないで」という台詞に、そんな想いが込められていたと思うと不幸な結末がつらい。
何度も観て内容も知っているのに、涙なしには観られない回想。
TVerにて視聴。
消耗しているはずのポップとヒュンケルのやりとりが可笑しいw
悪態をついてはいるが、なんだかんだ言っても互いを仲間として信頼していることがわかる。とてもよろしい。
サブタイにもなっている陸戦騎ラーハルトは、技術だけで言えば、ヒュンケルにとって初めてであろう「全く歯が立たない格上の敵」。その様な敵と戦うには、少なくとも策の面では上をいかなければいけないところ、決死の「肉を切らせて骨を断つ」作戦もフェイントであっさり対策されてしまい、一見ここまではヒュンケルいいところなし。
しかし、ヒュンケルはまだ闘気の技を一切見せていない。ヒュンケルに作戦などなくただ必死なだけだったかもしれないが、ラーハルトもこの時点では、敵が闘気の使い手であるとは思っていないだろう。完璧なシナリオだ。
本日の夜実況はアレキサンドライト登場、ラブー退場等の重要回。
底なしの魔力をもち、ムホーの力に絶対の自信を持つラブーをプリキュアは浄化した。不遜で苛立たしいラブーの退場、まずは喜ばしい。
大切な戦いと感じたのか、ダイヤスタイルに変身したプリキュアたちにも熱量を感じるところ。
この回の戦いは、魔法 vs. ムホーという性質を持ったものだった。
魔法界における魔法は人の営みそのものであり、生活になくてはならない力であるだけでなく、時に素敵で愛おしいものだという。そうした価値までラブーごときに否定されては、伝説の魔法つかいプリキュアも黙ってはいられない。ラブーを浄化したのは、エメラルドも含めた全リンクルストーンの力を併せ持つかの様な、新たなリンクルストーン「アレキサンドライト」だった。
このアレキサンドライトに、「究極の魔法」であるかのような描写があった。実際には魔法の範疇に到底収まらない上位の力だった様にもみえるけど、「魔法はムホーより優れている」ことを純粋な力比べで証明したのは、果たして正しかったのか?
「ベストセレクション」にて43話を視聴。
ポップは消耗により敗色濃厚なダイを救う為に、一騎打ちに割り込んだ。のちの71話でも同様に割り込もうとした。
結局ポップは、71話ではダイの意志を尊重してそれをやめたけど、目的を見失うことがない合理主義者というポップの一面が見えてきた気がした。
いい感じに調子こいてるザボエラ、何度観ても草生えるw
本日の夜実況。
人知を超えた能力ムホーを、習得の努力なしに扱えることが魔神ラブーのアイデンティティー。
またそれは、能力開発の為に努力を必要とする、自分以外のあらゆる存在を格下と見下す根拠になっている。
つまりこいつは正真正銘の屑だから、次回の直接対決では死ぬほど後悔しろ。否、死んで後悔しろ。
「眷族」の中では自分が一番好きなキャラ、シャーキンスが目覚めた。
但しまだ実体はない。実体化しても常に顔色の悪いシャーキンスだが、実体での登場が待ち遠しい。
巨漢の悪党が「あべし」等に代表される奇声をあげ、こっぱみじんの肉片に。
悪党相手とはいえ、一見やり過ぎな正義の行使だけど。敵がただの悪党ではなく、この仕打ちを受けるにふさわしい「どうしようもない」悪党であることや、主人公本人はあくまで大真面目な「世紀末救世主」であること等々。
主人公の非道な殺戮を奇跡的にギャグとして成立させているのは、これらの様々な仕掛けのおかげなのだろう。バクマンで「シリアスな笑い」と呼んでいた概念はこれのことだと思うけど、原作者両名はこれを計算で生み出していたというのだから恐れ入る。
ほとんどのファンは拳王の「わが生涯に一片の悔い無し」を、ドラマとしてのクライマックスと考えているだろう。そこに異論はない。また、この作品をヒーローものとしてとらえれば、牙一族編からはじまる、ケンシロウとレイがダブルライダーのように共闘する展開も魅力的。
様々な切り口のある懐の深い作品だが、でも自分は、北斗の拳本来の面白さは初期のギャグ要素であると思ってて。その意味では、ジャギ・アミバあたりが面白さのピーク。
先日、そのアミバ編の終了を以て視聴を一旦終了したという次第。
本日の朝実況。
以下ネタバレあり。
クローズは退場回(11話)でのバーサーカーっぷりがよかった。この好演が復活につながったという。
余裕ある切れ者を演じて、部下までいるクローズは、冷めていて何だか別人のようだ。特に38話の「らしくない」小細工を使うクローズは好きではない。今のクローズは立場もあり、仕方なくやっているという解釈をしている。
最終盤に素に戻るし、相変わらずキュアフローラには強い執着を持っているらしいことからも。その様な一面が残っていることに少し安心する。
復活したクローズを、ディスピアは自身の片腕の様な地位に抜擢した。
ディスピアはかつてその地位にいたトワイライトに対し、普段は娘と呼びつつも一切の愛情を持っていなかったが、クローズに対してはどうやらそれを持っている様にも見える。
本日の夜実況。完全な幕間回かと思えば、そんなことはなく。
「馬車」の異名を持つシリーズ最重要のアイテムであり、高額玩具として商品化もされている「レインボーキャリッジ」をゲット。
こんなカオス回にも関わらずw
継母(ガメッツ)が舞踏会を武道会と言い間違えたあと、「どっちでも同じ」と言っていたのが妙にツボに入った。
脚本の坪田さんは、カオス回の時のほうが生き生きとしている印象。